87話 致命的なエラー
我らは機械……ドワーフの方達に作られノーチェ・ミルキーウェイ様に仕える自動人形である……。機械として仕える者として主君の命令を完璧に済ませるのが役目。それは良いのですがテグを通じて考えてしまうことがある……ご主人様に褒められたいと。人形である我らは感情を持たない……だがエルフの子供達と触れ合い、ご主人様と共に居てなんだか温かいと感じることが多くなっていった。
「ネグ……戦闘準備に入ってください」
「忠告感謝しますゴラブ」
「テグの所有している中隊を除き我らが4中隊で敵の殲滅を行います。ホョルの黄式中隊とドロブの緑式中隊は魔獣を殲滅、私の青式中隊はゴラブの黒式中隊と協力して周囲の警戒と回復に専念してください。私は単騎で敵と戦います」
「ホョル了解しました」
「ゴラブ了解しました」
「ドロブ了解しました」
「それでは散!」
「さっきまであった街が消えた?」
転移魔法か? いやこの量を一度に転移するなど不可能だ……それに魔獣達が殺していた者たちはガラクタに変わっている。
「幻系統の魔法だなこれは」
まんまと嵌められた訳だ……とするとそろそろ追撃が来てもおかしくないねぇ。
「全員周囲を警戒しろ! 追撃の可能性が……」
セツの声は爆音にかき消される。
「あくまで命令は魔獣の殲滅です」
「「「「おー」」」」
やる気のない返事がかえってくる。これは本当にやる気がないのではなく感情表現に乏しい機械であるからこうなってしまうのだ。
「妙な武器を持った子供達?」
「あればドワーフの所で作られている自動人形と言うやつでは!?」
自動人形か……それなら。
「自動人形は魔法に弱い! 魔法が使える魔獣を前に出せ!」
セツの素早い判断……自動人形は魔法に弱い。確かにこの考え方は正しい、しかしフィデース信栄帝国に所属する自動人形は最先端技術を使いドワーフの国にいる普通の自動人形とは全く別次元の強さを持っている。そんな自動人形達が弱点である魔法に対策をしないはずもなく。
「ホョル……出てきた」
「了解」
ホョル率いる黄式中隊は戦場から少し離れた大きな岩の後ろでライフルを構えて待機していた。自動人形ということが分かれば魔法攻撃をする部隊が前に出てくる……その魔獣達を殲滅するためにあえて緑式中隊とは一緒に動かず後方にいたのだ。
「黄式中隊……発射」
ホョルの掛け声と同時にライフルから弾丸が発射される。それもただの弾丸では無い。魔法を込めることができる魔道弾……ホョルの黄式中隊は稲妻魔法を極めた者が多く所属している……ただでさえも早い弾に雷をつければ圧倒的な速度と貫通力を与えることが可能性だ。
「魔獣達が!」
魔獣は機械ならではの的確な射撃によって寸分違わず脳天を抉られていく。
「魔法部隊の殲滅を確認……残りを始末します」
ドロブの人間味のない声が魔獣達を恐怖へと陥れる。
知性がある分死に対する恐怖も増える……ただの魔獣であれば良かったものを、無駄に知性など与えるからこのように貧弱な生物へと成り下がる。
「各機攻撃開始」
「殲滅完了」
ホョルとドロブの足元には魔獣達であった物が転がっている。
自動人形はその残骸を愚かとも思わないし可哀想とも思わない……なぜなら自動人形はただの機械だから。ただ普段と変わらぬ口調、表情で敵の死体を踏みながら歩いていく。
「はぁ……はぁ……」
自動人形で良かったわ……機械であるからこそ私のダミーに気付かなかったようね。
……一旦ヘラレスとハンに合流した方がいいわね。
セツは物陰から出て荒野を歩き出す。しかしその歩みは直ぐに止まることとなった。
「お待ちください」
「!!」
驚き振り返る……その先には小さな少女が立っていた。
自動人形!? まだ居たのか……別働隊? それとも私に気付いて。
「貴方があの死体達を操っていた……リーダー? のようなものですよね」
感情の起伏が一切感じられない声。間違いない自動人形だ。
「……リーダー? 私はここに迷い込んだただの」
「嘘はいいです。ただ試しただけなので……しかしこの場合はどのような感情から生み出される嘘なのでしょうか」
自動人形が感情? 何を言っている。
「……」
「あぁ……申し訳ありません。独り言です」
敵はこの自動人形1機だけ……けどさっきの強さを見るにタイマンで私が勝てるかどうか……。
「どうしましたか? 何か考えている様子ですが……」
「あんたは1人なのかい?」
「……? はいそうですが」
「なら私を見逃してくれないかな? 私はこの作戦に嫌々連れてこられたんだ……本当は無駄な殺生とかしたくないんだよ」
相手は機械……同情は誘えないだろうが私を見て直ぐに殺さなかった事から命令に何か特殊な内容が含まれていると考えられる……例えば一般人は巻き込まないとか、そういうプログラムがあれば無理やり戦場に連れてこられた私はどうするべきが上に指示を仰ぐはずだ。
「なるほど……そういうことでしたらご安心ください」
掛かった。恐ろしいのはこの自動人形だ……運が良ければこの自動人形を操っている奴を殺せる。
バンバン!
「あああぁぁぁぁ!」
「なるべく痛みのないように殺して差し上げます」
自動人形に命じられた内容は敵の殲滅とヘラレス、霊人に手を出さないこと……戦場に嫌々連れてこられた者のことは登録されていない。ならは敵として判断して……殲滅対象となる。
「ふ、ふざけるな! こんな!」
「それにあなたは敵の指揮官……嫌々なんてことが有り得るのでしょうか」
ネグがゆっくりと近付く。
「大量の発汗……鼓動が加速……震えもありますね……嘘をついている特徴と一致」
「お前ぇぇ!」
セツが立ち上がろうとするが撃ち抜かれた場所は膝で足が上がらない。無理やり動かそうとした下半身はそのままで勢い余った上半身がドンっと音を立てて地面に倒れる。
「あなたは助かりたい……といった感情があるのでしょう。それで一瞬助かると思ったあの時から今死に直面した時の感情はなんなんでしょうか」
ネグは既にセツの頭のすぐ近くに立っている。
「殺し……ひぃ!」
威勢よく叫び散らかしていたセツの顔が……恐怖に染る。
自動人形に感情はない……自動人形に感情はない……。
しかしネグはどす黒い笑みを浮かべていた。
「あぁ、これが感情……テグが夢中になるのも分かります。ですがデータが足りません。もっと感情というものを教えてください」
そういうとネグの手が変形して鋭利な刃物に変化する。
バシュ!
セツの指から赤い液体が吹き出す。
「いっ……!!」
「これが痛い時の表情……」
「……大丈夫です。あなたは生かしてあげましょう……私に感情というものを教えてくれたお礼です。だからこの国に二度と関わらないでくださいね」
一生懸命に首を振るセツ……もう生きて帰りたいということしか考えれない。しかしそんな希望はネグの一言によって壊される。
グジャ!
ネグが少し強めにセツの頭を踏みつける。
「そんな訳ないでしょ? あなたはご主人様の作り上げた国を壊そうとした……そんな愚か者に生きる資格はありません。たぁくさん遊んで……楽しんで……壊してあげますから」
足を離してネグが嬉しそうに叫ぶ。
「先程が希望……喜び……感謝……今は絶望……後悔……惆悵……。あはっ……私が今感じているのは快楽……歓喜……悦楽……これが世界! これが人生! これが生命! 私はご主人様に使える自動人形ネグ! 素晴らしい! あぁ! あああぁ! 幸せとはこの事か!」
「はは……ははははは…….あははははははは!」
セツは壊れてしまったのか笑い出す……何が面白いのか……何が楽しいのか……なぜ笑っているのか……そんなことは分からない。ただこの現実を見たくない……セツは心から願った……今直ぐに感情なんて無くなってしまえばいいのにと。