第20話 極寒の狂気
「終わりだよ」
エーリは泣き叫ぶベティの額にショットガンを突きつける。
「なんで…なんで!このクソ野郎!」
力なく横たわるオルスを抱えながら怒号を飛ばす。そんなベティを見てエーリは呆れた様子でため息をつく。
「ベティちゃん。君ってさぁ、自己中だね」
「…へ?」
「ぼくらだって君たちにたくさん殺されてんだよ?自分だって同じことしてるのに、おかしいって言われても困るよ」
「じゃあ!なんでここ人たちは殺し合いなんて、何の得にもならないことをしているの!?」
ベティの問いにエーリはほんの少し悩む。
「…考えたこと無いや。だって、世界はそういう風に創られているんだからね」
エーリは深くため息をつきながらショットガンをオルスに向け、発砲する。
「はぁ、この、オルスくん?も、可哀そうだね。ベティちゃんのような無能のせいで死んじゃうなんてね。ま、無能と無能は惹かれあったってことか」
ベティは淡々と言うエーリをキッと睨み、憤りを口にする。
「無能?オルスさんは仲間のために命を賭けれるような人よ!そんな人のどこが…」
「だからだよ」
エーリはベティの言葉を遮る。そして、エーリは笑い声をあげながら続ける。
「仲間のために命を捨てたけど、結局助けた仲間と共に死んで…アハハッ。ほら、無能じゃん」
エーリは自身の太ももあたりをパンパンと叩きながら声をあげて笑う。そして、ショットガンを握り直し、ベティの額に突きつける。
「…殺す」
ベティの口から小さく静かに憎悪の言葉を吐き出す。
「ん?なんか言った?」
少し不気味に思いながらエーリがベティに問いかける。しかし、返事はすぐには返って来なかった。
ベティはユラユラと体を揺らしながら立ち上がる。そして、ようやく口を開く。
「あぁ、なんで…なんで私はさぁ、人を殺さない、なんて言ったのかな」
ベティは額にくっつけられているショットガンをどけると、ゆっくりと歩き出す。
「こんな、どうしようもないクズにも同情をかけて、聖女としての誇りを守ろうなんて、ほんと…バカよね」
ベティは大きく踏み込んでエーリの胸に手を当てると、静かに冷たくつぶやく。
「あなた、死んでよ。アイスランス」
ゼロ距離でアイスランスを食らったエーリの背中から貫通した氷の刃が飛び出す。
「ヒール。勝手に死なないで欲しいんだけど」
ベティはうずくまるエーリを見下ろしながら回復する。傷は治っても痛みをあるらしく、痛みに耐えながらヨロヨロと立ち上がる。
(あれ?僕、宙を浮いてる?)
立ち上がったエーリの顔に痛みが走ると同時に地を踏んでいたという感覚が消え去る。そして、数秒の浮遊感の後に背中に衝撃が加わる。
エーリが目を開けると、頭上にキュルワの足があった。
「僕は、蹴られて…のかな?」
エーリはキュルワの助けを受けながら立ち上がる。
「お相手バリ強いけど、どうすんねん」
「さっきまで弱弱しかったのに…今は勝てるビジョンが見えないや」
(ロイヤルフライのクールダウンはだいたい五分…それまで耐えれば勝てる)
それがベティに勝てる唯一の勝機である。しかし、エーリもキュルワもリミッターの外れたベティにそんな時間を耐えることができるとは思ってない。
「くだらない作戦会議は終わったの?」
ベティが跳びあがる。キュルワは慌てて拳を握り、ベティが着地する瞬間を狙う。
「アイスウォール」
キュルワの間合いに入ったベティの真下から氷の壁が隆起する。ベティにぶつけるつもりで放ったパンチは氷の壁にぶつかる。
「ッ!出てこいや!」
キュルワの拳が爆発して、砂埃と氷の粒が舞い視界が悪くなる。
「はい、出てきてあげてよ。アイスランス」
キュルワの背後からもの凄いスピードで氷の刃が飛んでくる。四本の刃が全本頭に突き刺さる。
ベティの顔にキュルワの返り血がつく。その瞬間、ベティの口角が僅かに吊り上がる。
(こんな簡単に壊れていく…すごい爽快感、高揚感)
ベティは頭に穴をあけた状態で絶命するキュルワを見つめながら笑いをこぼす。そして、そのままエーリに向かって語り掛ける。
「すごい清々しいわ!いいわね、この世界。こんな気分がいいことが自由にできるなんて!」
ベティは飛び切りの笑顔を作りながらエーリの周りに立つ雑兵たちに突っ込む。そして、ベティは硬直していた雑兵を喜々として殺す。
「…嘘でしょ」
エーリは周りで血塗れで横倒れる雑兵を見てつぶやく。
「さぁ!ラストはあなたよ!」
エーリは自身に向かってくるベティに電気ショックを浴びせようとする。
「その程度で勝てると思わないで。フロスタ」
ベティはエーリの義手をへし折り、首を掴んでフロスタを使う。そして、エーリの首元を凍結させる。
「あ、あぁがっ!」
エーリはベティの腕を引きはがし距離を取ろうとする。しかし、ベティが分銅鎖をエーリの腕に巻き付け、引き寄せる。
「逃げないで」
ベティに向かってくるエーリの顔面を思いっきり殴りつける。
「あなたみたいな人間が楽に死ねると思わないでね」
ベティは地面に倒れるエーリの馬乗りになると、エーリの両腕を足で思いっきり踏んで、行動を制限する。
「整形してあげるよ」
ベティは不気味な笑顔を浮かべながら、無抵抗のエーリの顔を両腕を使って殴る。
「フフッ、清々しいわ。こんなに気分がいいなんてね。あなたは憎いけど、この爽快感を教えてくれたことに関しては感謝してるのよ」
ベティは拳にエーリの血がつく。そして、ベティが拳を振り上げるが、自分でその動きを止めた。
「はぁ、はぁ、時間を…かけすぎたんじゃ…ないの?」
ベティの真上でロイヤルフライが砲口をこちらに向けて旋回している。
「地獄に道連れだよ」
ロイヤルフライからレーザービームが飛んでくる。
「この程度で死ぬ訳ないじゃない」
ベティは目を閉じて手を組む。そして、目を開けて手をロイヤルフライに向けて叫ぶ。
「極寒の世界を見せてあげるわ。雪景色の理想郷」
辺りが一気に冷え込み、ベティを中心に地面が急速に凍っていく。地面の氷が魔法陣のような模様となる。
レーザービームとベティの指先が触れる。その瞬間、高温のはずのレーザービームが凍り、ヘリ全体を氷で包み込む。
「…な、何が…どうなっているの?」
制御を失ったヘリは地面に向かって落ちてゆく。目の前の状況に理解が追い付かないエーリは体を震わせながらつぶやく。
「なんで、君みたいなのがここまでの力を…」
ベティは振り返り黙って拳銃を抜くと、エーリに向けて発砲する。
「フフッ、黙って。生きてることがおこがましいのよ。死にな」
横たわるエーリの横をゆったりとした足取りで通り過ぎる。
「う、ゴホッ!」
ベティはその場に膝を口から大量の血を吐き出す。
(魔力を一気に消費してしまったわ…魔力も無くなったから、ヒールも使えない)
ベティは血を地面に吐き出しながら歩く。疲労でガタガタと震える足を無理やり動かす。
(どこへ行こうか。帰る場所もないし、当分は野宿だわ)
ベティは口を手で抑えるが、指と指の間から血がポタポタと垂れる。
「…すごいね、君」
ベティは聞きなれない声のする方向に視線を移す。
「だれなの?ナイトキラーの残党?」
ベティは震える手でどこからか現れた、猫背気味で金髪三つ編みの女性に向かって拳銃を構える。
「…違うよ。たまたま君たちの戦いを観戦してただけ。あれだけの音を出したら人は集まるよ。…私以外の人も安全圏から見てたと思うよ」
三つ編みの女性が静かに、つぶやくように話す。
「気づかなかったわ。で、あなたは何なの?」
ベティは警戒心むき出しで、拳銃を三つ編みの女性に向けようとする。
「…やめといたら?腕、震えてるよ」
三つ編みの女性はガタガタと震えるベティの体を人差し指でトンと押す。そこまで強い力で押された訳でもないのにベティは尻もちをついてしまった。
「…ほら。もう体が悲鳴を上げてる。死んじゃうと思う。…でも、私は助けれる。だから、君のその能力を貸してくれる?」
三つ編みの女性は尻もちをつくベティに手を差し伸べる。しかし、ベティはその手を払いのけると、ふらつきながら立ち上がる。
「…君の奇天烈なその能力を使わせてくれたら、生きていけるんだよ。…いい取引でしょ」
「あなたの助けなんていらない。当分は一匹狼でいいわ」
ベティは三つ編みの女性に背を向けると、ふらつきながら歩き出す。
「…そっか。残念」
三つ編みの女性は落ちているガレキを手に取ると、ベティの頭に叩きつける。
「…いい人材なんだから、遠慮しないで迎え入れるよ」
そんな言葉を最後にベティの意識は途絶えた。




