第17話 タイマン
ステージの上でフールと睨み合っていたベティにクウコが声をかける。
「ベティ、ここはステゴロがルールさ。とにかく拳だけでやってくれないかい?」
ベティの魔法を隠していたいクウコはそんな提案をする。
(既に数回は魔法を人前で使っているが、ベティの力は秘密にしておきたい。客どもの中にはカメラを起動してるやつもいるだろうし。ソイツがネットにあげたら誰かに目を着けられてしまう。そうなったら折角アタシが見つけたモノが無駄になってしまう)
今後ベティを利用する気満々で、魔法がバレたらまずいと思ったクウコは適当なことを言う。
「それにここのルールを破れば店のヤツらに袋にされちまうよ」
もしベティが魔法を使ったとしても店員らに殺されることはないはずだ。未知の力を使う者など怖くて手を出そうだなんて微塵も考えないだろう。
「ん、分かったよ」
ベティはクウコの言葉を正直に受け止めコクリと頷く。
「おいおーい、まだか?それとも逃げ出す気かぁ?」
ステージの上で余裕そうにしているフールが酒を傾けながら嘲笑う。
「はぁ、終わったよ。さっさと始めましょ」
ベティはステージの中央に立つフールのもとへと向かう。フールもジョッキをステージの外に投げ捨ててベティに差し向かう。
フールは指をボキボキと鳴らしながら、唾がベティの顔に飛ぶくらいの距離まで顔を近づけ、ささやくように言う。
「タイマンで俺に勝てると思うなよ」
「あっそ…」
フールはそんな事を言って挑発する。しかし、ベティの異様な雰囲気に内面少しビクビクしていた。
「それでは…始めぇ!」
ベティが顔についたフールの唾を袖で拭うと距離をあける。十分な距離を取ったことを確認した店員が小さめのハンマーで鐘を鳴らす。
カーンと高い鐘の音と共に、二人は大きく踏み出す。両者の攻撃は同時にヒットする。しかし、パワーは圧倒的にフールの方が上である。顔面に強烈な一撃を受けたベティは吹き飛ばされ、うつ伏せになって倒れ込む。
「オッラァ!」
フールは倒れるベティに背中に乗る。そして、ベティの腕を足で押さえつけ、ガッチリと固定する。
ベティは体をよじったり、ジタバタとするがなんの効果もなかった。
「さぁ、なぶり殺してやるよ」
フールは両手を握ると、そのままベティの後頭部へと振り下ろす。
(くっそ。頭が痛いよ。とにかくこの状況を脱さないと…)
されるがままだったベティは、殴られ続けて意識が飛びかけ、危機を感じて咄嗟にこんな言葉を口に出す。
「ギ、ギブアップ…!」
ベティはか細く、できるだけみじめに見えるように言う。もちろんベティにギブアップする気なんて毛頭ない。
「おね…がい。許し、て…」
涙を流しながらさらに言葉をつけ加えた。
フールは一瞬だけポカンとしていたが、プッと吹き出し、ステージの外にいる観客たちに向かって言う。
「アーハッハッハ!おい、聞いたかぁ!?勝負ありだぜ!」
フールは大声で笑う。その瞬間、笑って気が緩んだのか、もう敵では無いと安心したのか、フールは知らずのうちにベティを押さえつける力が弱まっていた。力が弱まっているといっても、手首を軽くひねる程度しか動かなかった。しかし、ベティからすればそれだけで十分であった。
「ま、ギブしたところで助けてやるつもりはねぇけどな」
フールは大声で笑いながら拳を振り上げる。それと同時にベティも指先がフールの足の肌を触れる。
「フロスタ!」
ベティの手のひらが急激に冷える。その手に触れているフールの足が凍る。
「イッタッ!?」
あまりにも冷たさに、痛さにフールは悲鳴をあげながら飛び退く。その隙を逃さず、ベティは床を滑るようにして距離をとった。
「…!?あいつ、何をしたんだ?なんでフールが飛んだんだ!?」
アティアは唐突に飛び跳ねたフールを見て疑問を漏らす。ほとんどの観客がアティアと同じようだった。
傍から見ればフールが謎に跳ね上がったようにしか見えない。
「こりゃあ…魔法だろうな。まぁ、知らねぇヤツからしちゃ分かんねぇか」
ベティの力を知っているビリーは小さくつぶやく。
ベティの指先が生身であることを確認したフールは、疑問符が頭の中が埋め尽くされて、驚愕の表情を見せる。
「何を…したんだぁ!」
フールはベティに向かって飛び掛かるが、反撃の準備が整っていたベティは強烈の蹴りを放つ。
「…あなたもギブアップすれば?もしかしたら助かるかもよ?」
蹴りを受けたフールはなんとか着地したが、痛みに耐えきることができずに崩れ落ちる。
「あ…ウグッ…」
「倒れないでよ?さっきのお返しがまだだし」
口から血を垂れ流すフールの腹部に蹴りを食らわせる。フールは吹き飛ばされてステージの外に転げ落ちてしまう。
「起き上がらないの?なら死ぬことになるよ?」
ベティは体の傷を治しながら、フールのもとへと歩み寄る。そして、起き上れずにいるフールの顔の隣で足を止める。
「じゃ、トドメをさすよ」
ベティは左足を限界まであげてから、勢いよくフールの顔を踏みつける。ダンッと鈍い音が部屋中に響き、ベティが足を退ける。フールの顔は血で見えなくなっていた。
「はい、大逆転。楽しんでいただけた?」
ベティは拳を掲げて観客たちに笑いかける。




