97話 奴隷紋
道中ノーチェは腕と首を治療しながら歩いていた……とはいえ魔力が残っていないノーチェでは完璧に治すことは難しく軽い止血……腕に関しては肘辺りまでは回復したがそれより先は以前無いままだった。
時折ケルロスが回復をしようと立ち止まるがシャルを国に届けるのが優先だとノーチェに言われ進むことしか出来なかった。
国に戻ると門の前で国の守備にあっていた牙獣大隊と黒森人大隊がノーチェの怪我を見て慌てて近付いてきた……特にフィーとエリーナは酷く心配していて病院に急ぐよう伝えた。しかしノーチェは勇者を運ぶのが先だと聞かずケルロスを急がせた。
「ノーチェ……」
「こんなもの怪我のうちに入らない」
「でも……」
「……どの道この怪我は今の俺には治せない……ケルロスが戻るまではこのままだ」
悔しいが俺は回復魔法を取得してない……この国でノーチェと同レベルの回復魔法を使えるのはケルロスだけだ。
「ノーチェ……病院には行きなさい。そんな姿で街を歩けばどうなるか……わかるわよね」
「……」
「クイック頼めるか?」
「わかった」
ノーチェ自身も限界なのか。
背中にノーチェを乗せて病院へと急ぐ……なるべく人目につかないようにと。
「クイックか……ノーチェはどうした?」
「魔力切れでさっき気絶したよ。今は病室で寝てる。首元の怪我はともかく腕に関してはケルロスじゃないと治せないからよろしく頼む」
「行ってくる」
駆け足で病室に向かうケルロスを後に俺は雲龍部隊の基地へと向かって行った。
じぃじ……。
「ゴーンさんは君がいっぱい頑張ったら帰ってくるさ」
いっぱい。
「そうだよ……そうだ! ゴーンさんと会えるように私達が君にわかりやすい印を付けてあげよう」
印?
「そうさ! これで……分かりやすくなるよ」
いだい! いだいいだいいだいいだい! やめで! どぅしで痛いよ!
「こうしないとゴーンさんは帰って来ないんだ」
やだ! いやいやいやいやいやいや!
「押さえつけろ! ほら! 動かない!」
ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「さぁ……これで完成だよ……。って気絶してるか。おい! この汚いのをとっとと片付けろ!」
じぃじ………………..。
「はっ! ……あぁ……ここは」
私は魔王を倒しに来て……。じぃじ……?
「意識が戻ったかシャル」
「何者!?」
私は布団から飛び起きて腰に着けている剣を……。
「あれ!? 剣は」
「……剣は預かってる。それで勇者殿……君の名前は何かな」
「私の……名前?」
私の名前……は。
「この姿に見覚えはないかな」
目の前の女の人はそういうと蛇へと姿を変えた。
「……蛇さん?」
記憶の奥から何かが溢れてくる……。
「俺はノーチェ・ミルキーウェイ……聞いた事ないかな」
「ノーチェ……」
何かを思い出せる……そう思った時だった。
「うっ……うぅ……ぐぅぅぅぅ!」
「シャル!?」
奴隷紋が光って……。
「スリープ!」
……記憶も弄られてるのか、国に従属させる為? いや扱いやすいようにか。
「奴隷紋について詳しい奴が居ないか探してくれ」
「……はっ」
バールは返事をして直ぐに消えた。
普段であればどこにいるのかツッコミを入れるが今はそんなことを考えている余裕は無い。一刻も早くシャルを自由にしてあげないと……。それに気になることはまだ沢山ある。
「クイック……いるか?」
「いるよ……」
扉を開けてクイックとケルロスが入ってくる。
「クイックは部隊を動かしてシャルとゴーンについて調べろ……あと王国の動きも注意するんだ。ケルロスはシャルの護衛を何人か見繕ってくれ……情報が集まり次第全員を集めて今後の方針を決める」
「「了解」」
そういうと2人はその場からスっと消えていた。
「安心しろ……必ず助けてやるからな」
数日後
「奴隷紋に関しまして……兎人族の方から申し出がありました」
兎人族か……最近国に引っ越してきた種族で呪術や特殊な魔法に精通してると聞いたが。
「1度……お会いしますか?」
「よろしく頼む」
「はっ」
バールは静かに扉を開いた……。
「どうも〜国で1番偉いとされてるノーチェ様に会えるなんて光栄です〜」
少しふざけてるが……今はそんなこと気にしてられない。
「早速で悪いが奴隷紋の解除の仕方を教えてもらいたい」
「奴隷紋の解除の仕方ですかぁ〜……ってはい分かりました教えますよ」
「すまない」
「といっても私が直接やった方がいいですけど……どうしますか〜」
……いや仕方あるまい。
「……わかった解除して欲しい子は近くにいるから案内する」
「この部屋で寝てる」
病院での治療は全て終えている……今は謎の昏睡状態にあり俺の家に移動したんだ。
「この子ですか……」
兎人はシャルの隣に座り容態を確認する。
「そうですね……少し時間はかかりますが紋の解除は可能です」
それを聞いた俺は心の底からほっとした。
「ありがとう……それじゃあ早速頼んでも」
「わかりました」
兎人はシャルの服をゆっくりと脱がしていく。
「えっ!? ちょっと何してるの!」
「? いえ……脱がせないと解除出来ないので……ノーチェ様って女性ですよね?」
「ま、まぁそうだけど……お、終わったら言って!」
俺は慌てて部屋から出ていった。
……まぁ敵対するつもりがないのは心理掌握でわかってるし……2人だけにしても大丈夫だよな。
「ノーチェ……情報が集まったよ。あと今集められる人は全員集めてる」
「わかった。会議室だ待ってる」
「百鬼大隊は周辺警護、黒翼大隊は国の治安維持に力を貸してる」
「まぁこんな状況じゃ仕方ない……とりあえず情報の共有を頼む」
「聖王国の動きは今のところない……けど傀儡国の軍隊が聖王国に向かっているって情報は入ってる……もしかしたら戦争の準備をしているかもしれないとの事だ……。そして勇者シャルについてだがいつ聖王国に来たのかは不明だがゴーンと共に来たところを街の住人が見ている……その時の姿は俺達の知っている姿で間違いないそうだ。聖王国研究所の資料を何枚か盗んだが関連性のある資料は奴隷紋、あとは成長を止める魔術についてだった。シャルの経歴はわからなかった。……ゴーンと住む前はどこにいたのかも全く掴めなかった」
ゴーンの安否も気になるが……今はシャルの事だな。何よりシャルが傷付いてるなんて知ったらゴーンにぶん殴られそうだし。
「その勇者についてだけどノーチェはどうするつもりなの?」
エリーナの質問に俺は一瞬固まった。
「……昔世話になった男の孫だからな……出来れば保護したいと考えてる」
静まり返る会議室……みんなに反対されても仕方ないと思っている……敵と認識されてる奴を助けたいなんて甘い考え……。
「ノーチェがそういうなら私はいいと思うぞ〜」
フィーが頭の後ろで手を組みながら答える。
「わ、私も……従います」
「ご主人様の決定であれば……」
「いや! 私だって反対してる訳じゃないからね!」
……みんな。
「ありがとう……本当にありがとう」
「話は決まったな……じゃあ私はやることをやってくる」
そういうとフィーが立ち上がり部屋から出ようもする。
「やること?」
「あぁ……その勇者の現状を聞いた限りだと王国は確実に攻めてくるだろ……軍の編成と展開を急がせるエリーナも行くぞ」
その時のフィーの背中は立派な一軍の将であった。