ドアマットヒロインに転生した元社畜、運命の日に風邪を拗らせて舞踏会でも虐げられそうになったのでブチ切れたら屈強な乙女王子から溺愛されました
私は、アンジェリカ。ドアマットヒロインに転生した元社畜!
今日も今日とて義母と義姉たちに、いびられている。今朝も殴る蹴るはもちろん、バケツの水を合計五十二回もかけられちゃった。掛ける方も疲れないのかしら?
今は夏だから別にいいけど、冬は何度も死にそうになったなぁ〜。と、過去を思い出しながら遠い目になる。
でも大丈夫! どんなに虐げられようと、もうすぐ私の時代がやって来るから!
この後、いろいろあって魔法使いのおばあさんがやって来て、私を最高に可愛くしてくれるの!
そのまま舞踏会に参加すると、後見人が現れて魔法学校に通うようになるんだけど、そこからは私無双! 秘められた力を解放し、ハイスペイケメンキャラたちに囲まれた学園生活が始まって、みんなの憧れの的のチヤホヤ愛されヒロインな毎日が待っているのよ!
あー早く来ないかなぁ魔法使いのおばあさん……。ぺぷしょ! やば、くしゃみ止まらん……。
◇
――そして運命の日は訪れたのだが……。
「ほ〜ら、アンジェリカ。魔法をかけてあげるわよ〜!」
魔法使いのおばあさんが、手に持っているステッキを振ると金色の粒子が舞い、ボロボロの服が美しいドレスへと変わる。ヘアメイクも完璧だ、美しい。
「めっちゃ綺麗、めっちゃ可愛い、めっちゃ最高! ……顔色と体調以外は……げほっごほっ!」
ダメだ、クラクラする。寒気が凄い。よりによって、このタイミングで風邪を引くなんて……。
「あのぉ、すみません……ついでに風邪も治してもらえませんか?」
「あらやだ。アタシ、そういうのは出来ないのよ〜ごめんなさいねぇ? まあアナタ、とんでもなく顔色が悪いわよ……大丈夫? お城に行くのやめとく?」
ふざけんな、絶対に行くに決まっているだろう。
「……いえ、這いつくばってでも行きます」
◇
「……ぜぇ……ぜぇ……やっ、やっと着いた……かぼちゃの馬車とか、空飛ぶ絨毯とか……何でもいいけど、用意しておいてよ……歩きやすい靴だったのが救いだわ……」
根性でお城に来たものの、せっかく綺麗にしてもらったのに着崩れてしまった。メイクも落ちて、髪の毛も乱れてしまっている。
「ううぅ……最悪……後見人のおじさま、ちゃんと私を見つけてくれるかしら……」
「……あら? あんた、もしかしてアンジェリカ?」
「げぇっ……お義母さま……」
厄介なのに見つかってしまった……。
「どうしたの、ママ? えっアンジェリカ!?」
「こんな所で何をしているのよ! 今日は舞踏会なのよ!?」
「てか何よ、そのドレス! どこで手に入れたの!?」
「ヘアメイクまでしちゃって、生意気ね!」
「あんたは家でボロ衣まとって、一生召使いをやっていればいいのよ!」
「ここでも水をぶっ掛けられたいの!?」
「折角だし、そのドレスで城中を磨いてれば?」
「いいわね、それ! ほら早くしなさいよ、このグズ!」
義姉の一人がドレスに手を掛けた瞬間、その手を取り捻り上げる。
「いだだだだだっ!! な、なにするのよぉ!?」
うるさい義姉をぶん投げると、大きく息を吸ってから口を開く。
「うるせえぇ!! この性悪ども!! 私はねぇ、ずっとこの機会を待っていたの! あんたらのイビリに耐えてきたのは、この日のためなのよ!! 人のこと、さんざんストレス発散道具にしやがって、陰険なゲスどもが!! さっさと、そこを退け!!」
今までの鬱憤をぶつけるように叫ぶと、近くのテーブルの上に置いてあったワインを手に取り三人の顔に浴びせる。それだけでは気が収まらず、他にも置いてあった水や果実水など、ありとあらゆる水分を三人に掛けまくる。
「やっやめてよ!!」
「なんなのよぉ!!」
「アンジェリカ、お止めなさい!!」
「あなたたち、水がお好きなんでしょう!? 私に毎日あれほど浴びさせてくれていましたもんね!!」
私は止めることなく、使用人たちに飲み物を持って来させると、大量のそれを浴びせ続ける。
「かっ、掛けられるのは好きじゃないわよぉ!」
「もう、やめてぇ!!」
「ご、ごえんにゃさいぃ!!」
「水を掛けていいのはなぁ、掛けられる覚悟のある奴だけなんだよ!!」
――トゥンク。
突然、奇妙な音が聞こえたのでワインを持っていた手を止めて振り返ると、強面で屈強な男性がこちらを見ていた。
――あ、やばい。素手でクマを倒すとか、ライオンを腕枕して寝てるとかって噂の王子さまだ。
舞踏会で暴れてしまったことで、追い出されるかもとビクビクしていたら……。
「はわわわわぁ〜しゅきぃ……」
素晴らしいバリトンボイスから、とんでもない言葉が聞こえてきたのだが……?
口元に手を当てて、こちらを見つめる王子。その表情は、まるで恋する乙女のようであった。
王子が私の方に向かって来ると、私の三倍近くはありそうな手で両手を握り込まれる。
「俺の花嫁になってください!!」
頬を真っ赤に染めた王子の一言に会場中がどよめいた次の瞬間、私はその場でぶっ倒れた。
◇
――それから。
義母たちは水が苦手になり、日常生活に支障をきたしているらしい。
私の方は――。
お城の豪華なソファの上で、きゅっと私の腕にしがみつく王子に、こういう猫の動画を見るの好きだったなぁ……と前世に思いを馳せる。
「アンジェリカ、俺たち幸せになろうね?」
「ははは……そうですね……」
なんか展開が全然違っているのだけれど、これで良かったのかなぁ?
にこにこと頬を染めて、幸せそうに私の肩にこてんと頭を乗せて腕に絡みついている身長百九十八センチ、体重九十五キロ。胸筋で上着がパツパツの王子さまを見つめる。
「(見た目は、どう見ても戦歴の猛者なんだよねぇ……)」
まあでも部屋は豪華で綺麗だし、ちゃんとしたお洋服が用意されてあるし、怒鳴られたり暴力を振るわれたり、バケツの水を浴びせられることもない。
平和だし、ご飯は美味しいし、お城のみんなも優しい。何より王子が私のことを大好きで可愛いんだよねぇ……。
「(――じゃあ、いっか〜!)」
どんな形であれ、ハッピーエンドならヨシ!
「どうしたんだ、アンジェリカ?」
「どうもしませんよ〜」
「そうか? じゃあ、フィナンシェ食べる? はい、あ〜ん」
「あ〜ん!」
私は王子が食べさせてくれたフィナンシェを頬張りながら、満面の笑みを浮かべるのであった。
happy end