気がかりな、気持ち(side ムース)
小高い丘の上から見える、山間の小さな村。
水色の池の周りにぽつぽつと家があって、住んでいる人は多くないけれど、でも穏やかで静かな所で。みんな優しくて暮らしやすい村なんだ。
私の暮らす……このココア村は。
(う……んっ、今日も良い天気!)
村の側にある牧場で、私は魔界に生息する生き物──魔物の一種、魔羊の放牧をしながら空を眺める。空にはきれいな満月、お月さま。暗い魔界の空でキラキラ輝いているの。
そうしていると、一匹の小さな魔羊が足にすり寄って来た。黒いもふもふな毛と、くりっとした三つ目の魔羊の子供。私はかがんでその子の頭をそっと撫でる。撫でると可愛い声で一鳴き。……何だか穏やかな気持ちになるね。
(穏やかで、静かな日常。退屈かもしれないけれど……でも好きなんだ、ここでの暮らし)
私の家は牧場をしていて、私自身もこうしてお手伝いも。どれも気に入っている私の日常…………だけれど。
つい少しさびしい気持ちになって、一人誰にでもなく呟いてしまう。
「……トルテ、会いたいな」
────
それから牧場仕事も一段落して、村に戻った私。
「おかえり、ムースちゃん!」
村に帰って来ると、同い年の友達の女の子が私に話しかけて来たの。
「うん、ただいま」
「もしかして仕事終わりかしら。ねぇ……それなら一緒に遊びに行かない?
隣町に良いお店が出来たから、誰かと一緒に行きたいなって思ったの」
友達のそんなお誘い。少し迷ったけれど……でも。
「ごめんね。今日はちょっと、家でゆっくりしたい気分なの」
遊びに行くのも良いかもだけど、あまりそんな気分になれなくて。悪いと思ったけれど私はそう言って断ったの
「そっか……ちょっと残念。なら、また今度にしようね! だけど──」
友達は少し心配そうにして私を見ると、こんな事を言ったの。
「ムースちゃんってば、最近やっぱり元気がないんじゃない? 何だか心配だなーって」
「えっ!? 元気がないなんて、そんな事ないよ!」
慌てて私は、両手を振ってそんな事ないって示したの。
「うーん、そう? なら、いいけれど……」
私は笑ってこたえて、友達を安心させた。……けれど本当は、少しだけ。
────
家に帰って、お母さんにただいまを言った後で自分の部屋に。
「……」
机の上に置いてある遠識の手鏡、私はそれを手にとって考え事をしていたの。
私の幼なじみのトルテ。少しつんつんした赤い髪の、快活で明るい男の子。今までずっと一緒に村で過ごして来た、傍にいて当たり前だって思っていたけれど……この前遠くに、魔王さまのお城に働きに行ってしまって。
(でも、この手鏡があればそんなトルテと顔を話してお話も出来るから。大丈夫だって……そう思っていたけれど)
ついこの前、トルテと連絡をとっいた時に、途中で別の女の子の声がしたの。多分私と同い年くらいの子で、それに可愛い声で。……新しく出来たお友達なのかな、だけど。
(あれからなかなか、自分からトルテに連絡を取る気になれないような感じで。……変だよね。新しい所で友達が出来る事だって本当は、喜ぶ事なのに)
だって見知らない魔王城でお友達がいないのって、トルテもきっと心細いと思うから。安心しても良い事だと思うのに……けど、どうしてかな。
(こんな気持、変なの。──私はどうすればいいんだろう)
何だかモヤモヤする気持ち。そんな時に、部屋の扉からノックの音がした。
「ムース? 今大丈夫かしら?」
お母さんの声。私はもちろんって答えた。
「うん。……何かあるの?」
「ええ、実は玄関にガレットさんが来ていて、ムースと話がしたいみたいなの。良ければ会ってもらえないかしら」
村で一番偉い長老さん、それがガレットさん。でも……一体私に何の用かな?
せっかく来てくれたから、私はガレットさんに会いに玄関に向かったの。
扉を開けると、そこには大柄で恰幅の良い、たくさんの茶色い髭を生やしたドワーフのガレットさんがいたの。
「君に会えて良かった、ムースどの。突然の訪問、申し訳ない」
普通ドワーフは小柄な人が多いけど、ガレットさんはずっと大きくて、ずっと力持ちなの。長老だけれど村の力仕事もよく手伝ってもくれる、そんな親切な人で。
「いえいえ。ガレットさんにこうして会えて、私も嬉しいです」
「それなら良かった。感謝するぞ」
髭もじゃの口元に笑みを浮かべるガレットさん。それから、こんな話を続けるの。
「それで、今日来たのは他でもない。……ムースどの、君は魔王城に行っているトルテどのと連絡はとっているだろうか?」
彼の質問に、私は不思議に思いながらもうんと答えたの。
「トルテとは遠識の手鏡で、よく連絡を取り合っているんです。大切な幼なじみだから、気になっちゃって」
「そうか。なら良し……ムースどの」
「?」
改まった感じで、ガレットさんは続けた。
「良ければ、少しだけで構わない。トルテどのが向こうでどうしているのか教えて欲しいのだ。
元気なのか……変わった事はないかなど、何でもいいぞ」
やっぱり変な感じ。けれど、私が力になれるのなら。
「はい。私に教えられる範囲なら──」
そして私はトルテの近況をガレットさんに話したの。向こうでも元気にしてるって、仕事の方も大変だけど順調だって、色々と。
「なるほど、そうであるか」
話を聞いたガレットさんは何だか考える様子で呟いていたの。それから、私に向かって。
「感謝する、ムースどの。君と話せて助かったのだ」
「私こそ、ガレットさんの力になれて良かったです」
「……トルテどのの事も聞けた、吾輩はこれで失礼させて貰うぞ。
改めて感謝する、ムースどの」
ガレットさんは最後にそう言って、去って行ったの。
いきなりの事で、立ち去った後も玄関から外を眺めたままで……私もつい呟いてしまった。
「何だか……変なの」