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初仕事と、ちょっとした失敗


 魔王城での初仕事。下働きとして任されたその内容は。


「おはようございます、クリーシュさん」


 部屋を出て居住寮の一番下、魔王城で言うなら一階部分の広場に降りて来た僕。

 挨拶したのは部屋まで案内してくれたパペット族の使用人の人。名前はクリーシュさん、一応僕の世話をしてくれる、直属の上司になる感じだ。


「おはよウ、トルテくん」


 クリーシュさんは木造りの右手をひらひらさせて挨拶を返す。


「さテ、いよいよキミの初仕事になる訳だケど、まずは……簡単なコトからしてもらおうかナ」


 そう言って彼は僕にあるものを渡した。


「これはバケツと雑巾……それにモップ?」


「そうだヨ。トルテくんの基本的なオ仕事は、お城の掃除ダ」


 改めて、受け取った掃除道具をしげしげと眺めてみる。これで……魔王城の掃除か。


「城のあちコちを掃除するから、最初ハ、きっト大変だと思うヨ。他にモ掃除している人もいるかラ、色々教えテもらうといい」


 掃除かー。村でも何度か経験があるけれど、これが僕の仕事……か。

 だけどやるからには、うん、ちゃんとしないとね。




 ────


 そうして僕は魔王城の掃除をする事になった。

 掃除、掃除、また掃除。本当にあちこちの掃除を時間一杯する日々。単純に掃除ばかり、最初は大変だったけれど……日数を重ねるごとに慣れて行って、そして。




 魔王城の雑用係、もとい今は掃除係をして二週間が経った。


「ボーズ! そっちの分の掃除は終わったかい?」


 魔王城の通路で、同じく掃除をしているブラウニーに僕は声をかけられた。モップを片手に、茶色い毛もくじゃらで、トルテよりも小柄な魔族。毛の間から覗く黒い瞳で僕を見つめている。


「まぁね。玄関先がどうにか終わったから、次はあっちの来客室でもと……思って。何だか今日は調子がいいんだ!」


 僕の言葉にブラウニーの彼は、そうかと言って軽く笑う。


「そっか、そっか! それは良かった」


「クラッカさんが掃除について教えてくれたおかげ……だよ。村にいた時にも掃除はした事あったけれど、ここでの掃除はもっと丁寧にと言うか、細かくて色々大変だったりだから。

 そうした所を上手くするコツ、教えてくれて助かったんだ」


 このブラウニーの人、クラッカさんは掃除の事で結構お世話になった。この人も百年前にここで働きだした、比較的かなり最近に魔王城で働きだした人で、先輩として結構親切にしてくれる。


「どういたしまして、トルテ。

 それと、来客室の掃除だな。頑張って綺麗にしてくれたまえ!」


 僕はクラッカさんに、もちろんと笑顔で答えた。それから掃除道具を手にして来客室の掃除へと向かうんだ。

 そんな僕に──彼は最後に言い残した。


「綺麗にするのは勿論だが、あそこは色々飾り物が多い。くれぐれも傷はつけないように頼む」




 ────


(やっぱ、客室一つでも……豪華だな)


 僕が掃除する来客室。魔王城にはここ以外にも来客室はいくつもあって、ここはあくまでその一つに過ぎない。

 けれど立派な机に、フカフカなソファーとキラキラ輝く照明器具。壁や床、天井とかもゴージャスで。とにかく豪華な部屋だった。


「さて、と……掃除、掃除っと」


 早速僕は部屋の掃除にとりかかる。部屋の床を箒ではわいて、モップがけで綺麗にしたりと。後は壁や机を拭いたり……とかも。


「ふふんっ」


 もう随分慣れた感じで、楽なものだった。これなら魔王城を出ても一人前の掃除夫として働いていけそうかも。

 順調に掃除をして行って、そうして……。


(にしても、本当に色々あると言うか)


 掃除ももうすぐ終わりそうな頃、僕は来客室に飾られている物をふと眺めていた。

 壁にかけられている鮮やかな絵、調度品も良い物ばかりで。


(特にこれなんて、誰が作ったか知らないけれどよく出来ている。石彫りの大きな……ドラゴン像)


 黒く重厚感のある石を掘って作られた、大きな翼を広げ、長い首を天に伸ばして飛び立とうとするドラゴンを象った彫刻が、置台の上に置かれていた。

 僕とほぼ同じくらいの大きさがある置物、まるで本物のような迫力のある、立派な置物だ。こんなの……一体誰が作ったんだろ。



 勿論、このドラゴン像も掃除しないと。だけど像そのものが僕とほぼ同じくらいの大きさで、更に置台の高さもプラスすると、身長より少し高い場所の掃除になる。

 ちょっと大変かもかな。けれど、背伸びすればギリギリ足りる感じだ。僕はぐっと背伸びをしながらドラゴン像の掃除をしてゆく。


「うん……と、……よっと」


 もっと身長があればいいのにと、ついそう思いながらも掃除をする僕。

 結構苦労はしたけれど、それでも、どうにか掃除をして、何とか全部拭き終える事が出来た。


(ふぅ。これで良い感じかな)


 ドラゴン像で掃除は最後、これで今日の仕事も終わりだ。僕は一安心して気が一瞬緩んだ……その瞬間。



「!!」



 無理して背伸びしたせいだった。足元がふらついて倒れそうになる。とっさにドラゴン像の首元を掴んだ、けれどそれが不味かった。

 僕の方はどうにか倒れずに済んだけれど、今度はドラゴン像がぐらりとしたかと思うと、一気に倒れて来た!


「うわわわ……っ!」


 倒れて来る像を慌てて両手でおさえる。けれど……結構重たい、それに。


(まずいな……どうしよう、これ)


 重たくて、今倒れそうなのを押さえるので精一杯だ。動く事なんてとても出来はしない。それにこの像……滅茶苦茶重い。

 このままだと自分自身まで潰されそうだ。けれど、落として……壊したりなんてしたら。


「ううっ……でも、もう限界……かも」


 腕がかなり痛い。そのまま、もうダメだ。僕が手を離しそうになる……瞬間に。



「──おっと」



 横から伸びた毛もじゃの太い腕が、ドラゴン像を支えて止めた。


「……えっ?」


「ったく、様子を見に来てみれば……何やってんだ、トルテ」


 顔を向けると、そこにいたのは魔王城の門番をしている、コボルトのビスケさんだった。


「ビスケさん! でも……どうして」


「俺だって四六時中門番をしているわけではない。今は他の奴に代わって貰って休憩中だ」


 そう話しながらビスケさんは、大きな腕を一押ししてドラゴン像を元の位置に戻した。


「……で、トルテは一体全体何をしていたんだ?」


「ははは……。実は今、部屋の掃除をしていて。それでこの像も綺麗にしようとしたんだけど、手が滑っちゃってさ」


 しくじったのが恥ずかしくて、つい一人苦笑いしながら呟いてしまう。ビスケさんはそんな僕に近づくと、拳で頭を軽くごついた。


「──いてっ!」


 軽くとは言っても大柄でムキムキなコボルトの拳だ、それなりに少し痛い。じーんとなった頭を手で押さえて、涙目になって見返す。


「もう、殴ることないのに」


「ここは魔王様のいる魔王城だ。トルテ……その事を忘れて貰っては困る、掃除一つでも注意は怠らない事だな」


「それは、そうだけどさ……でも」


 それでも、後少しで大切な像を壊しそうになったのは間違いなく事実で。僕はビスケさんの顔を改めて見て、それから伝えた。


「……ごめんなさい。次からはちゃんと気をつけるよ。

 それに助けてくれてありがとう、ビスケさん」


 謝るべきことは、やっぱり謝らないと。それにドラゴン像が倒れそうになった時に助けてくれた、お礼も伝えるべきだと思った。

 ビスケさんはそんな僕に、今度は大きい口に微笑みを浮かべて、僕の髪の毛を大きな手で撫でまわす。


「どわわっ!!」


 いきなり髪をぐしゃぐしゃにされて、さっきよりもビビる僕。見上げると彼は可笑しそうにしながら、にこにこして僕に言う。


「そう言う素直な所、俺は好きだぜ。なぁに……トルテの言うように次気をつければそれでいい。失敗なんて誰でもある事だしな!」



 確かに失敗を叱られはした。けれど、ビスケさんのそんな性格もあって……逆に元気づけられるような、そんな感じだったんだ。

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