第4話 聖女の奪い合い
「はぁ、これからどうしたもんか」
「どうするもこうするも安全な場所を探すしかないでしょ」
ミアナがバースに担がれているベティの頬をツンツンと触る。
「ふぁ…やめ…」
ベティの口から腑抜けた声の寝言が出る。
「こいつすげぇな。こんな傷で生きてることも、こんな状態で余裕そうにしてることも」
「ほんとね。夢の中で天下でも取ってるんじゃないの?」
「だとしたら、のんきすぎんな。こいつ傷は大丈夫なのかよ」
ベティの左肩を見ると、いつ死んでもおかしくなかった様な傷がすっかり塞がっていた。
「…人間かどうかも怪しくなってきたわね」
人間離れした再生力に恐怖するが、こんな状況で気持ちよさげに寝るベティの顔を見ていると、呆れが勝ってしまった。
「フ…んん…」
目を覚ましたベティが大きく欠伸をする。
「お目覚めか。調子はどうだ?」
「ん?えーと、まぁまぁです」
「あんた、腕のこと忘れてるでしょ。痛くないの」
「え?あぁ、そうだった。え!?待って傷口塞がってる!」
ベティは自身の左肩を見て驚愕する。
「傷口が塞がっちゃったら、治らないんだけど」
ベティは悲しそうに言うが、二人からしたら何でそんな悲しんでいるのかが分からなかった。
「腕ならまた作ってもらえばいいだろ。今はそんな金ねぇけどよ」
「腕って作れるの!?」
「たりめーだろ。ほらこんな風によ」
バースは袖をまくり自身の腕を見せた。一見、ただの腕に見えるが、鉄でできていた。
「そういえばここの人達ってみんなこんな感じでしたよね」
ベティはバースの腕をマジマジと見ながらつぶやく。
「そりゃ、腕なしだったら生きづらいでしょ」
「え?どういう意味ですか?皆さんって腕が無かったんですか?」
「いや、普通に流れ弾や地雷に体を持ってかれたりするだろ。ちなみに俺の腕は地雷にやられたぞ」
「地雷で腕って、あんた四足歩行で生きてたの?」
黙って聞いてたミアナが思わずツッコんだ。
「あれは倒れこんだ時にやちまってな」
「よく、顔とか無事だったわね」
「あぁ、運が良すぎたぜ。それに今回だって運がよかったしな」
バースがベティを見ながら言う。ミアナも同意するようにウンウンと頷く。
「そうね。ベティのあの氷のヤツが無かったら、奴隷人生を進んでたわ」
「一般的に魔法って使えないものですか?」
「魔法って、あんたそんなのは…待ってあれを魔法だっていうの?」
「え、はい。そうですけど…やっぱり使えませんか?」
ベティの問いかけに二人はまだ少し困惑しつつも返答する。
「俺らっていうか、人類は皆そんな特殊能力持ってねぇよ」
「そうなんですか。じゃあ、モンスターもいないんですか?」
「モンスター?モンスターじみた奴なら馬鹿みたいにいるけど、文字通りのモンスターならいないわ」
今までの様子から何となく察していたもののミアナの言葉でこの世界は自身のいた世界とは全く違うことを確信した。
「でも、エーリは雷魔法を使ってましたよ」
「エーリが?そうなのか…いや、あれは多分電気ショックだからな。お前の思ってるのとは違うぞ」
(そうなのね…私はなんでこんな所に来てしまったんだろうか。いや、転移魔法のせいってのは分かるけれど…こんな事考えるだけ無駄かしら)
ベティはどんなに考えたところで、答えが出てくる訳でもないを理解し、考えることを放棄した。
「じゃあ、その再生能力も魔法か?」
「傷を魔法で治せますけど、これは単に再生能力が高いだけですね」
「そんな化け物じみたことを淡々と言えたな」
バースは呆れたような声を漏らす。
「ま、ベティがいれば千人力だからね。あ、もちろん私たちと一緒に行動をするわよね?というか行動して欲しいわ」
「もちろんお二人について行きますよ。私一人だと多分死んじゃいます」
ミアナの差し出した手を握りブンブンと振る。手を離したミアナは肩を回しながら、安堵のため息をつく。
「そう。良かったわ。こっちもあなたがいなかったら死ぬでしょうし」
さっきまで微笑んでいたベティの顔が険しくなる。
「…空気が変わりました。殺気に支配され始めた」
「その言葉はホントだな?そうなるとアイツらが追ってきているのか」
ベティの言葉に二人も警戒をする。三人が臨戦態勢に入った瞬間、弾丸が降り注いできた。
「アイスウォール!」
ベティはドーム状に氷の壁を作り、銃弾を防ぐ。
「おいおいメリー。あれがお前の言っていたやつか?マジで氷の壁を生み出してんじゃねーか」
ベティたちの頭上にはバイクに跨っている者が二人がいた。
「メリーの野郎。もう追ってきたのかよ」
「しかも、その後ろの女って看守長のカルラ・ルービィじゃないの!」
「お、私のこと知ってんのかよ。ま、そこ二人には用が無いんだがな」
カルラはバイクから飛び降り、ベティの目の前に立つ。
「私は摩訶不思議な氷使いちゃんに用があるんだ」
(どうしようかしら。メリーがライフル構えてるせいでこっちも迂闊に動けないわね)
ミアナは上空をチラ見してから、目の前のカルラにぶつけるために固めていた拳を広げる。
「君のその力が欲しいんだ。だから本来ならあなたを殺すところだけど、仲間にしてあげるよ」
「そう。その対象はミアナさんとバースさんもよね?もし違ったら私は入らないわよ」
「…え?んな…あぁ、もちろんだ。それなりのポジションにつけると思うよ」
(間があった。この人、二人は殺すつもりだったようね。でも、もしかしたら…)
ベティが思案していると、ミアナが叫ぶ。
「やめときなさい。私たちがあそこから逃げ出して30分経ったかな程度よ。どう考えても、そんなもん決める時間は無かったわよ。私たちは結局捨て駒にしかならないわよ。それにそんなポジションを与えるつもりのやつに銃弾ぶっ放す訳ないでしょ」
ミアナが言葉を聞いたカルラは不機嫌そうな顔をしながら舌打ちをしていた。
「チッ。あの小娘が言ったように確約されたポストは無いし、そこ二人だって殺す予定だった。けど、お前のその力で世界を動かすことができるのは確かだ。一緒に来ないか?いい思いはさせれるぞ。それに、お前らに接点などないだろ。今、切っちまったところでなんの感情も沸かないだろ」
カルラの話を聞き終えたベティの表情は怒りで満ちていた。
「ミアナさんもバースさんも、数時間前に顔を知ったような仲なのよ。けど、私はこんな狂った世界に迷い込んで、初めて信じれると思った人たちよ。それに気を失ってる私を運んでくれました。恩を仇で返す気は無いわ」
カルラをキッと睨むと、手を真上に掲げて詠唱を始める。
「ブリザード」
そうつぶやいた瞬間、吹雪が吹き始め、ベティ以外の視界を真っ白にし、ゴウゴウという吹雪の音が耳を支配する。
「おいおいマジかよ」
カルラが驚きの声を漏らし、どこにいるか分からないベティに拳銃を向ける。
「アイスランス!」
(ッ!後ろ!)
カルラは振り返り、拳銃を発砲する。それと同時に両足に激痛が走った。
「なんだよ…これ、ツララ?」
カルラの足には四本の氷の刃が突き刺さっていた。さらに、カルラがそんなことをしていると、吹雪の音の中で小さな爆発音が轟く。
「終わりよ」
次第に吹雪が止んでいく。しかし、カルラの目の前の光景は吹雪が吹く前と全く違った。
「あぁ、マジかよ」
ミアナとバースはカルラの射程外まで移動しており、さっきまで上空にいたメリーは撃ち落されていた。そして、少しでもカルラが体を動かしたら突き刺さるような位置に氷の刃が浮遊していた。
「あなたたちの負けよ」
ベティは悠然とした態度で言い放った。