94話 勇者になった者
私は道具……私は剣……私は……。
「あれが勇者ですって……」
「汚いわねぇ」
「あんなのが勇者なの〜?」
「くさ! お風呂入ってるのかしら……」
「いきなり勇者なんて言われてもねぇ」
「謎の魔法で小さくされていたらしいわよ」
「何それぇ〜……気味が悪いわね」
大丈夫……大丈夫……よく分からないけどね……私を助けてくれる人が必ず現れるの……絶対に現れるの。
「それに魔王の1人を取り逃したみたいよ」
「ただの役立たずじゃないそれ!」
「俺たちの金で生活してるんだろ? 意味わかんねぇな」
大丈夫……大丈夫……。
「……おかえりなさいませ勇者様」
感情の籠っていない冷たい言葉……思ってもいないんだから言わなくてもいいのに。
王城に入ればみんなが頭を下げてくれる……でもそんなのは仮初で誰も心から私を見てくれていない。
「勇者様……お風呂の準備が出来ています」
私が無知だと思ってお風呂は小さな桶に冷たい水が入っているだけ……服は変えて貰えない……最初にこの国に来て貰った服からずっと同じだ。
「前の服は全部捨てられちゃったもんね……」
桶に映る顔は酷くやつれている……。
「帰りたいよ……」
帰る場所なんて分からないのに……私はどこに帰りたいのだろう。
この国に来たのもいつなのか……記憶が曖昧だ。誰かと来た気がするのに。
自分のことも……過去も……友人も……暮らしていた場所すら分からない少女は今日も絶望と地獄の片隅を歩き続ける。
「勇者がガゼット大森林から撤退した?」
クイックの報告は少し意外なものだった。ここ数日間勇者とレリアの動向は詳しく調べさせていた……情報によれば勇者が優勢、森は焼かれレリアも最奥の城まで撤退を余儀なくされていたらしい。
「俺も聞いた時驚いた……あと少しで魔王を葬れるといった所で撤退。命を取るつもりはないということなのか……それもと何か思惑があるのか。まぁ真偽のところはなんとも言えないな」
「その勇者は今どうしてるんだ?」
本棚から人間の国について書かれた本を取り出しながらケルロスが聞いた。
「今はゼールリアン聖王国に居るらしい……もし次狙うなら1番近いここかもな」
「……俺がやろうか?」
本を読んだままケルロスが答える……。冷静な様子を見せてはいるがしっぽや耳が落ち着いていない。
「ケルロスの部隊は訓練中だろ? 実戦投入はまだ早いよ」
それを聞いたケルロスは少し残念そうに肩を落とした。
「それぞれ部隊強化は着々と進んでいる……今まで作っていなかった副隊長も作り指揮系統も安定している」
「クイックのところはバールが副隊長だったな」
クイックが独自に支配する部隊……雲龍部隊。フィー率いるプリオル連隊とは完全に独立した部隊であり最高指揮官はクイック・ミルキーウェイとなっている。主に諜報活動やスパイ、対外政策などを担っている。
またケルロスが支配する聖龍部隊というのもありこれもフィーのプリオル連隊からは独立した組織となっている。
「そういえばノーチェは副隊長とは会ってないよね」
「そうだね……バールと百鬼大隊のイヴィルはともかく他のところに所属する副隊長は誰も知らないね」
副隊長は各隊の隊長が選んでいるので直接俺に報告が来ることは無い……まぁこの国の情報機関みたいな役割のクイックは全て把握してるんだろうけど?
「まぁなんにも知らないのもあれだしまず黒翼大隊の副隊長はエレナと同じく黒翼族のナナって女の子が担当してる。黒森人大隊はダークエルフのコア、エリーナの2つ上でルリアの森から移住した男の子だね。朧夜大隊はロロって女の子が担当してるサクとは同い年みたいだ。牙獣大隊はメドランガ、トカゲの獣人らしいよ」
なるほど……組織としての基盤がしっかりとしてきたな。
「あっ傀儡大隊はテグが隊長だけど副隊長みたいなポジションはなくて……最初の5人が指揮を取ってるみたいな感じだってさ」
「ふーん……まぁ機械にも色々あるんだろ」
よくわかんないけど。
「俺の部隊はもう少しまとまってから決めるさ」
「ゆっくりでいいよ」
「全体の報告は以上……また何かあれば伝えるよ」
クイックはそう言って部屋から出ていってしまった。
……雲龍部隊を作ってからクイックは忙しそうだ。ってそれもそうか、今までは内部の問題解決や経済関係を全て担ってたのに今じゃ国外にも目を向けてるんだから。
「心配することないよ……クイックはやりたくてやってるんだ」
「それはそうかも……ってなんか近くね?」
最近妙にケルロスが近い……いや前から近かったけど頻度が増えたというか遠慮が無くなったというか。
「近くないさ……前もこんなもんだったろ?」
その通りですけど。
「人肌恋しくなったか?」
人肌? 獣肌? どっちでもいいけどこれで慌てるケルロスとか見れれば嬉しいけど。
「恋しくなったらどうすればいい?」
……。
なんか違う! 思って反応と違う!
「えっ……それは……だ、抱きしめるとか?」
ケルロスとの距離がさっきよりも近付いて……。
おっ……おおおぉぉぉぉ。
暖かい……昔龍の骨があった草むらで寝た時と同じ感じ。
って違う! 何してんの俺! 男同士で抱きしめ合うとかなにしてんの俺!?
「あれ!? ケルロス!? 何してるの!?」
「恋しくなったから」
なんだよその声! 反則だろ! ……昔っから甘え上手なんだからこの子は!
「ほらそろそろ離せ〜」
ケルロスの手は全く緩まない……てか少し強くなってる気もする。
「……」
なんで黙ったままなの!? どうすればいい!? 俺はどうすればいい!?
「えっとぉ……そのぉ……」
なんかちょっとだけ恥ずかしくなってきた……こんなとこ誰かに見られたら。
「あっ……」
テグ居るじゃん。
「安心してくださいご主人様……私は何も見ていません。ただいま自動人形のネットワークに視覚情報を共有しましたがそれ以外は本当に何もしておりません」
アウトだね……それ。
「はぁ……ケルロス? そろそろ離れてくれる?」
ケルロスからの返事は無い。
「? ケルロス?」
俺はケルロスの口元に耳を近づけた。
「すー……すー……」
あっ寝てますわこれ。
それにしても器用だなぁ……椅子に座った俺を抱きしめながら眠るって。
「この姿じゃケルロス運べないし」
俺は蛇の姿になってケルロスをベッドに運んだ。
「俺の布団で悪いな……部屋まで運んでもいいんだけど……。まぁなんだ、めんどくさかった!」
「これが萌え……ですか」
「燃える?」
「いえ……なんでもありません」
今顔が緩んでなかった?
……ケルロスは新しい部隊編成を任せてからずっと働いてくれてたもんな。クイックが俺の書類を手伝えなくなってからはケルロスが全部助けてくれたし。
「ありがとう。ケルロス」
俺はケルロスの白い髪を傷付けないように優しく頭を撫でた。
「さぁ! 残りの仕事も片付けるぞ〜」
「私もお手伝い致します」
その後俺とテグは頑張って書類を全て片付けた……。ちょうどそのタイミングでケルロスが起き……俺の布団の中に入っていた事に関して狼狽えていたのは少し面白かったな。