故郷への報告
「さてト、トルテくんの部屋ハ、ココだヨ」
魔王城の居住寮、僕はそこの一室をあてがわれる事になった。
「これから僕が暮らして行く部屋、か。……うん、悪くない」
この居住寮は巨大な魔王城の下層、裏手の端にある、城で働く人々が暮らす場所。何階にも分かれていて、それぞれ部屋も並んでいる。言うなれば城内のアパートのようなものかな。
部屋まで案内してくれたのは、人形に魔力が宿って生命を持った魔族の一種である人形族だ。木製の身体に使用人服を着ている彼に、僕は礼を伝えて部屋に入る。
(とりあえず仕事は明日から。今日は部屋でゆっくりするように……と言う事だったけれど)
部屋はベッドとクローゼット、それに机と椅子があるだけで他には何もない質素な所。……でも、あまり物はないけれど空き部屋はそんな物だ。それに部屋自体もボロボロと言うわけでもないし、全然悪くない。
僕は背中に背負ったリュックサックを下ろして、開ける。この中には自分の私物や生活用品がぎっしり入っている。部屋も貰えたわけだし置かないとね。それと……。
リュックサックの中から、僕はあるものを探して取り出した。
手の平くらいの大きさの手鏡。でもただの手鏡じゃない。手鏡の裏には『遠識の魔術』の術式が組み込まれた魔法陣が彫り込まれている。
この特別な鏡──遠識の手鏡は多くの魔族が持つ生活必需品。今みたいに鏡を手にして、会いたい相手を思い浮かべて魔力を少し込めれば……。
向こうと繋がるまで少し待って、それから。
『……もしもし、トルテなの?』
鏡に映ったのは、一人の人魔族の女の子。ほんわりとした雰囲気の可愛くて、赤と黄色の淡い中間色をした、肩くらいにかかるくらいのふわっとした髪の少女。
僕は彼女に慣れた感じでこたえる。
「ムース! 会えて良かった。みんなの様子はどうかなって、気になってさ」
彼女の名前はムース、故郷のココア村で一緒に育った幼馴染なんだ。僕の言葉に彼女はにこやかに応えてくれる。
『みんなも元気にしているよ。私もだし、お父さんとお母さんも。でもトルテの事を心配してたんだから』
「あははっ……そっか。でも僕も元気でやっているから安心してって伝えてよ」
両親がいなくて天涯孤独だった僕は、ずっと幼い頃に村の長老であるガレットさんに連れられて、そこで育って来た。それでガレットさんと……彼と親睦があって一緒に世話をしてくれたのがムースの両親。言うなればいない僕の親代わりに近いんだ。
だからムースとも一緒に育って、幼馴染であると同時に、妹みたいな思いもあったりもする。とにかく僕にとって──大切な人だ。
『うん、伝えておくね。……トルテの方は、どう? ちゃんと魔王城で働くことが出来た?』
「どうにかね。あくまで下働きとしてだけど、城で働けることが出来た。
魔王さまにだって会って来たんだ、すごいだろ! ムースにも会わせたかったな」
『凄いね、トルテ。魔王さまかー、きっと凄い人なんだろうね。ねぇねぇ! 他にはどんな感じだったの?』
こうして二人で話せるのを喜んで、そう聞くムース。僕だって同じ気持ちだ、さっそく魔王城に来た思い出や感想とか、一緒に話すんだ。城がどれだけすごいか、どんな人と出会ったりとか色々と。僕もムースも、楽しくお喋りが出来たんだ。
……けれど彼女は、一通り話し終えた後、ふいに寂しい表情をして言った。
『魔王城で働けて、良かったね。でも、やっぱりトルテがいないの……寂しいよ』
そんなムースの呟き。僕はどう答えれば良いか、複雑で。
「……ごめん。僕の我がままでここまで来ちゃって。ムースにも寂しい思いをさせてしまって」
『あっ……ううん、私こそごめんね。変な事、言っちゃったから』
彼女はそう言うけれど、寂しい思いをさせているのはやっぱり事実で。……だから。
「大丈夫、またムースとこうして連絡するから。仕事が落ち着いたら会いに戻るよ、きっと」
今出来る精一杯の励ましと約束、ムースは元気づけられたようににこっと笑って。
『きっとだよ、トルテ!』
僕はもちろんと、答えた。
そうして僕達は話を済ませて、遠識の手鏡を閉じる。……ムースと話せて良かった。本当に、いつかまた会いに行かないと。
だけど、今日はもう眠ろう。
眠気が出て、一欠伸。そのまま部屋のベッドに入って眠りにつく。
──明日から魔王城での仕事があるから、しっかり眠って休まないと……ね。