第9話 任務成功
ベティは緊張の糸が切れたようでその場に座り込む。
「体がプルプルじゃねぇか。大丈夫か?」
「魔力切れ。もう魔法は使えないわ」
ベティは額から汗を流し、小刻みに震わえる体をパンと叩く。
「魔法って…さっきからやってたアレか。どうやってんだ?」
「そう、それよ。魔法はこの世界で私しか使えない能力よ」
「マジかよすげぇな。それ、オレもできるのか?」
「私が魔力を流してあげたら使える。けど、これは私だけのアドバンテージ。ゆずる気はもう無いわ」
ベティがそう言い放つと、ビリーが駄々こねる子供のように手をバタバタさせる。
「えぇ。いいじゃねぇか。くれよ、相棒」
「あげる気はないって言ったでしょ。あと、たった一回協力しただけで相棒って言うのやめて」
ベティは心底嫌そうな顔でビリーを見つめる。ビリーはそんなこと気にせずベティの背中をポンッと叩く。
「遠慮しないでくれよ、相棒」
ベティとビリーがじゃれていると、ガレキの下から微かな音が聞こえてくる。
「ん?」
不審に思ったベティが振り返ると同時に、顔に激痛が走り、地面に転げていた。
「アッ!?」
ベティの目の前にはガレキの下敷きになっていたはずのキャナがいた。顔がよく見えないほど血まみれで、左腕、左足がありえない方向を向いている。
そしてキャナは右手にはベットリと血のついた大きめの石片があった。
「生きてたのかよ!?」
もう戦闘は終わったと思っていたベティらは完全に決着ムードだったせいで、即座に戦闘態勢に入ることができなかった。
「ぁあ!絶対に…殺し、てぇやるっ!」
キャナはふらついた足取りでベティに向かい、石片を振り上げる。避けるには十分の時間があったが、体が思うように動かない。
ベティが攻撃を覚悟した時、頑丈そうに見えた扉が大きな音をたてて吹き飛ぶ。
「…あ?」
皆が扉の方向に目を向ける。キャナも振り上げていた腕をゆっくりと下ろし、扉を凝視する。数秒の沈黙の後、扉の向こうから猛スピードで何かが飛んでくる。
その何かはキャナの体をさらい、壁に思いっきり投げ飛ばす。
「アンタら、詰めが甘いんだよ。アタシの時も、こいつの時も」
何かはキャナの真ん前で急ブレーキをすると、ぐったりと座り込むキャナの頭を拳銃で打ち抜く。
「…!あなたは確か、クウコ・リグレッツ!?」
猛スピードで動いていた影の正体は、ベティがついさっき殺したはずクウコだった。
「よっと、アタシが来なかったらやばかったんじゃないのかい?」
キャナが口から血を流しながらその場に倒れたことを確認したクウコはベティに視線を移す。
「…なんで、助けたの?」
ベティは震えて手で拳銃を構える。
「アタシはただ、今回の功労者を労いに来ただけだよ」
クウコは拳銃をヒョイと取り上げ、遠くに投げ捨てる。
「そんでね、アタシを殺しにかかったことは水に流してあげるよ。なんせアンタらは任務を完遂してくれたんだからね!」
笑顔で自身の肩をポンポンと叩いてくるクウコに、警戒を解くことが出来なかったベティはジッと睨む。
「それを、信じると思ってるの?」
「思ってなんかいないよ。ただ、信じようが、信じまいがアンタ…今は何もできないでしょ?」
実際ベティは体力もほぼないうえ、魔法も使えず、拳銃を失い、対抗策なんて何もない。
「あなたが何をしようとも従わないから。アイスラン、ゴホッ!」
ベティがクウコに向かって指を向ける。指先から小石程度の氷の粒が出たと思ったら、口から大量の血を吐き出す。
「な、何が起きたんだい!?」
ベティは血を吐き出しながらバタリと倒れていく。あまりにも唐突なことにクウコはどうしたらいいのか分からずに戸惑っていた。
「…魔力切れって言ってたな。それが原因でぶっ倒れたんじゃね?」
ビリーはベティとは違い、なんの不信感も抱かずにクウコに話しかける。
「そうかい。ま、運びやすくなったじゃない。死ぬとは思ってないけど、一応治療してあげようか」
クウコは気絶したベティを担ぎこむとビリーについて来るように手招きする。
「ベティを殺すのか?」
「いや、そのつもりは無いよ。任務を達成させてくれたし、アタシも生きてる。処分の理由がないんだよ」
クウコは建物を出ると、ベティの顔を覗き込みながら言う。
「この崩壊っぷりだと目的のものを探すのは骨が折れそうだね。ま、回収作業はアタシの担当じゃないから知ったこっちゃ無いんだけどね」
クウコはそう言うと、駆け足でこの場から離れていく。ビリーは少し悩んだが、クウコの後を追うことにした。




