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短編集

超能力殺人大会

作者: ぬさ

 世紀の大富豪、五十嵐万寿郎(いがらしまんじゅろう)は飽いていた。

「何か、血沸き肉躍る愉悦はないか」

 この世の娯楽を全てやりつくした万寿郎にとって、暇こそが最大の悩みであった。


 主人の無茶振りに、側近たちはまたかと頭を悩ませた。

 どうしたものかと顔を見合わせる中、新人の一人がおずおずと前に出た。

「私にひとつ、案があります」

「言ってみろ」

 万寿郎はその側近を一瞥すると、試すように言った。

「ありがとうございます。実は、私はとある業界に()()がありまして。そこで、こういった趣向はいかがでしょうか?」

 側近の男は、万寿郎の耳元に顔を近づける。


 男の案を聞いた万寿郎は、にやりと口元を歪めた。

「なるほど、それは面白い。直ちに準備しろ」

「はいっ、了解しました」



 ──三日後、万寿郎はメッセージをとある業界、()()()()()()たちへ発信した。

「この儂、五十嵐万寿郎を殺したものに百億を出す。参加資格は超能力者であること。場所は、儂が用意した洋館で行うものとする。期間は午後七時から翌朝七時までの十二時間。

 その他の条件は、以下の通りだ。

 ・五十嵐万寿郎を殺害した者一名が百億を得る。

 ・殺害は必ず密室で行うこと。

 ・超能力を用いない物理トリックは禁止する。

 ・暗殺者同士の協力も禁止だ。

 当然、儂もただで殺されるつもりはないから、みな頑張ってくれたまえ。

 ああ、そうそう、もし儂が生き残ったら、参加者全員に三千万の小切手をやろう。それを目当てで妨害をするも良し。ただし殺してはならん。好きな方を選ぶがよい。

 ルールに違反した場合、発覚した時点で賞金剥奪の上、東京湾に沈んでもらう。

 以上だ。

 それでは、振るって参加してくれたまえ」


※※※


 万寿郎のメッセージが発信された翌日、街外れにある会員制バーで超能力暗殺者たちの会合が開かれた。

 バーの中央では、各人が意気揚々と抱負を語り合っている。


 革張りのソファに腰掛けた痩躯(そうく)の男が、前傾姿勢で手にしたロックグラスを揺らしながら口を開いた。

「俺の能力、『物質透過』があれば、百億は手に入ったも同然だ。どんな密室だって、透過できる俺には無意味だからな」


 男が言うと、正面に座った女が「ふっ」と息を漏らし口角を上げる。そして、細い紙巻き煙草に火をつけながら言った。

「何を言っているのかしら、百億は私のものよ。私の持つ『物質生成』能力で、飲み物の中に毒を生成させれば済むんだからね」


「馬鹿言ってんじゃないの。これだから三十路の女ってずうずうしくて嫌だわ。この『マインドコントロール』の使い手をお忘れになって? 対象を操れるアタシに敵う人なんていないわ。百億を手に入れるのは、ア・タ・シ」

 紫の髪をした中性的な顔立ちの男が、女の発言に被せるように粘っこい口調で言う。


 そこに割って入ったのは、筋骨隆々の白髪の男だった。ビールジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけて、地鳴りのような低い声を響かせる。

「雑魚共が喚くな。吾輩の『サイコキネシス』で物を操れば、密室だろうと関係ない。せいぜい無駄なあがきをするんだな」

 白髪の男が言い終わると、バーの店内は静寂に包まれた。


 すると、一人の男が立ち上がった。長髪をオールバックにして、後ろで一つに結んだ髪が、挑発するようにゆらゆらと揺れている。

「まさか最強の能力、『タイムストップ』を持つ俺様を忘れていないか? 俺様がいれば、全ての小細工は意味をなさないぜ」

 男は、全員を馬鹿にするように軽薄な笑みを浮かべた。


 その発言に、他の面々はいきり立って反発する。

「なんだと貴様、表出ろ」

「何様のつもりよ、この時代錯誤のロン毛野郎」

「アタシに喧嘩売ってんのか、てめえ。キン●マぶっこぬくぞ」

「雑魚が」


 喧々諤々(けんけんがくがく)の言い合いの中、黙って座る男がいた。手癖なのか、腕時計の風防を指先でコツコツと叩いている。

 それに気付いた女が声を掛けた。

「あなたの能力は何なの?」

 訊かれた男は、卑屈そうに肩をすくめた。

「いやあ、僕の能力は皆さんみたいな立派な物じゃないので、とてもとても」

「そんなに自分を卑下することないのに。ここの会員になれてる時点で、一般人じゃないんだから」

「いやあ、でもちょっと恥ずかしいので、勘弁してください」

 男は平身低頭といった態度で、へこへこと首を上下した。

「あらそう、つれないわね」

 女はそう言うと、また言い合いに戻っていった。


※※※


 後日、万寿郎の用意した洋館に、超能力者たちが集まった。

 外では雪が降りしきり、景色を白く染めていた。


 大広間に集められた参加者たちは、万寿郎を囲み談笑している。参加者たちと話をしたいという万寿郎の要望で、開始前に懇親会が開かれたのだ。

 参加者たちは、すでに百億を手に入れたかのように、隠しきれない笑みを浮かべている。

 万寿郎も相手を値踏みするような目線を隠そうともせず、やれるものならやってみろと鼻をならす。


 そうしているうちに定刻が訪れ、壇上に司会者があらわれた。

 開会式がつつがなく行われ、最後に司会者があらためてルールを説明する。


「──最後にひとつだけ追加ですが、万寿郎様以外のスタッフを殺すことは禁止といたします。というわけで、ルールおよび会場の説明は以上となります。何かご質問はございますか? ……はい、無いようですので、万寿郎様から激励のお言葉を頂戴したいと思います」

 司会者からマイクを渡された万寿郎は、尊大な態度で言い放った。

「暗殺者諸君、今日はぜひとも儂を楽しませてくれ!」


 そうして、拍手と共に『五十嵐万寿郎 超能力殺人大会』が開かれた。



 痩躯の男は、思い通りに行かない現状に頭を抱えていた。


「どういうことだ? 事前のリサーチによれば、万寿郎はこの部屋に居るはずなのに。それが入って見たらもぬけの殻だ。なぜいない?

 せっかくスタッフの一人に金を握らせて、最上階の特別ルームに籠っていると聞きだしたのに。くそっ、あのへぼスタッフめ。

 俺の能力、『物質透過』は発動した瞬間に重力によって自由落下してしまう。つまり下方向、床抜けしかできないのだ。だから俺は、この寒空の中わざわざ屋上まで登ったというのに。

 ──へっくしゅん!

 早く何か着なければ、風邪をひいてしまう。この能力は便利だが、毎回全裸になってしまうのが悩みどころだ。なんとか服も一緒に透過できるようにならないだろうか。

 いや、愚痴ばかり言ってもしかたがない。しかし、全裸で外に出る訳にはいかない。あいにくと、この部屋に服は無さそうだ。もう一つ下の階に降りて、着るものを調達してから考えよう」


 そうして痩躯の男は、下の階に消えて行った。



 女はいらいらを誤魔化すように、煙草に火を点けた。


「せっかく私の『物質生成』能力で、万寿郎のグラスに毒を生成したっていうのに、あの馬鹿なスタッフのせいで全部台無しよ!

 開会式の前に、懇親会が催されることは掴んでいた。だからその間に、遅効性の毒を飲ませて殺すつもりだったのよ。

 そして見事、グラスの中に毒を生成することに成功したわ。

 それを、あの馬鹿なスタッフがコントみたいに盛大にずっこけて、グラスを全部割るなんて。いったい誰が想像できるって言うの? ルールがなかったら、真っ先にあいつを殺してるところよ。

 あーあ、万寿郎が部屋に籠っちゃったら、私に出来ることなんてないじゃないの。

 しょうがないから、全員暗殺に失敗することでも祈っておきましょ。たった三千万でも、ないよりはマシよ」


 女は諦めたように天を仰ぐと、煙をふうっと吐きだした。



 紫髪の男は、ハンカチを噛みしめて悔しがっていた。


「万寿郎を直接操って、部屋で自殺するように仕向けたかったのに、とんだ失態だわ。

 アタシの『マインドコントロール』は、相手と直接目を合わせないといけないのに、万寿郎のやつ何で今日に限ってサングラスなんか掛けてんのよ。屋内なんだから、かける必要なんてないでしょうが!

 いけない、取り乱してしまったわ。

 それにしても解せないわね。そのあとプランを変更して、スタッフを操ってマスターキーを入手したまでは良かったはずなのよ。最初の部屋はもぬけの殻だったけど、移動したっていう部屋を探し出せたのも悪くなかったはず。

 でもね、移動した先で、さあ鍵を開けようと思ったらマスターキーが無くなっちゃったのはどういうことなの? やんなっちゃうわ!

 もう知らない! これだから、金持ちの道楽って嫌いなのよ! あんな耄碌もうろくじじい、さっさと死んじゃえばいいわ!」


 紫髪の男は八つ当たりするように、枕をバンバンと叩いた。



 白髪の男は五十嵐のいる部屋の隣室で、静かに拳を握りしめていた。


「五十嵐が部屋を移ったのは想定内だ。殺されると分かっていながら、もとの部屋に留まるなど馬鹿のすることだからな。

 だから、当然予備の部屋も全て調べ上げ、万全の状態で臨んだはずだった。

 吾輩の『サイコキネシス』で動かせるのは無機物のみで、しかも重さが五百グラム以下に限定される。部屋の中に適当な物があるとは限らない。だから、事前にナイフを仕込んでおいたのだ。

 だが、それが何故か動かない。確実にナイフを掴んだ手ごたえはあるのに、どういうことだ? 考えにくいことだが、この感触は固定されているとしか思えない。

 今から万寿郎の部屋に別のナイフを投入するか? いや、そんな隙間はどこにもない。最近の建物はどこも高気密工法とやらを採用しやがって、昔は隙間だらけでもっとやりやすかったものだ。

 いかんいかん、吾輩も年だな。つい昔と比べてしまう」


 白髪の男は、握った拳を開いてじっと見つめた。



 オールバックの男は、ベッドの上に寝転んで思案していた。


「俺様の最強の能力、『タイムストップ』があれば事前の準備など必要ない。さくっと百億をいただく予定だったのに、何を間違えた?

 密室トリックのアリバイなんて、時間の壁を越えられる俺には意味を為さない。

 マスターキーで正面から部屋に入ってただ殺すだけだの、ビラ配りよりも簡単な仕事だ。ちょっと呑気に構え過ぎて、マスターキーが無くなってたのには少しばかり焦ったがな。

 しかし、あのオカマ野郎には笑ったぜ。どうしたもんかと館内をうろついていたら、偶然にもあいつが部屋の前に居てマスターキーを持ってるんだからな。それをいただいて陰から見てたら、全身をまさぐりだして地団駄踏んで去っていきやがった。

 ただ、そのあとがいただけねえ。

 悠々と鍵を開けようと思ったら、なぜか鍵が開かないってありえねえだろ。誰かが鍵をすり替えやがったんだ。ちくしょうが、もっとピッキングの腕を磨いておけばよかったぜ。

 しょうがねえ、三千万で我慢しておいてやるよ」


 オールバックの男は呟くと、明日を待つために目を瞑った。


※※※

 

 翌朝、暖炉で燃え盛る炎を背に、万寿郎は怒っていた。


「結局何にも起こらなかったでは無いか! 誰だ! 儂の貴重な時間をどぶに捨てるような企画を立てた奴は! そんな無能な輩などいらん、即刻クビだ!」

 万寿郎は、鬼のような剣幕で喚き散らした。


 側近たちはただただ頭を垂れながら、この主人はむこう一ケ月機嫌が悪いのだろうなとげんなりするばかりだった。

 だがその中に、立案者の新人の姿はない。

 最後に彼を見た同僚が言うには、何故か微笑んでいたという。


※※※


 万寿郎の屋敷から消えた新人は、年の瀬で賑わう往来にいた。その歩みは軽やかだった。冬休みを目前にして浮かれる子供のように。


 今回の計画、我ながら上手く行った。

 もし本当に誰かが万寿郎を殺してしまったらと心配したが、あの暗殺者どもがまぬけの集まりで助かった。

 まあ、もしそうなったら別の案を考えれば良いだけだがな。


 『物質透過』の奴は、俺が教えたダミールームにまんまと引っかかっていた。あげくに、その下の女性の部屋に全裸で現れて、ボコボコにされていたのはさすがに呆れた。


 『物質生成』の女は、俺がグラスをぶちまけたら、心を読むまでもなくおろおろして早々に諦めていた。暗殺者なら次善の策ぐらい用意しろと言いたい。


 オカマの『マインドコントロール』がサングラス程度で防げるとは、とんだ欠陥能力だな。本当にあれで暗殺者が務まるのか、はなはだ疑問だ。


 『サイコキネシス』の爺さんは一番楽だった。部屋の中に事前にナイフを仕込む手口は感心したが、それをガムテープで留めるだけで何もできないんだからな。


 『タイムストップ』の男は少し警戒していたが、マスターキーをすり替えただけで何も出来なくなるとは思わなかった。よくもまあ、最強だなんて大口が叩けたもんだ。


 最強の称号は、『()()()()()』能力を持つ俺にこそふさわしい。

 密室殺人にこそ向かないが、他人の心の中を読めれば秘密など無いも同然だ。誰がどんな計画を立てているかなんて筒抜けだからな。


 俺は下手に欲張ったりはしない。それに百億なんて大金、俺には分不相応というものだ。慎ましく暮らせるだけの金があれば良い。だから、あいつらから頂こうというわけだ。五人分で一億五千万。贅沢は出来ないが、それだけあればもう働く必要もない。

 さて、一人ずつ小切手を回収しに行くか。すでに住所は割れているし、心が読めれば油断したところを殺す程度、造作もない。



 男は懐に入れた愛銃を確かめるように、服の上から撫でた。


 男の指が無意識に、腕時計の風防を叩く。コツコツという硬質な音が、雑踏の中に消えて行った。

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