第13話 技師
基地の外を出て、街中を歩いて数分が経った時、ベティが先行しているクウコの肩をつつく。
「これ、どこに向かってるの?」
「アタシの部隊の専属技師のもとに向かう。二人の体でも直してもらおうじゃない。ほら、着いたよ」
目的地に到着したらしく、大きめなガレージのシャッターをガンガンと叩く。
「ナタァ!開けてくれないかい?見てもらいたいヤツがいるんだ」
数秒後、シャッターがゆっくりと上がると中から細い機械の指が現れ、開ききっていないシャッターを無理やり押し上げる。
「何用?」
シャッターの向こうから赤い短髪に目の下にクマがくっきりと浮かんでいる男性が現れた。
「要件なら叫んでいたろう。ほらコイツらさ」
クウコが後ろに立つ二人に目をやると、男は二人の体を凝視する。
「…了解」
男はそれだけ言うと建物の奥へと消えて行った。
「アイツはナタ・ネルセントだ。基本無口だが技師としての腕は確かだよ」
部屋の色んなところから機械の作動音が響き、鉄臭い匂いが鼻にまとわりつく。ガレージの中には見たことの無い機器が床いっぱいに散乱してある。
「相変わらず汚いねえ。足の踏み場くらい確保したら?」
物と物の間を潜り抜けながらナタのもとへと向かう。ナタは周辺に大きなライトやアームがついた手術台の横で何かをいじりながら待機していた。
「どっちからだい?」
「ベティが先でいいぜ」
ベティは小さく頷くと、手術台の上にピョンと体をのせる。
「修理だけ?」
「とりあえずはそれだけでいいよ」
「…腕を置け」
手術台に寝転がったベティは左腕を横に伸ばし、床から隆起してきた台の上に乗せる。
「麻酔は無い。我慢しろ」
「ん、我慢?別にいいけど」
正直麻酔の有無で何が変わるのかよく分かっていないベティは適当な返事をする。
ナタはベティの返事を聞く前に修理に取り掛かっており、先端が針のように尖った指をベティの腕の中へとねじ込ませる。
「…主神経線がボロボロだ」
「主神経線…?」
ベティは聞き馴染みのない単語に不思議そうに聞き返す。
「言葉の通りだ。体を動かすための配線が神経のように義肢中に張り巡らされている。その神経には二種類あって体の中心を通る主神経線と、そこから枝分かれになって細かいところまで伸びる副神経線がある。主神経線が切れてしまうと体が動かず感覚も消える。だから…」
さっきまでは必要以上のことを喋らなかったナタが淡々と饒舌に語り出す。そして、ベティの腕の中から一本の太い配線を引っ張り出して、ナイフのように鋭利な指でそれを切断する。
「いっ…!?ぁぁぁぁぁあ!」
切断した瞬間、ベティは痛みに顔を歪めながら、腕をビクンと跳ねさせる。動き出すベティを付近に設置されたアームが押さえつける。
「主神経線を切った。感覚が消えていくハズだ」
ベティの腕は台の上に力なく垂れ、そのうちにナタが修理に特化した指を使って修理を進める。
「…はぁ、はぁ、こんなに痛いなら言ってよ」
「言った」
「どのタイミングで!?」
ベティが問いかけるが、ナタは黙々と修理に専念し始める。
ナタはベティの腕に大きな切り込みを入れ、中が見やすいように広げる。そこから古い神経を取り出すと、床に落ちてあるボックスから新たな神経と交換する。
(邪魔くさいものがある…引き抜くか)
ナタは腕の中に収納されてあった分銅鎖を外に出し、手術台の横に置くと、主神経線をベティの体内に埋め込む。
「ん…!?」
さっきよりは小さい叫び声を漏らすベティにナタが話しかける。
「感覚が戻った。痛みを感じる」
ナタはそう言いながら傷ついている装甲を外す。感覚が戻ったベティは皮膚が剥がれるような痛みが腕中を駆け巡る。
ナタは床に散らばるパーツの中からベティに合うものを観察し、取り付ける。取り付ける時はそこまでの痛みを感じなかったようで、ベティはただ静かに修理が終わるのを待っていた。
「完了だ」
分銅鎖を腕の中におさめ新品の装甲をつけると、二本の指を使って切り口を溶接する。
「はぁ…ありがとう」
手術台から降りたベティは少しよろけてしまう。
「戦闘のときよりも疲弊してる感じじゃねぇか」
「えぇ、戦場とこの場とでは心構えが違うよ。痛みが急に来ても対応できないわ。あと、戦いとは違う感じの痛みだった気がするし」
キレイになった腕の動作確認をしているベティは小さな声で言う。
「基本ナタの手術は麻酔なしだから結構な覚悟が必要だよ」
「初めに言って欲しかったな…」
少々疲れた様子のベティは軽くクウコに悪態をつく。




