魔王城で初めての……友達
「♪〜 ♪〜」
今日も掃除の仕事。この仕事も大分慣れて苦になくこなしてゆく。
「さて、掃除はここまで。我ながら良い仕事をしたな!」
今回は城の広間の掃除、慣れたおかげで仕事の効率とスピードも上がった。良い感じに掃除を済ませて一息つく。けれど、今日は掃除以外にも色々と仕事があるから。
僕は掃除道具を片付けて、別の仕事場へと。次は──
────
魔王城出入り口の大門近くにある、番兵の詰め所にて。今度はそこに置いてある装備の整理作業だ。
装備の置き場に置かれている、各番兵それぞれのスペースに置かれている鎧と武器を確認していく。台帳を見ながら、ちゃんと物が正しい場所にあるかどうか確認して行くんだ。
(これは……ビスケさんみたいなコボルト用の鎧かな。こっちは体格的にドワーフとかの物かも、傍にある武器も重そうな大斧だったりするし。他には……)
何しろここには色々な種族がいるから、それに合わせて武器や鎧もぴったりの物を用意されている。少し興味を持ちながら置き場の装備を見ていくと、一際大きい鎧が立てかけたれているのが視界に入った。一般の人魔族である僕の何倍もある巨大な鎧で。まさか……これって。
そう思っていると、大きな振動と足音が響いて来た。ドシン! ドシン! 思わず僕の身体ごと飛び上がってしまうくらいに、大きな。しかも……段々とこっちに近づいて来て、すぐ傍にまで。
「お前……噂のトルテか。仕事、頑張っている、偉い」
大きく響く、やや片言な喋り方をする声。
振り向いて、後ろにいたのは僕の背丈の七、八倍もの巨体の、岩のような頑丈な身体の一つ目の巨人──トロールだった。
その種族はみんな身体は大きくて、力持ちで、それでいて頑丈なんだ。
(トロール。存在は知っていたけれど、実際見ると迫力が……全然違う)
「どうした? もしかして、トロール、見たことないか?」
「えっ……と、うん」
こう言われてつい、正直に答えてしまう僕。相手はふむふむと言うように頷いてから。
「そうか! でも俺も、驚かれる……久しぶり
魔王城のみんな、トロール、見慣れている。だから……そうだ!」
突然、トロールは僕に向かってその大きな手を伸ばす。
「えっ! ……ちょっ!」
それから有無を言わさずに、指を襟首を器用につまみ上げ、僕ごと持ち上げる。
「何!? どう言う事っ!」
「せっかくだから、トルテ、みんなに紹介したい。みんなも喜ぶ、トルテも沢山、もてなす」
「困るよ! まだ仕事中なのに──っ!」
けれどトロールの方は意に介さずに、上機嫌のままに僕をつまんだまま何処かに連れて行ってしまった。
────
……それからお昼。僕は魔王城の大食堂に、昼休憩に来たわけだけれど。
「……げぷっ」
「どうしたのかい? 昼飯前からお腹一杯そうで、頼んだのも小さいプリンだけじゃないか」
「プリンは僕の……大好物、だから。それだけは……うぷぷっ」
隣に座る、小柄で茶色い毛玉のような先輩、ブラウニーのクラッカさん。それともう一人、僕の向かい側に座るクラッカさんの同僚の……短髪でバンダナを巻いた、逞しい人魔族の青年──チップさん。力仕事が得意で、彼ともよく話したりもするんだ。
「つーかよ! くくくっ! 何だよその膨らんだトルテの腹!!
まるでオークみたいにプックラ膨らんでるじゃんよ! すげー笑えるぜ!」
思いっきり腹を抱えて、大笑い。けれど……。
「……ブヒッ?」
たまたま通りかかった、太ましい身体を持つ、大きな鼻と耳の生えた種族……オーク。さっきのチップさんの言葉が聞こえたのか、彼の背中を不機嫌にこっちを見てくる。
その視線に僕達ははっとする。
「……おっと! すまねぇ、決してオークの事を馬鹿にした訳じゃねぇんだ。許してくれ!」
慌ててチップは謝る。オークはふんと鼻を鳴らして、その場を去った。少し呆れ気味にクラッカは彼に呟く。
「口は災いのもとだな、チップ」
「……はぁ、悪かったぜ。だが……そんなにお腹一杯そうで、どーしたんだよ?」
腹がまだ一杯で苦しいまま、僕はこう話す。
「さっき仕事の最中、トロールに捕まって、もてなされたんだよ。
みんな気の良い人達なんだけど、用意するご馳走が……多すぎで。それから残りの仕事を終わらせたけれど、おかげでお腹いっぱいさ」
「そりゃあ災難だったな! トロールのメシは俺らよりずっと大盛りだし、そーなるのは分かるぜ」
「まだお腹が……苦しいよ。この感じだと、晩ごはんも要らないかも。
…………あれ?」
お腹一杯の僕だったけれど、僕達の席のいくらか向こう……食堂の入り口辺りに見覚えのある相手がいるのに気がついた。
多分、今から食事しに来たみたいの、僕と同い年の緑髪の少女。確か彼女は──。
「ほう? シフォンさまがここに来るだなんて、珍しいものだ」
「けれど、あの奔放なプリンセスなら珍しくねーぜ。ほんと、自由気ままなんだものな」
クラッカさん、チップさんも彼女の事に気づいたように呟く。
「確かにシフォンさんってそんな人みたいだね。一緒に話した時も底抜けに明るくて、何だか──自由な子って感じで」
」
シフォン……僕も一度会って話した事だってある。魔王さまの娘であるけれど、そんな感じの人だと思った。
もう一度、ちらりと彼女の方に視線を向ける。向こうは僕に気づいていないみたいで、食堂で頼んだハンバーグランチを手にして上機嫌に席につく。
(でも、少し気になる人でもある。出来ればもう一度くらい、話とかしてみたい……かも)
────
『今日もお疲れ様、頑張ったね』
今日も仕事が終わり自室に戻った僕は、遠識の手鏡を使って遠く故郷のココア村にいる幼なじみ、ムースと会話をする。
ここ、魔王城で下働きをし始めてそれなりに経った。──掃除だったり、食堂の皿洗い、外の雑草むしりとか、ちょっとした道具の運び入れとか……色々と仕事を覚えたりもした。
「ありがとう、ムース。大変だけれど……どうにかやれているよ」
『ふふっ、それは良かった! トルテが元気でいるのが、私には一番嬉しいから』
鏡に映るムースは、嬉し気ににこっと可愛い笑顔ではにかんで応えてくれる。僕もこれにはつい、表情が緩んでしまう。
「みんな優しくしてくれるおかげだよ。クリーシュさんやクラッカさんに、それからビスケさん。……あとあと、居住寮の寮母さんも優しいんだ!
この前も美味しいカレーの差し入れを貰ったしさ」
ついつい自分でも、話していて楽しい気持ちになる程で。ムースもそんな僕を見て安心するような顔を見せた。
『本当に、良かった。……だって少し心配していたから。魔王城で元気にやれているかなって』
「ムース」
『でも、トルテも相変わらず元気そうで。だから──私も。
村から出て行って、離れ離れで寂しいけど、トルテが頑張っているなら私も負けていられないもん!』
元気いっぱいと言う感じで、そう彼女は伝えた。僕も同じ気持ちで返事を返す。
「僕達、今は離れ離れだけれど、でも一緒に頑張って行こう!」
『そうだね、トルテ。……ところでだけど』
するとムースは気になったように、ある事を僕に尋ねる。
『魔王城に来てから誰かお友達は出来たりした?
親切な人が沢山いるのは分かったけど、同じくらいの年頃の子だとか、周りにいないのかなって?』
意外な問いかけだった。友達が、出来たかどうかだなんて。
「そう言えば……友達か。あまり考えたりしたなかったな」
思った事を正直そのまま彼女に答えた。
「だって、魔王城には働きに……僕自身が立派な大人になる為に来たから。友達を作るのは二の次でいいと思うし」
やっぱり一番の目的はそれだから。遊びに来たわけじゃなくて、自分が成長するために……だから。
『ふーん! そっか! ごめんね、勝手な心配をしちゃったみたいで』
「いいよ。僕にはこうしてムースがいるし、今更新しい友達だとかは別に────」
僕がムースと話していた途中……扉からノックの音と、誰かの声が向こうから聞こえてきた。
「トルテ! ちょっと二人でお話がしたいと思って……今大丈夫かしら?」
明るい感じの女の子の声、前にも聞き覚えがあった。
『──今の声って? 誰か女の子みたいだけど、トルテの……知り合い?』
手鏡越しのムースもそれに気づいたみたいで、どきっとした顔で尋ねて来る。僕はどう答えるか少し考えてから、一言
「まぁね。ちょっとだけ、知り合いなんだ」
『そう、なんだね』
「ごめんムース、だから今日ここまでにするよ。……また連絡するから、その時には沢山話そう」
いくらか複雑な気持ちだったけれど、僕は遠識の手鏡を閉じて、それから部屋の扉を開けに行く。……そこにいたのは。
「ご機嫌いかがかしら? ゆっくり休んでいた時に、ごめんなさいね」
そこにいたのはニコニコとした笑顔を僕に向ける、ショートカットの緑髪、紫リボンの女の子。
魔王城に来たその日に、それからこの間、食堂で見かけた事がある彼女の事を……僕は知っていた。
「気にしなくていいよ。魔王さまの娘さんにまた会えて、僕も光栄だから。────シフォンって、そう呼んだ方がいいんだよね」
「うんうん! あまりかしこまらないで、気軽に呼んでくれた方が嬉しいから」
明るくはにかむ、シフォン。
「分かったよ。……ところで、どうしてまた僕の所に来たんだい?」
いきなり彼女がやって来たことに驚きもしたけれど、どうして僕に会いに来たのか気になりもした。それにシフォンはこう答えた。
「言ったでしょ? トルテとお話がしたかったって。だって魔王城には今まで、身近に年が近い子がいなかったから。──だからお友達になりたいの」
「僕とシフォンが……友達!?」
「ねっ、いいわよねっ! トルテだって私と同じで、魔王城に来てからそんな相手はいないと思うし、だからお互いにとっても良い事じゃないかしら?」
そう言ってシフォンは俺の手をとって、ぎゅっと繋ぐ。伝わる彼女の手の感覚、ムース以外の女の子と手を繋ぐなんて初めてだ。
ましてや相手は魔界の支配者である魔王さまの一人娘。手をつないで、それに……友達、だなんて。恐れ多くて僕は何て答えようか困ってしまう。
「えっと、その」
「ん? どうしたの、そんなに深刻そうな顔で。そんなに変なお願いだったかしら?」
悩む僕の顔を、不思議そうに見つめるシフォン。変な空気感になって尚更緊張する僕……だけれど。
「本当に……この僕で良ければ。改めて宜しく、シフォンさ…………ううん、シフォン」
せっかくああ言ってくれている。それに友達と言うことなら、全然構わないと思ったから。僕はシフォンに右手を差し出す。彼女も、その手をとってぎゅっと握手をしてくれた。
「宜しくね、トルテ! 私の大切なお友達!」
それからシフォンはこんな事を話してくれた。
「それでね、早速かもしれないけれど……トルテに会いに来たのはもう一つ、頼みたいお仕事があるからなの」
「仕事って、一体?」
「ふふっ、ちょっと……ね。けれどその前に──」
今度は彼女は両手で握って、くるりと扉から部屋の方に周り込むと、笑顔で僕に話しかける。
「せっかく友達になれたんですもの。良かったら少し二人でお話がしたいなって! だってトルテの事を私、あまり知らないから。
ここに来る前、あなたがどうしていたのか気になるの!」
確かに時間はまだある。少し話をするくらいなら僕も大丈夫そうだから。
「オーケー、なら色々とお話しよう。代わりにシフォンの事も僕に教えてよね」
シフォンはもちろんと、眩しいくらいの笑顔を向けて頷いてくれた。