第3話 脱獄
建物中にウーウーというけたたましいサイレン音が響く。
「もうバレたのかよ。仕事が速すぎるだろ」
バースはあまりのうるささに、思わず耳を塞ぐ。
「ていうか入り組みすぎでしょ。ベティあなた、道分かってるの?」
「え?闇雲に走ってますけど…地図を探したほうが良かったかなぁ」
「いや、地図のある場所が分からないなら結局ダメでしょ」
ベティたちがそんな話をしていると、背後から銃弾が飛んでくる。
「おい!止まれ!」
後方にはアサルトライフルを構えた男が立っていた。
「バレちまったな。どうする?」
と言いつつも生身対銃器という圧倒的差もあってほぼ諦めていた。しかし、魔法が使えるうえ、銃の脅威を知らないベティは違った。怯むことなく、魔法を放つ。
「アイスランス」
四本の氷の刃が男の両手両足を貫く。
「…ほんとになんだよ。それ」
バースが口をあんぐりと開けてつぶやく。
「さっきも見たでしょ。ベティは私と違うのよ」
「ちょっとその言い方嫌なんですけど」
「いや、あんた何もないところから氷を生み出すなんておかしいでしょ」
ミアナは痛みに悶えて動かなくなった男からアサルトライフルを奪いとる。
「まぁ、とりあえずはベティがいるなら安心だろ」
バースの言葉にミアナはうんうんと頷く。
(…二人は魔法を使えないのかしら。いやでも、エーリは雷魔法を使えたし)
「ベティ、立ち止まってたら追手が来るわよ」
「えっ?はい。そうですね」
三人は再び走り出そうとした瞬間、目の前に大きな剣を持った大男が現れた。
(うっそでしょ…いつの間に!)
「殺したるでぇ」
ミアナはアサルトライフルを構えて、ベティは魔法を唱えようとする。しかし、すでに間合いに入っていた男が大剣を振り下ろす。
「ベティ!」
バースがベティの手を引っ張ったおかげで、刃を避けることができた。
「避けんじゃねぇぞぉ」
男は大剣を横凪ぎに振るった。大剣がベティの首を捉える。首を切り落とした、男はそう確信した。しかし、剣がベティの首に届くことは無かった。
「アイスウォール」
大剣と首の間に氷の壁が出現した。男は目の前の光景に驚き、見入っていた。その隙をついたベティは男の顔を触れ、フロスタと唱える。
「ウグァ」
男はよろける。ベティはバランスを崩した男の顔に追撃をくらわす。
「危なかったわ」
ベティは倒れこむ男の隣を通る。気絶したと思っていたベティは何の警戒もせずにいた。しかし、まだ意識が残っていたらしく足をガシッと掴む。あまりにも急でベティは反応できなかった。
「死にやがれぇい!」
携帯していた拳銃をベティに向ける。そして、ダダダダンッと銃声が轟く。
「トドメをさしなさいよ」
男の体に無数の銃創ができた。どう見ても即死だ。
「殺すほどですか?」
「殺さないと。魔法とやらがあっても油断したら死んでたでしょ。実際あなたはあの時反応できなかったじゃない」
「確かにそうだけど。気絶させれば…」
「それじゃダメだぜ。つか、よくここまで生きてこれたな。早死にするぞ」
「あなたちょっと変よ。色々と」
ミアナが心配そうな声を出す。ほんの少しの沈黙の後ベティが口を開く。
「人を殺すのが常識ですか?」
「まぁ、殺さないと殺される。それだけだよ。ベティがなんでそんなことを言うのかは知らんけど、今は逃げることに専念するぞ」
バースたちが進み出す。ベティも少し遅れて歩き出す。
「おい。ここの窓から出れるんじゃないか」
バースが指をさす窓の先には夕暮れの景色が広がっていた。地面との距離が七メートルくらいある。
「少し高いけど降りられないほどじゃないですね」
「ならすぐさま降りるわよ」
ベティが窓の外へと飛び出す。その後にミアナ、バースと飛び降りる。
「あっけなかったわね。とりあえず遠くに逃げましょ」
ミアナが一本道を早歩きで進んでいく。開けた場所に出た瞬間、頭上から女性の声がする。
「だ~め~だよ」
ビルのベランダにはスラっとした体形の女性が立っていた。左手には拳銃、右手には細身の剣が握られていた。
「ども。副看守長のメリーだよ」
「チッ。泳がせてたのか」
「泳がせてたっていうかここで待ってたんだけどね。この辺一本道だからね。君たちが道なりに動いてくれてよかったよ」
メリーは飛び降りながら銃弾を放つ。
「ッ!アイスウォール」
氷の壁が銃弾をはじく。メリーは少し驚きつつ氷の壁に斬撃を浴びせる。
「わぁ~お。すごいね。どうなってんのよ」
どう頑張っても斬れないことを理解したメリーは氷の壁を飛び越えてベティに斬りかかる。
「死にやがれ!」
バースが横から蹴りを入れようとする。メリーの視界にバースが入った瞬間、ベティに向けてた剣をバースに向ける。
(その体勢から俺に剣を向けてくるかよ!?)
バースは体を反らして避けるが、メリーはさらに追撃の突きを放つ。
「危ないわ!」
ミアナがメリーの前に立ち、アサルトライフルの銃床で剣を受け止め、メリーの顔面を蹴り上げる。
「いったぁ~い」
メリーがミアナの足を掴みブンブン振り回して、バースに投げつける。さらに、少し遠くにいたベティに銃口を向けるが、ベティは銃弾を避けてメリーとの間合いを詰める。
「アイスウォール!」
ベティがメリーの足をパンッと叩く。すると、メリーの膝から下が氷の壁で包まれ、カチコチに固まる。
「んぅ?どうなってるのぉ?」
メリーが下半身を動かそうするが、全く動かない。
「チェックメイトよ」
ミアナが落ちていた拳銃でメリーの頭を打ち抜く。メリーの体から力が抜ける。その光景を見て死んだことを確信したベティは魔法を解除する。
「ちょっと!まだトドメを刺してないんだけど!」
「え?」
ベティの常識では頭を貫かれたら絶命する。そのため、もうメリーを拘束する必要は無いと思っていた。しかし、メリーは顔を上げ、ミアナの持ってた拳銃を蹴り壊す。
「わっ。なんか知らないけどラッキー」
メリーの足がきれいな弧描いてベティの後頭部を襲う。さらに、メリーは鉄でできた腕の装甲をパカッと開く。腕の中から二つの手榴弾を取りだした。
「はい。あげるよ」
メリーが手榴弾のピン抜いて手渡す。ベティは手榴弾をジッと見つめていた。
「早く投げろ!死にてぇのか!」
「え?死ぬの!?」
ベティは慌てて手榴弾を真上に投げる。ベティの頭上で手榴弾が爆ぜる。
「ひぃ…すごい爆破魔法ね」
手榴弾の爆発の様子を凝視してると、顔面に蹴りが飛んでくる。
「よそ見しないでよ」
ベティはバランスを崩し、倒れてしまった。メリーは落ちていた剣を拾い振り上げる。
「バイバァイ」
剣を振り下ろす。ベティは寸でのところで避けた…つもりだったが避け切れなかった。
「ウッ!」
ベティの左肩から先が無くなり、そこから尋常じゃないほどの血が噴き出す。自身の左腕に手を伸ばすが、メリーに蹴り飛ばされてしまった。
「てめぇ!」
バースはメリーを殴り飛ばす。メリーは数メートル吹き飛び、ゴロゴロと転がる。
「おい!ミアナ!さっさと逃げるぞ」
メリーは倒れてそこから起き上がる気配が無い。バースはチャンスだと思ったのかベティを担いで走り出す。
「ちょっと…待ってください…左腕持ってきて…」
「そんなことしてる暇ねぇよ!腕があったって医者も金もねぇなら戻せねぇよ」
「いや、私の能力で…」
「お前のアレで氷漬けにして固めるっていうのか?」
バースの問いかけにベティは返事をしなかった。出血多量で気絶したようだ。
「寝やがった。このままだったら死ぬぞ」
「死ぬまでは運んであげましょ。ベティにはかなり助けられたし」
「あぁ、そうだな」
バースとミアナは狭く圧迫感のある路地裏へと消えていった。