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第1話 かくして俺は(不本意ながら)勇者になった

 俺の名前はユウキ・ナッシング。

 きらめき★マジカル大陸アメージングランドの片隅、キラキラ王国のさらに片田舎にあるナーンモ村で、ごく平凡に暮らす16歳だ。


 金髪碧眼?ああ、見た目だけは無駄に良いらしい。

 親も平凡な農民なのに、突然変異だとかなんとか、村ではちょっとした噂になった。


 けど、中身はこれっぽっちも特別じゃない。

 運動神経ゼロ、魔法の才能ゼロ、特技は苔の観察。

 将来の夢は「平穏な日常」。


 そう、何も起こらない、刺激のない、ただただ穏やかな毎日を送ること。

 それが俺の、ユウキ・ナッシングのささやかな願いだった。


 …過去形で語っている時点で、お察しだろうか。


 その日も俺は、代わり映えのしない畑の隅で、雑草と見分けがつかないほど地味な苔をルーペで覗き込み、現実逃避にいそしんでいた。


「ふむ、この胞子の付き具合…実に味わい深い…」

 なんてブツブツ呟いていた、まさにその時だった。やけに体がだるい。


 ため息をつくと、自分でも気づかないほど微かに、キラキラと虹色の粒子が舞った気がした。

 疲れてんのかな…。


 そんな俺の前に、太陽の光を乱反射させて輝く、ピカピカの鎧に身を包んだ騎士団がズラリと現れた。

 いや、鎧だけじゃない。馬までラメ入りのたてがみをなびかせている。

 ここは本当に農村か?テーマパークじゃないよな?


「勇者ユウキ・ナッシング様!キラキラ国王陛下より、緊急のご召集にございます!」


 …はい?勇者?誰のことだって?


「あの…人違いでは?俺、ただのユウキ・ナッシングですけど。平凡代表、ナッシングのナッシングです」

「ご謙遜を!村長殿より全て伺っておりますぞ!」


 騎士団長は妙に興奮した様子で続ける。

「伝説の『虹の勇者』と同じ名を持ち、ここナーンモ村、すなわち『何も無い』場所から現れし者!さらに、その身からは苦難の証たる『虹色のオーラ』が放たれ、凶暴な魔物すら手なずけるとか!まさに予言の子!」


 …虹色のオーラ?魔物を手なずける?何の話だそれは!?俺が放つのは疲労粒子だし、懐いてくるのはゴブリンとかスライムだけだぞ!村長、あんた一体何をどう解釈して報告したんだ!?


 俺の必死の抗議は騎士団長のキラキラした笑顔と有無を言わさぬ圧力にかき消された。


 気がつけば俺は、村人たちの「ユウキ頑張れー!」「魔王やっつけろー!」「サインくれー!」という、完全に勘違いに基づいた声援に見送られながら、装飾過多で乗り心地の悪い馬車に押し込められていた。


 連れてこられたのは、キラキラ王国の首都、レインボーシティ。

 …うん、名前は体を表すって言うけど、これはやりすぎだろ。


 建物はキャンディかグミでできてるみたいにカラフルでテカテカしてるし、道行く人は蛍光色の服を着て闊歩してるし、空には七色のオーロラがこれ見よがしに揺らめいている。

 目が…目が痛い!色彩の暴力だ!

 内心で『落ち着いた色はないのか、この国には…』と叫びつつ、俺はただただ眩暈に耐えていた。

 そして、通されたのは無駄にだだっ広い謁見の間。玉座には、これまた無駄にキラキラした国王が、常にキメ顔で座っていた。


「おお!よくぞ来た、勇者ユウキ・ナッシングよ!」


(だから違うって…)

 国王は俺の返事も待たず、村長からの報告(誇張と勘違いの合わせ盛り)と、俺の見た目、そして俺の周りに漂う(ように見える)虹色の粒子を見て、全てを確信したようだった。


「なんと!まさに伝説通り!その輝き、そのオーラ!間違いない、君こそ伝説の虹の勇者だ!」

 高らかにそう宣言すると、国王は満足げに頷いた。


「魔王ヘタレウス13世が復活の兆しを見せておる!世界の危機じゃ!そこで、虹の勇者である君に、魔王討伐の旅に出てもらいたい!」


 …は?魔王?復活?ヘタレウス?なんか名前からして強くなさそうだけど…って、そうじゃない!


「陛下!ですから俺は本当にただの村人で…!」

「心配はいらん!その謙虚さこそ勇者の美徳!それに、ちゃんと仲間も用意しておるぞ!さあ、入るがよい!」


 ドーン!と効果音でも鳴りそうな勢いで扉が開き、三人の男女が入ってきた。

 それが、俺のこれからの人生(主に胃痛)を左右する、超絶ポンコツな仲間たちとのファーストコンタクトだった。


 一人目。ピンクの髪をツインテールにした、見た目だけは天使のような美少女。


「わーい!この方が勇者様!想像通りキラキラなのですぅ!」


 キラキラした目で駆け寄ってきたかと思うと、彼女は嬉しそうに杖を掲げた。

「歓迎の気持ちを込めて!祝福の魔法なのです!『トゥインクル・ハッピー・シャワー!』」


 次の瞬間、謁見の間は大量のシャボン玉で埋め尽くされた。

 虹色に輝くシャボン玉は綺麗だったが、割れるたびに甘ったるい匂いと、小さなヒヨコや子猫の幻(すぐに消える)が飛び出してきてカオス極まりない。

 俺はシャボン玉の塊に飲み込まれ、本気で窒息しかけた。


 二人目。鋼の肉体を持つ、見るからに暑苦しい大男。

 あごにはなぜか立派な茶色の付け髭。


「うむ!確かにヒョロいが、その眼には闘志が宿っている!…ように見えなくもない!安心しろ、勇者殿!」

 彼、ゴッツ・マッスルと名乗る自称ドワーフ戦士は、力強く言い放った。


「この俺がプロテインと筋トレで貴様を最強の勇者にしてやるぞ!」

 ガシッ!と力強く肩を組まれ、バシン!と背中を叩かれた。


 ミシッ…と鈍い音が俺の体内から響いた気がする。

 痛い痛い痛い!骨折れるわ!てか、その付け髭、微妙にズレてんぞ!


 三人目。夜空のような黒髪に、なぜかショッキングピンクのメッシュを入れた、人形のように美しいエルフの少女。

 ただし、服装は忍びというよりステージ衣装だ。


「ふん、思ったより地味な顔ね。まあ、いいわ」

 彼女、シノ・ビーンはクールに言い放った。


「この私が影となり日向となり、あなたをトップスター…じゃなくて、魔王討伐に導いてあげる。光栄に思いなさい、このシノ様と旅ができる幸運を」


 言うなり、どこから取り出したのかスマホ風の魔道具『マジカルトーク端末』でパシャリと俺を撮影。そして高速で何かを打ち込み始めた。


 …おい、今絶対「#勇者(笑)」とかタグ付けて投稿しただろ!


 目の前で繰り広げられる個性の洪水。

 魔法暴発ピンク頭、脳筋付けヒゲドワーフ(?)、目立ちたがり屋隠密(?)エルフ。

 終わった…。俺の平穏な日常、完全に終わった…。


 白目を剥いて硬直する俺をよそに、国王は満足げに頷いた。


「うむ!これで役者は揃った!では勇者一行よ、準備はいいな?魔王討伐、よろしく頼むぞ!成功したら城下町で盛大にパレードじゃ!」


 …準備も何も、作戦は?支援は?旅の資金は?そういう説明は一切なしかよ!?


 手渡されたのは、やたら重い聖剣のレプリカと、無駄にヒラヒラの勇者礼装、そして、キラキラ光る宝石みたいな硬貨…この国の通貨キラが、ほんの数枚だけだった。

 これじゃあ、最初の街までの馬車代にもなりゃしない!


 半ば放心状態のまま、俺たちは城門へと向かうことになった。

 いや、向かおうとした、と言うべきか。


「待てい!」

 ゴッツが叫んだ。


「城門から堂々と出るなど、凡人のすること!真の勇者は自ら道を切り開くもの!この城壁、我が筋肉で打ち破ってくれるわ!うおおお、マッスルターックル!」


 ドガーーーン!…という派手な音はせず、ゴツン、と鈍い音が響いただけだった。

 城壁はびくともせず、ゴッツは壁にめり込みかけていた。


「ちょっと、何やってんのよ脳筋!それより、まずは腹ごしらえと情報収集でしょ?」


 シノはゴッツを無視して近くの衛兵に絡み始めた。

「あ、そこのイケメン衛兵さん、この辺で美味しいスイーツと、魔王の隠し子の噂、知らない?」


 もちろん、衛兵は困惑顔で首をブルブルと横に振るだけだ。


「ユウキさん、お腹空いてませんか?私、お弁当作りますです!愛情たっぷりサンドイッチ!」


 マホが健気に杖を構える。

 …やめろ!そのモーションは絶対ダメなやつだ!


 俺が叫ぶより早く、マホの杖からピンク色の光がほとばしり、近くにあった衛兵詰め所の噴水を直撃。

 ボゴォッ!という奇妙な音と共に、噴水は巨大な三色プリン(イチゴ・メロン・カスタード)に変貌していた。

 ぷるんぷるんと揺れ、甘い匂いをあたりに振りまいている。


 …もう、ダメだ。こいつらと旅なんて絶対無理だ。


 俺はゴッツを壁から引き剥がし、シノを衛兵から引き離し、プリンを呆然と見つめる衛兵たちに後処理(主に試食)を押し付け、半泣きで仲間たちを引っ張って、ようやく城門の外へと転がり出た。


 すでに疲労困憊だ。


 改めて見渡す仲間たち。

 キラキラ笑顔のマホ。自信満々のゴッツ(鼻息荒い)。マジカルトークをチェックしながらドヤ顔のシノ。


 ああ、ナーンモ村の苔が恋しい…。おばあちゃんのスープが飲みたい…。


「さあ、行きましょうです!魔王をやっつけに!」

「うおお!筋肉が燃えてきたぞ!」

「ふふん、私の伝説の始まりね!」


 三者三様の声に、俺は深いため息をついた。

 そして、なぜか一歩、踏み出してしまっていた。完全に流されている。


 こうして、何の取り柄もない俺、ユウキ・ナッシングは、伝説の勇者(という名の生贄)にされ、超絶ポンコツな仲間たちと共に、魔王討伐とかいう無謀すぎる旅に出ることになった。

 アメージングランドのやたらカラフルな地平線が、俺の未来を嘲笑っているように見えた。


 ……誰か、マジで助けてくれぇぇぇぇぇ!!



 ——


 その頃、大陸の北端・魔族領『ダークネス(笑)ランド』にそびえる魔王城の玉座の間では。


 漆黒の鎧に身を包んだ魔王デビル・ヘタレウス13世が、巨大な玉座の上で小さなマジカルトーク端末をいじっていた。

 傍らには、愛用のクマのぬいぐるみ「モフリル卿」がちょこんと座っている。


「ふむ…『勇者一行、王都を出発!キラキラしたイケメン勇者と愉快な仲間たち(ただし魔法使いは要注意)!?』か…」


 魔王はゴクリと喉を鳴らした。小声で呟く。

「どんな奴らなんだろう…ちょっと怖いけど…でも、伝説の勇者…ちょっとだけ、ワクワクするな…よし、今日のポエム投稿しよ。『#闇に射す一筋の光』『#孤独な玉座から世界を見下ろせば』『#勇者とかマジ勘弁』っと…いいね、つくといいな…」


 彼のヘタレなつぶやきは、まだ誰にも届いていなかった。


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