第8話 この世の常識
「そうだな。まずはインプラントから教えてやるよ」
二人は向かい合うように座る。そして、オルスは自身の腕を見せる。
「インプラントは体の欠損を治してくれるだけじゃなくて自身の強化にも使えるんだ。というより強化のほうがメインだな」
「そうなんですか?」
「ああ。ボスの腕はどう見ても強化にしか使ってないだろ。普通に考えて、あの腕は生活に支障をきたすでかさしてるだろ」
ベティはメイブンのあの義手で生活するのを想像する。
「確かに、大変そうですね。オルスさんは何かつけているのですか?」
「俺はオーバーバーナーを付けているぞ。ほら」
オルスが服をまくり腕を見せる。腕にはコインくらいの大きさの穴が無数にある。そして、そこから炎が噴き出す。
「わっ、すごい!」
「すごい、じゃぁねぇんだよ。室内で起動してんじゃねぇ」
メイブンは二杯の紅茶を机の上に置くと、オルスに義手の方の指でデコピンをする。
「そっちの手でやんないでくださいよ」
オルスは火を止め、自身の額を触りながらぼやく。
「それで、ベティがこの世界と別世界で違うと思ったところはどこだ?」
「…命の軽さですね」
「は?どういうことだ」
「ここの人たちは殺しを軽くやっています。私の世界では人を殺せば罪にとわれます」
「別に軽くはやってないけどな。相手を見てやるよ。もし殺した奴に七大国家とかの後ろ盾があったら、
永久逃避行だよ」
「…あの、七大国家ってなんですか?名前でだいたい想像はつきますけど」
「ああ、七大国家ってのはアサルトエンジェル、スターパンデミクサー、ゴールド・ラッシャー、キングリーパー、ブラッドフード、ニトロクリスタル、ルーラーっていう組織をまとめて指す言葉だ。ま、別に今のお前が覚えていなくてもいいぞ」
「この世界の国が国名らしくないですね」
「まあ、国じゃないしな。組織っつたろ?国をも超えた組織だから国家って言われてんだ。ボスはその七つの中の一つに所属してたんだってな。ほんとやばいよな」
オルスは紅茶を飲みながら笑う。
「しかも、銃とかの武器なしであの腕だけでだぞ」
「銃…てのはあれですよね」
ベティは部屋に飾られているライフルやらを指さす。
「ああ、そりゃな…まさか、銃を知らなかったのか?」
「そういうのは魔法で補えてたので」
オルスは紅茶を飲み干すと、外への扉を開ける。
「そうか、この世界は弱肉強食だ。武器が使えないとか致命的だぞ。来い」
ベティも急いで紅茶を飲み、外へと出る。
「ほれ。トリガーを引けば使えるぞ」
オルスは拳銃をベティに投げ渡す。トリガーが分からないベティがあたふたしていたら、トリガーに手が当たったらしく銃弾がオルスに向かって飛んでいく。
「うお!そうだったな。銃が分からんのにトリガーが分かる訳ないか。さっき引いたのがトリガーだ」
オルスは飛んできた銃弾を避けると、落ちてた空き缶を拾い宙に投げる。
「撃ってみろ!さっき引いたやつをもう一回引け」
落下していく空き缶に銃口を向け、銃弾を放つ。しかし、銃を初めて握ったベティが上手く扱えるわけもなく、銃弾は明後日の方向に飛んでいく。
「へったくそのレベルじゃないな。どうなってんだ」
「ま、魔法とは勝手が違ってて…それになんか撃った時、ボンって、その…銃が揺れたっていうか」
「分からんな。そんなに違うものなのか、魔法と銃というのは。後、反動でかいやつ渡してしまったな」
オルスは再度宙に空き缶を投げ、拳銃を構える。空き缶に三弾の銃弾がヒットする。
「…はぁ?」
しかし、オルスはまだ構えただけで、引き金を引いてなんかいなかった。直後、二人の背後から声が聞こえた。
「ほら、言ったでしょ?私の射撃能力はすごいって」
拳銃を握って言うミアナ、その周りには空き缶の様子を見ているバースとメイブンがいた。
「まぁ、空き缶をこの距離から当てるのはすげぇぜ」
ミアナたちと空き缶の距離は70メートル程度で、この距離から三弾も命中させるのは訓練された軍人でも一発でやってのけるのは難しい。
「昔、どこかで仕込まれてたのか?」
「天性の才能よ」
ミアナが笑みをこぼす。その隣で立っていたメイブンが建物に戻っていく。
「確かにすごい。まぁ、いい。日が暮れてきたし、飯にするぞ。オルス!三人の入隊祝いだ。倉庫から良い酒でも持ってこい」
「はいはい」
メイブンの後をオルス、バース、ミアナが続いて行く。
「ベティ、飯だってよ。早く来なさいよ」
「え?あ、はい!今行きます」
ベティは走って皆の元へ行きながら、脳内でつぶやいた。
(この世界でもこういう優しい人っているんだな)