第2話 即逃走
「はぁ、やっと外に出れたわね」
やっととは言ったものの監禁されてから一日しか経っていない。ベティが体をググッと伸ばしていると、脳内に女性の声が響く。
『あ、あー。よし。あんたたちにはハジチ地区で身を隠している、クードゥ・アティリアの処分をしてもらうよ。クードゥの顔は今から送るからそいつを殺しておくれ。そんじゃ』
脳内の声が消えた途端、一人の男の顔が浮かんでくる。
「…こいつが目標なのね。ま、私には関係ないんだけどね」
逃げる気満々のベティは支給された拳銃をしまうと、目標であるハジチ地区から遠ざかっていく。
「さぁて、どこに行こうかしら。ある程度自由に生きていけるといいのだけど」
ベティは一目のつかないような路地裏を歩いていく。
「というか、大量の兵士を投入するほどの情報ってなんなのよ。ま、私がそんなこと気にしても意味ないか」
ベティは少し疑問に思いながら、路地裏を出て繁華街を歩く。
「うーん、おなかも減ってきたわね」
ベティは道に並ぶ飲食店を見ながらつぶやく。
「お金なんて持っていないけど…」
ベティはあるはずもない金を探してポケットの中に手を突っ込む。そして、ホットドッグが売られているキッチンカーの前で立ち止まる。
「どうした、ねぇちゃん。何が欲しいんだ?」
店員の女性がホットドッグを見つめるベティに笑顔で話しかける。
「いや、私はお金が無いから買えないわよ」
「あっそ。じゃあ帰りなぁ」
店員は一瞬でベティへの興味を無くし、別の客に視線を移す。
(…殺しが許されてるなら、これも許されるわよね)
ベティは何かを決心した様な目でキッチンカーに近づき、何かのチャンスを待っている。
(あ、今!)
店員が見ていない隙にベティはキッチンカーの中にサッと手を伸ばす。そして、ベティは早歩きでその場を離れていく。
「…バレてないわよね?」
ベティは振り返り、店員の様子を伺う。そして、さっきまで持っていなかったホットドッグを頬張る。
「おいしっ。スリリングな味ね」
ベティはほんの数秒でホットドッグを平らげる。しかし、まだ空腹が収まらないベティは次のターゲットを探す。
「いい匂いが外までしてくるじゃん」
ベティはそのまま目に留まったステーキ店に入っていく。店内では空腹を刺激させるような肉の匂いがさらに漂ってくる。そして、四人席のテーブルに座ると、店員を呼び止める。
「あの、このキングステーキってのを頂戴」
「あーい」
店員はそれだけ言うと急ぎ足で厨房に向かって行った。
数分後、店員が鉄板からはみ出しそうなくらい大きなステーキを、ベティの目の前に運んできた。
「でかい…おいしそうね」
よだれが垂れそうになるベティは早速、フォークとナイフを手に取って、ステーキを食べ始める。
「うっまいわぁ。アツアツでジューシーね」
ベティは上品にそれでいて豪快にステーキを口に入れる。
(…ん?店内が静かになりだした)
ステーキを半分ほど食べた頃、会話をしていた客たちの動きが止まる。
(何を見てるんだろ?)
客の視線が異様な威圧感をまとった女性に集中する。艶のある黒髪を後ろで一本にまとめており、今の季節には少し暑いと感じるような黒いコートを着ている。
(でかぁ)
身長は二メートルは確実にあり、女性らしい顔つきに反して、筋肉質な体をしている。
ベティと目があった女性はツカツカと近づいてくる。
「…何?」
女性はベティの反対側の席に座り、ベティの顔を怪訝そうな表情で凝視する。
「…このマークを見なよ」
女性は自身の胸元についている片目が潰れたドクロのバッジをトントンと叩く。
「知らないわよ。あと、私食事中だから」
ベティはそんなのことは、どうでもいいといった感じで首を横に振り、食事を再開する。
「アタシはクウコ・リグレッツ。キングリーパーの部隊長やってるのだけどさぁ」
クウコの言葉でベティの手がピタリと止まる。
「逃げだす奴は何人も見てきたんだよ?でも…」
クウコがまだ熱の残った鉄板に指をひっかけ、声を荒げて叫ぶ。
「こんな余裕綽綽で肉を食ってる奴は初めてだよ!」
クウコは鉄板をベティに投げつける。
「お肉がっ!」
ベティはステーキの心配をしながら鉄板を避ける。
「はぁ、なんで見つかったのかしら」
ベティはフォークに刺さった一切れのステーキを口に入れると、フォークをクウコに向かって突き出す。
「そんなことはどうでもいいんだよ。なんせ…あんたには死んでもらうからね!」
クウコはフォークを人差し指で受け流すと、机ごとベティを蹴り飛ばす。
「おぉぉ」
派手に吹っ飛ぶベティを見て、さっきまで黙って話を聞いていた客らが驚きの声をあげる。
ベティは拳銃を抜き、クウコに向ける。が、クウコの足払いしたことにより、バランスを崩したベティが前のめりになる。
(ッ!ヤバいわ!)
前のめりになって防御もできないベティの顔面に膝が飛んでくる。
「さすがアタシ、綺麗にきまったじゃん」
ベティは鼻血を飛び散らせながら、天井近くまで飛び、背中から地面に着地する。
「くっそ。ヒール」
ベティは分銅鎖をクウコの首に打ち付ける。クウコは首から血を流しながら、飛んでくる分銅鎖を掴み、引っ張る。
「わ!」
ベティは対抗してみるものの、クウコの圧倒的なパワー相手では話にならない。
「体格差的に無理だよ!」
クウコは分銅鎖をブンブンと振り回して、手を離す。宙を回転するベティは上手く受け身がとれず、レジカウンターに頭をぶつける。
「あぁ、頭が痛い」
後頭部から血を流すベティはフラフラの状態で立ち上がると、指で銃の形を作りクウコに向ける。
「…何をしてるんだい?」
「アンタには分からないでしょうね」
首を傾げるクウコを見て、ベティはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「アイスランス」
四本の氷の刃がクウコの体を貫く。
「はぁ!?」
クウコも、客も、ベティ以外の人間は何が起こったのか理解することができず、数秒間フリーズしていた。
「反撃開始よ」




