狂気が死んだ日
あのアーティストは結婚して丸くなってから聞かなくなった。
アレだけ好きだった作品の漫画家は二作目で少年誌に移籍したら昔の尖っていた部分が薄くなって読まなくなった。
よくYoutubeでコントを見ていた芸人は売れてバラエティによく出るようになってからコントをやらなくなって見なくなった。
「人は狂気の中でこそ輝き続ける。」
そんなことを鳥貴族で偉そうに語ってたのは大学時代の同期だったか、そんなスレた奴ばっかだったから誰が言ってたかなんて全然覚えてないけどこうやって自分が興味を失ったものを改めて考えると確かにそうだなって思う部分もある。最も、みんなその後の方が世間的には売れてるんだから頭おかしいのはこっちの方だよなとは思うけど。
「頭がおかしくなかったらこんなところにはいねぇよな」
それも同じ奴が言ってたっけ。親から反対されて、画塾通いながら1浪して入った美大。方向性は違えど皆自分の狂気を原動力にどこかに進もうとしていた。
僕はまだ進み続けている。
今日も海老名のデッキで、誰一人聞いちゃいないのに必死にギター弾いて歌って。それだけで腹は膨れないから夜はバイトして。いい歳こいてなんて言われたら何も反論は出来ないけど僕はその狂気を捨てない。狂気が無ければホンモノにはなれないと信じているし、その狂気は人の極限状態でやっと滲み出るものであると信じている。誰しも金と安定感を手にして、冷静になってしまったら輝きは失われるんだって。
そんなことを考えながら人の波を掻き分けて改札口を目指す。
そういえばアイツは才能の塊だった。口を開けば偉そうな映画の評論しかしないし、急に高いカメラ買ったと思ったら意味わからないところで金渋るし、本人は実直に辛辣なこと言ってる気になってたんだろうけど人はそれを性格が悪いと言うんだよなって感じの人間。でも美大に入って全部コイツには叶わないと思ったしサークルで撮った映画が地方の小さい映画祭だったけどバッチリ上映されたのはコイツがいなきゃ出来ないことだった。カラオケはアーティスト目指してた俺より上手かったし、顔立ち整ってたからモテたし。「片手間で小説書いて芥川賞取ってそれを原作に映画撮るんだよ」とかぶっ飛んだことを言い出すし、頻繁に「お前は才能ねえから歌手なんて無理だバカ」なんてムカつくこと平気で面と向かって言うやつだったけどそれでも持ってる才能は本物だったから在学中に関係を切ることはなかった。
「あれ?飯島?」
すれ違った人から話しかけられる。
「…え?井坂?」
そうだ、アイツの名前は”井坂”だった。
「こんなとこで合うなんてなあ、何年ぶりよ?」
「6~7年くらいは会ってないよな。マジで久しぶり」
ばったり井坂と出会った。たまたま実家に来ていたらしくてそれでここいらに居たらしい。
立ち話もなんだし、お互いこの後予定がないとのことなので適当な居酒屋に入った。そうそう、アイツは酒も強かったんだ。積もる話は山程あって話が弾んだ。
「そうそう、懐かしいな。昔サークルの飲みで『キューブリックとノーランが至高、スピルバーグとマイケル・ベイはクソ』って力説して先輩ドン引きしてたじゃん」
「それで飯島が『2001年宇宙の旅見たこと無い』って言うからその後急遽何人か集めて井坂の家で上映会始まってさ、途中でほとんど寝てただろアレ」
「ってか竹田と後藤ちゃん途中でしれっと帰ってたよな、絶対抜けてホテル行ったろ」
「アレムカついたわ~。キューブリック作品に対する侮辱でしょ」
「お前も寝てただろ」
「俺は何回も見てるからさ」
なんだかんだ、昔と変わっていなくてどこか安心した。
キューブリックとかノーランみたいな大衆受けしにくい芸術寄りの作品が大好きで、大衆向けのエンタメ映画が大嫌い。ずっとこんなこと言ってたよな。よくある逆張りだけどこれがあの頃はカッコいいと思ってた。
「でも、ルーカスは?」
「「神。」」
指を差し合い、大声で笑い合う。そうだ、僕も井坂もスター・ウォーズが大好きでとんでもない価格の海外でしか売っていない限定のフィギュアやらオモチャやらを沢山買っては自慢し合っていた。今でもコレクションは綺麗に飾ってある。これは好きなコレクションであり、あの頃の思い出でもある。
「スター・ウォーズは俺の人生のバイブルだからさ。」
「ん~じゃあシークエルは?」
「あ~記憶にございません。」
また笑い合う。懐かしいな。あの頃みたいだ。
一般的な感性に合わせていくのはクソ。世間と乖離していって、息苦しくなって、そうやって必死に首を締め続けた果てに生まれる狂気こそ真の輝きだって思っていた。僕も、アイツも。うん、まあスター・ウォーズはだいぶメジャーだと思うけどね。
「そういやあの時あったバカデカいチューバッカのフィギュアどうした?」
「ん?あ~ヤフオクで売った。」
「…え…は?」
ありえないな、って思った。好きな事には何もかも全振りするような奴だったから確かにデカくて邪魔なフィギュアだったと思ったけど僕に数週間は自慢してきたアレは売るわけ無いと思っていた。
聞けば、井坂も今や一児の父のようで。そういやさっきしれっと嫁がどうこう言ってたような。
あまりにデカいのもあるし、結構な額になるから子どもの育児費用にするために売ったらしい。なんというか、コイツだけはそういうことしなさそうだなってイメージがどこかであったのでかなり驚いた。
いや、驚いたってより悲しいという感情が先行して来たかもしれない。
「ああ…そっか、そういや映像系の仕事も今はしてないんだっけ?」
「ああ…まあね、もう無理かな、って。」
笑いながら言っていたければコイツからだけはそんな言葉聞きたくなかった。
自信家で、偏見だらけで流行り物はすぐに見下す。ダメなヤツにはダメと真正面から言ってくるクソ野郎でなのに本人は実力があるからみんな認めていた。
そんな奴が自分を卑下する姿なんて見たくなかった。
僕はアンタの狂気に憧れてここまで走り続けていたのに。
「飯島はまだ音楽やってんだっけ?」
「あ~、まあな…この通りだけど」
「…」
井坂は黙り込んだ。まあそうだろうな。いい歳こいて売れないアーティストやってるんだからいよいよコイツ本当に才能無いなって思ってしまってもしょうが無い。あの頃に口癖のように言われ続けた言葉を今言われても当然だと感じた。
「飯島は凄えよな。」
「…は?」
「俺はさ、色々やって、沢山遊んで、めちゃくちゃし続けてきたけど結局のところ”本物”じゃなかったんだよ。あの頃言っていたように狂いきることなんて出来なかった。目の前にありふれた幸せとか、世間一般の生き方を提示されてもうそこに甘んじて良いなって思ったんだよ。苦しいなって。なんでそうやって輝こうとしなきゃいけないんだと思った時に、夢を追ってまで家族を捨てる選択肢が消えた。その情熱を絶やさない飯島が俺は羨ましい。俺もお前のように在れたら良かったって。」
やめてくれ。やめてくれよ。
どうして僕を褒めるんだ。
どうして僕に憧れるんだ。
あの時みたいに僕に「才能ねえな」って言ってくれよ。
お前はそういう奴だっただろうが。
「あの時は散々才能ないだのなんだの言ってごめんな。今になって俺はお前に勝てなかったと思った。」
僕はずっと負け続けてる。あの時からずっと。
狂気の中に居続ければいつか井坂みたいになれると信じ続けてきたのにただ時間だけが過ぎ去ってしまった。
いや、ああ…狂気だなんて思ってる時点で僕はもう終わってたんだろうな。
苦しんで、貧しくなって、自分の首を締め続ける狂気こそが輝かせる。それを狂気であると認識したその時点でもう既に普通に就職して普通に生きる選択肢が一番真っ当だとどこかで気付いてしまっていたんだ。狂気の中に居なければならないという呪いでしかなくなった。その中に居たところで輝かない素材だってあることぐらい疾うの昔に理解しているはずなのに。
そうやって今も、井坂に呪いを解いてほしいと期待してしまったんだ。
「いや…僕はさ」
「才能なんて無かったんだ。」
その言葉を自分からは言いたくなかったな。
僕の中の、狂気が死んだ気がした。
多分居酒屋行くなら海老名じゃなくて大和まで出たんだと思います。
100億年ぶりになろう開いたらUI別物過ぎて草