遥か高い空の旅
魔王城での下働きが僕の仕事。でも──今度任された仕事は、少し変わっていて。
「今日はよろしくね、トルテ。……ふふふ、こうして近い年頃の子と出かけるのも初めて!」
僕のすぐ前を歩いて、城内の螺旋階段を登って行くシフォン。背中で両手を組んで、時々く振り向いてりっとした瞳を僕に向ける。
「それは僕だって、こんな事になるとは思わなかったよ。
──シフォンの付き添いが、僕の新しい仕事になるなんて」
そう、今度の仕事は魔王さまの娘であるシフォンの付き添い人なんだ。今日、魔王城から出かける予定がある彼女の護衛……みたいなものなのかな?
この事は魔王さまから許可を貰っているみたいで、だけど、僕がこんな仕事をする事になるなんて。
階段を登った先は、魔王城にある尖塔の一つ。その頂上にまで辿り着いた先にあったのは。
「……グルル」
「紹介するわね、この子は私の一番の相棒のプディング! トルテもお世話になるんだから、ちゃんと挨拶してよねっ!」
「よ……よろしく、プディング。だけど本当に、これに乗るのかい?」
おずおずと、目の前の物に戸惑いながらも僕は言葉を口にした。
半分外に開けた尖塔頂上の大部屋。そこには銀色の鱗に覆われた大きな翼と、長い首と尻尾が生えた格好いいけど……凶暴そうな生き物がいた。
(大きい生き物で、ドラゴンに似ている。けれどドラゴンはもっと大きいし、こっちは身体も細身な感じで。……確か、名前は)
「大丈夫、見ての通りプディングは『ワイバーン』だけれど、ちゃんと人馴れしているから。こんな風に」
シフォンはそう行ってワイバーンの傍に近づくと、左手を伸ばして頭を撫でる。見ているだけでもハラハラものだけれど、それにワイバーンは心地良さそうに目をつぶって、彼女の手にすり寄って来た。
「ねっ! こんな風に!」
得意げに僕に向けてウィンクをするシフォン。それから軽い身のこなしで背中に飛び乗ると、言った。
「遠くにお出かけする時にはこうしてプディングに乗って行くの。トルテも、一緒に乗って行こう?」
「えっ……本当に!? でも……」
さすがにワイバーンの背中に乗るなんて、躊躇ってしまう。シフォンはその背に乗ったまま、ふふっと可笑しそうにはにかむと。
「大丈夫だってば。ほらほらっ、早く!」
──けど僕だって男の子だ。彼女がああしているのに怯えたままではいられないから。恐る恐る、僕はシフォンの乗るワイバーンの近くに来る。
(シフォンの言う通り、大人しいものだけど……乗って大丈夫なのか? 彼女の事は慣れているみたいだけどさ、僕はそう言うわけでは……ないし)
「うう……っ」
けれど直前でビビってしまい、ワイバーンの身体に登れないでいた。シフォンはそれを見かねたように、仕方ないなと言う顔で僕に向かって右手を伸ばす。
「私の手を握って、ねっ! それならトルテも安心するでしょ?」
そう言われて、僕は緊張しながらシフォンに手を伸ばし、握った。……瞬間に。
「!!」
いきなり強い力で、身体ごと一気に引っ張り上げられた。そしてワイバーンの背中にそのまま乗っけられた。
「ほら? 乗ってみたら、全然平気でしょう?」
手綱を握って、すぐ前に乗っているシフォンは振り返って僕に微笑む。僕も、これに照れ恥ずかしく思いながらも微笑みを返した。
「まぁ……ね。悪くない感じだよ」
僕がそう言うと、シフォンは今度はニッコリと満面の笑顔を見せて。
「それなら良かった。じゃあ早速──出発しましょう!」
「わわわっ!」
彼女は手綱を振るうと、ワイバーンのプディングは響く一鳴き声を響かせると、その二本の足で部屋の外に駆け出す。
魔王城の外へと、壁が一部無い開けた場所に向かって。……勿論その先は断崖の城の高所、このままだと!
「マジかよ! ちょっと、シフォンっ!!」
だけど僕の言葉も聞かずに、構わずシフォンはワイバーンを全速力で走らせる。
「しっかり落ちないように捕まっていて。せーのっ!」
瞬間に、僕達を載せたワイバーンは城の尖塔から飛び降りた。ずっと高い場所から、ぐんとそのまま真下へと落下してゆく。
(本当に、飛び降りるなんて! ……嘘だろ!)
段々と大きくなる真下の地上。僕はシフォンの腰を両腕を回して、落ちないようにしがみつく。
「ちゃんと捕まっていて、いい子ねっ! んじゃ……そろそろっ!」
再び彼女は手綱を操った。同時に、ワイバーンは巨大な翼を広げて、はためかせた。辺りの空気を激しく巻き込んで渦が起こるのを感じる。そして、僕達は高い空へと飛翔した。
────
飛び上がったワイバーンは、あっと言う間に高く、高くに上昇して空を飛ぶ。
「ぷっ! あはははっ! それにしても、さっきのトルテの様子と言ったら! 傑作だったわ」
「……普通さ、空を飛ぶだなんて経験するわけがないし。驚くのは当たり前だよ」
愉快そうにしているシフォンと、反論する僕。けれど彼女はまぁまぁと言ってから、こんな事を。
「だけど空を飛ぶって……こんなにも気持ちが良いと思わない? ほら、魔王城よりもずっと高い所にいるのよ、私達」
ワイバーンの背に乗って飛ぶ僕とシフォン。下を見ると、彼女の言うようにずっと、ずっと高い空にいると分かった。
広がる平原と、周囲にある深い森に山、それにもっと向こうには大きい湖に丘陵……いろんな地形が一望出来る。
「──わぁ」
思わず、僕は感嘆の声を漏らしてしまった。魔王城よりもずっと高い所を飛んでいて、あの大きな城もここからだと小さく見えるくらいに。
「どう? とっても良い景色だって、そう思わない?」
感想を興味津々で尋ねるシフォンに。僕は思わず言ってしまった
「すごいよ! こんな景色は初めてで、すっごくて良い眺めだよ!」
自分でもオーバーなリアクションかもと思った。けれど彼女は、うんうんと満足げに頷いて。
「それなら良かった! ふふっ、やっぱりトルテと一緒だと──とても楽しいわ」
それから改めて前を見ると、シフォンは言ったんだ。
「さてとっ、じゃあ行きましょうか! トルテにもっと色んな物を見せて、驚かせたいからっ!」
僕達を乗せるワイバーンのプディングは、翼をはためかせて飛んで行く。その行く先は。
────
プディングに乗って、辿り着いたのは大きな山がそびえ立っている大山脈地帯だった。
「魔界にも……こんな場所があったなんて」
まるで槍の穂先の尖った山が幾つも連なっていて、その下は深い霧に包まれているせいで、地面がよく見えないくらいだった。
「トルテはココア村で暮らしていたんでしょう。どう、こんな景色とかも見たことあるかしら?」
「……いや、こんな所があるなんて知りもしなかった。魔界にもこんな土地があったなんて」
「うんうん! 魔界って多くの人が思うより、ずっと広いの。ココア村はこの地方よりもっと逆方向にあるから、知らないのも当然かも」
高所を飛ぶワイバーンは、段々と高度を下げて地上へと向かう。丁度あの霧の中に……僕達は。
「今からどこに行くんだい、シフォン?」
「まずは村に挨拶に。みんなとも、そこで合流して話を聞かないとだから」
正直、いまいち状況は分からない。けれど何か待っていると、そんな気がしてならなかった。