88話 まとわりつく蛇のように
「なんだあの化け物共は……連れてきた魔獣共が殲滅されちまった」
それに加えて……さっきまで見えてた立派な壁は消えてるし……これは罠に掛かったってことだな。まぁいいサクはこっちにいる……ギガントだってまだ出していない。まずはハンとセツの部隊と合流して魔力補充だ。
俺の作戦に間違いは無い……。
そんなくだらない慢心……最初の作戦が上手くいっていない時点で気付くべきだったのだ。ヘラレスの作戦など何もかもが俺の手のひらの上であったことを。
「よう」
俺の隠れていた岩の上から声が聞こえた。
「お前……何者だ」
ここまで近付かれていて気付かなかった……いやそんなことよりこの場に居るということは敵か。
即座に状況を理解した俺は懐に手を入れ武器を取り出そうとする。
「ストップ……君には少し聞きたいことがあるからまだ殺す訳にはいかないんだ」
何を言っている……しかしこの小娘、ただならぬオーラを感じる。強いな。
「わかった……それで? 話とはなんだ」
「……そうだな聞きたいことは多いんだがまずは自己紹介だ。俺の名前はノーチェ・ミルキーウェイ……まぁ立場とか諸々は知ってるだろ?」
こいつが……こんな小さな少女だったとは。
「そうか……俺はヘラレス。シャンデラ国……」
「いや……そっちの情報はある程度得ている。それよりも本題に移ろう。君に俺が魔王であると話したのは誰かな」
そこまで掴んで居たか……。
「俺は上の指示に従っただけだ……どこから漏れた? という質問なら答えられん」
嘘はついていないようだ……まぁ予測はしていたが残念だな。
「それじゃ次の質問だ。霊人達を使ってこの騒動を起こしたみたいだが……お前達にとって霊人とはなんだ」
「霊人? あぁ! あれはいい道具だった……特にサクという女は魔力改変というスキルを持っていてなその……」
「わかったもういい」
呆れた様子で答える。
「最後になるが川に何かをしたのはお前か?」
「その件か……あれは実験も兼ねていたからな」
あと少し……もう少しだ……。
「質問は以上だ……それじゃあ殺すとしよう」
腰に着けている刀を抜く……刃先が俺に向いたその瞬間。
「今だ!」
ノーチェの足元から巨大なムカデが現れた。
「やれギガント!」
締めあげられるノーチェ……昆虫の外骨格……それも20mを超えるムカデとなればその強度は想像を絶する。
「魔王と言ってもこの程度か! さぁそのままぐちゃぐちゃのミンチにしてしまえ!」
命令を聞いたムカデが締める力を強めていく……しかしその動きは止まり……締め上げていたムカデは拘束をゆっくりと解いていった。
「……な、なにが……」
理解出来てないでいるとノーチェがまた呆れた様子で声を掛けた。
「お前は二つのことを見逃している」
「2つ……?」
「1つはお前たちの動きを何故ここまで把握しているのか考えなかったこと……もう1つは霊人について質問した時疑問を抱かなかったこと」
ヘラレスも馬鹿じゃない……ここまで言えば全てを理解する。
「まさか……!」
「ヘラレスさん……」
不可視化で隠れていたサクが姿を現す。
「サク……」
俺の情報は霊人から……それでは全て!?
「サクの説得は大変だった……けどお前が連れてきた魔獣に助けられたよ」
「俺の……?」
作戦実行1日前
「ヘラレスさんがこの国を?」
俺は霊人の老人達の怪しい動きや巻物について全てをサクに説明して直接説得することにした……正直賭けではあったが俺の考えが正しければサクをこちら側に付けなければ大きな損害となる可能性もある。
「話は分かりました……それよりも貴方がこの国の盟主だったのですね」
「騙すような真似をしてすまない」
温泉の時は盟主とバレれば厄介なことになると思い伏せていたがこうなれば致し方あるまい。
「それで先程のお話ですが……信じることはできません。ヘラレスさんは路頭に迷っていた私達霊人族を助けてくださいました。そんな方が私達を使ってこの国を滅ぼそうなどと」
怪鬼達と違って明確に裏切られたわけじゃない……説得にはもっと時間がいるか? いやそんな呑気なことは言って居られない。
「君達をこの国に連れてきている時襲ってきた魔獣2体は人工的に作られた物であるとわかった……そして君達を狙ったのはいつもの住処から離れていることと俺の国に向かっていることに対して違和感を感じたから仕掛けてきたと考えられる。その場合君達霊人はヘラレスに使われていてさらに捨て駒としか思われていないという事になる」
「それを調べたのはどなたですか? その情報が本当とも限りません」
温泉の時と随分雰囲気が違う……それほどまでにヘラレスという男を慕っているのか……。
「……それを調べたのは俺だ、確かに本当の情報を君に伝えているのか? と聞かれれば信じて貰えないだろう」
「……はい」
どうする……俺の考えが……俺の考え? そうか……俺の考えが正しいと証明すればいいんだ!
「少し着いてきてくれるかな?」
「……? 分かりました」
地下室
俺の考えが正しければ魔獣を動かず際に使っているのはこの子だ……川に魔法を使ったのは距離による影響を調べる為と考えられる……しかしその証拠がなかった。けどケルロスの証言とこいつの反応……本当に正しいのなら。
「ここは……」
サクの視線の先には霊人達を襲った魔獣が2体転がっている。
「こんな所まで来てもらってすまない……けど確かめたいことがあるんだ」
俺はサソリ型の魔獣に識別石を当てる。
黄緑に光った……。
「サク、君も触ってくれないかな?」
石をそっとサクの前に差し出す。
少し警戒しているが指先で石に触れるその瞬間黄緑色が強く光った。
「わっ!?」
「やっぱり」
この反応……同じ魔力か。
石は黄緑から白へと変化した。
「これはどう言う……」
「識別石が白くなるのは全く同じ魔力を受けた時だけだ……これは普通ではありえないことなんだが……魔力を与えている人と与えられている人同士がこの石に触れると反応する……俺とケルロスで調べたんだ」
要するに……このサソリとサクの魔力は全く一緒ってことだ。
まぁ様子を見るに言わなくてもわかってそうだけど。
「有り得ません……ヘラレスさんが……」
信じていた相手が本当は利用するために近付いていたなんてわかればこんな反応にもなるか……。
「私は……信じられません」
「……そっか、それじゃあこうしようか俺がヘラレスから直接聞いてみるよ霊人達をどう思っているのか」
「どうやって……」
「多分魔獣を動かす際君を呼び出すと思うんだ……理由は適当だと思うけどヘラレスって人に呼ばれたら近くで隠れて着いていくんだ……君を戦場に連れて行くかどうかは分からないけどね」
半信半疑のサクは何を言わずに頷いてくれた……まぁもしこちらにつかなければ殺してしまうのも手か。
「まぁこれでお前の切り札は無くなった訳だ……」
プルプルと体を揺らし怒りを表現するヘラレスしかしそんな姿は俺からすると滑稽だな。
「貴様……!」
終わりだな……これ以上は特段聞くこともないし。
「そうだ! 他の霊人はどこだ! 念の為に死にかけの2人を呼んでいたはずだ!」
「……その2人ならもういません」
「は?」
サクの回答に腑抜けた声で反応するヘラレス……。
昨晩
「サクも呼ばれたか」
「……」
私はヘラレスさんに呼ばれて国から少し外れた場所に向かいました……正直ノーチェさんの言う通りになって不安や疑問……怖さすら感じました。
そこにヘラレスさんの姿はなく長が2人居ました……私が聞かされた内容は国を滅ぼすので魔力提供と避難をしておけと。
「他の霊人はどうするんですか?」
私は気になって聞きました……だって長達の言い方はまるで。
「あいつらは……囮だ。安心しろ数は減るが全員殺されるわけではない……それに貴様の生かして欲しい者はしっかりと生かしてやる。これもヘラレス様の崇高な考えの1部なんだ」
みんなを……見捨てる……。
「そんな! だからってそれは……あんまりです」
「何を言っている! お前はヘラレス様に恩がないのか!? 例え同族を切り捨てでも生きていくのが我らの!」
スパッ!
サクの肩を掴みすごい剣幕で言いよっていた老人が真っ二つにされている。
「きゃぁぁ!」
「な、なんだ!?」
「……いやぁ害虫駆除をと思いまして」
ノーチェさん……なんでここに。不可視化で姿を消していたのに。
「貴様! 一体何者だ……こんなことをして」
グシャッっと肉の落ちる音が2つ……。
「あぁぁぁぁぁぁ! 私の手がぁぁぁぁぁ!!」
「同族を切り捨てて自分だけ生き残ろうなんて……酷い考えだと思わないかい?」
ノーチェさんが私のことをじっと見つめる……けどその目はとっても怖くて。
「あ……はぁ、はぁ貴様……こんなことをして」
「サクはどう思う? 同族を切り捨てて生き延びるって」
「えっ……それはいけないことだと……」
「だよねぇ〜そんな酷いこと考える奴はどうするべきかな?」
ノーチェさんが私に近づいてくる……。
「それは……」
「要らなくない? 味方を見殺しにするなんて……酷いよなぁ……」
耳のそばで……。
「殺しちゃったら? このまま生かしてたら霊人の人達みんな死んじゃうよ」
ノーチェさんの囁きが私の頭の中で響く……。
「殺……す」
「うんうん……」
「でも……私達は仲間で」
「けどその仲間を売ろうとしたんだよ?」
なんでだろう……ノーチェさんの声を聞くと頭がボーッと。
ザシュ!
「逃げようとすんなよ……」
「びぎゃぁぁぁぁ!」
「ほら……後は首落とすだけだよ。俺も手伝ってあげるからさ」
刀を手に持たせて……
「や、やめ」
長の声はもう聞こえない……ただノーチェさんの声だけが頭に反響して。
「君の手でやるんだ……霊人を助けるのはサクだよ。これからの未来を切り開くのはサクなんだ……こんヤツらに踏み潰されていい物じゃない」
ノーチェさんの手と連動して刀が上をむく……そのままゆっくりと地面に向かって振り下ろし……。
サクッと何かが切れた音がして……私の意識は途絶えてしまった。