86話 雷少女
ヘラレスという謎の人物が攻めに来るとの情報を得てプリオル連隊を総動員して準備に取り掛かった……今日は攻撃が開始されると考えられている日……俺達は街で1番高い塔の前でヘラレスを待ち構えていた。
「配置完了した」
「ありがとうケルロス」
「それにしてもこの配置で良かったのか?」
「問題ない」
塔の前には俺たち3人そしてテグがいる。観光地区には黒森人大隊、商業地区に傀儡大隊、産業地区に百鬼大隊、国の周辺を黒翼大隊が偵察して正面の門と裏門には牙獣大隊が待機している。
「来るならいつでも来るといいさ」
「ヘラレス様! 見えましたよ!」
いかにも三下っぽい魔獣が話しかける。
「俺達は敵を誘き出す役だ、本命は別にある。ハンとセツに動くよう伝えろ」
「街の住人はどういたしやすか?」
それを聞いたヘラレスの口角が上がる。
「そうだな新しい実験体と魔獣達の世話するやつも欲しいな……レアな種族と適当に女も何匹か捕らえとけ後は好きにしていい」
「へっへっへっ……やる気が出るってもんですなぁ」
魔獣が気味悪く笑う。それに伝播するように他の魔獣たちもヨダレを垂らしながら汚く笑っている。
「さぁ! お前たちあの国を廃墟に変えてやれ!」
魔獣たちの叫び声が大きな揺れとなり地面を響かせる。
「ハン様……ヘラレス様より指示が」
「そうか、それでは全軍地上へと向かおうか」
「セツ様……」
「出撃命令が出たのねぇ〜じゃあやりましょうかぁ……面白いといいんだけどねぇ」
「おーいエレナ! 私達は敵が見えたら好き勝手していいんだよなー!」
「そうだけどヘラレスって男と霊人は殺しちゃダメだからね」
「あっ! そうだった! 気をつける」
総隊長になったのに昔とあんまり変わらないのは気の所為かしら……。
「お前達! 指揮官と思われる男と霊人は生かして捕らえろ! それ以外は殺せ!」
フィーの命令がビリビリと空気を揺らす。それは獣人達を鼓舞して戦う気力へと変わっていく。
「「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
「突撃!!!」
その言葉を放った瞬間1000人の獣人たちが魔獣に襲いかかった。
「蹴散らせ!」
「食い荒らせ!」
大群はぶつかり合い血飛沫が周りの空気を赤く染める。
「進め進め進め進め! 全てを壊して赤い海を作るんだ!」
「あらあら……相変わらずの戦いっぷりね、進化してからもっと酷くなったかした?」
まぁ……ノーチェの予想通りヘラレスは居なくなってるわね。霊人はこっちには居ないみたいだけど……いいえ私は言われたことをやるだけよ。
「ヘラレスが消えた! 私はヘラレスを探すから残りの部隊は牙獣大隊の援護をして!」
「「「「はい!!」」」」
命令を聞いた黒翼達が翼に着けた機関銃を放ちながら急降下していく。
こっちの戦場は恐らく陽動……そろそろ街の中に魔獣が出現するはず。
街中……
ドゴンッ!
観光地区と商業地区の方面か……嫌なところ攻めてきやがる。
「観光地区と商業地区で敵を発見住人を殺し家を破壊しています」
……。
「エリーナ様とネグに攻撃命令を出しますか?」
「いや……まだいいそれよりも攻撃パターンや数を正確に把握しろ」
「かしこまりました」
エレナ達の方は上手くやっているだろうか……後はサクが作戦通りに動いてるかだな。
「……そろそろ限界じゃないか?」
「それもそうか……結構無理させてるはずだもんな」
俺はクイックに指示を出して信号銃を打たせた。
ドンッ! と空高くに黄色い煙幕が放たれる。きっと敵はなんの合図か気になると思うが……そうだな強いて言うならネタばらしの時間ってやつだな。
「大将からの連絡だ! よくやったぞテレシア!」
「はぁ…….はぁ…….はぁ…….役に..立てて……よかった」
テレシアはそのまま意識を失ってしまった。
周りにあった家や塔……魔獣達が殺していた人が木材や岩に変わっていく。
「な、なんだこれは!」
「どうなっている!?」
敵は混乱して先程まであった街を探す……しかしそんなものは存在しない。お前たちが殺して……弄んで……食い散らかしていたものはただのゴミだ。
「ざまぁないな……」
「全くだ」
「さすがノーチェ……全て計画通りだね」
そう……ここまでは計画通り、そしてこの後は。
「何が起きているんだ……」
「ハン様! 先程まで殺していた人間や獣人達は皆敵によって偽装されたゴミや木でした!」
……こんなことが出来るのは幻魔法の中でも最上位に位置する幻想魔法のみ、我々の動きは奴らに気付かれていたのか。
「ヘラレス様の指示を仰ぐ! お前たちは周囲の警戒を!」
「安心しなさい! その必要はないわ」
ハンの声を遮る女の子の声。
「何者だ!」
謎の声がする方に目を向ける……そこにはガラクタの上で得意げに立つ黒いエルフがいた。
「ダーク……エルフだと」
「私はプリオル連隊黒森人大隊、隊長のエリーナよ。あなたの名前はなんて言うのかしら?」
「……くくくく。お前ごときに名乗る名前など持ち合わせておらん」
ダークエルフか……通常進化するエルフは筋力やスピードに特化する傾向がある、しかしダークエルフは魔法の扱いに長けており稀に風魔法が進化……稲妻魔法を習得する個体出てくると聞いた事がある。
「しかし……この幻術は誰がやったものだ? ここまでコケにされたのは初めてだか」
「それを私が言うと思うの?」
敵は1人か? 伏兵の可能性を考えてここは1度撤退を……それにあの小娘の力量もわからん。雰囲気からダークエルフの中でも強い部類に位置すると判断できる。
「まぁよい……それで小娘お前は1人か?」
「さっきから馬鹿なの? 私があんたに有利になる情報渡すわけないでしょ?」
どうにかしてもう少し時間を稼ぎたい……あの小娘に悟られぬよう魔獣達に撤退の合図を。
ハンが指を動かして魔獣に指示をしようとした瞬間。
バシュ!
「なっ!」
「舐めないで貰える? あんたの動きなんてこの距離でも直ぐに分かるわよ」
こやつ……ただの小娘ではない。そして強い部類? 違うなこいつはダークエルフを超えた上の存在だ。
「そうとなれば仕方あるまい!」
ハンは来ていたマントを脱いだ。マントの中には様々な種類の刃物や鈍器、注射器などが隠されていた。
「……それで? どうするのよ」
「魔獣狂化! 暴濁破線!」
注射器を刺された魔獣達がボコボコと変形していく。
「はっはっはっはっ! これで終わりだ! お前がどれだけ強かろうとこの量の魔獣! さらには私の最高傑作である狂化薬があれば……」
「ライトニング・アロー!」
エリーナの放った弓は何本……何十本も分裂して大量の雷が魔獣達を焼き殺していった。
「稲妻……魔法、やはり持っていたか」
「最近手にしたばかりでね……いい的を用意してくれてありがとう」
ここまでは想定ないだ!
「魔獣が役に立たないなら私が戦うしかあるまいよ!」
「肉体強化! 発絶五五螺旋!」
薬を注射したハンの体がお腹の辺りから2つに別れる……。
「「どうだ! すごいだろう! こうすることで思考能力は2倍! 手も増えて攻撃手段も2倍だ! さらにこの薬は速度上昇も付いていてさっきまでの私とは比べ物にならないほど!」」
「うわ..きも」
……。
2人の間に沈黙が走る。
エリーナに悪意は無い……挑発をしようとかなにかの作戦とかそういうのは本当に一切ないのだ。ただガチでキモイと思ってしまっただけなのだ。
「……貴様ぁぁぁぁぁぁ! 私の作った最高傑作であるこの姿をキモイだと!? これだから野蛮なエルフは低レベルなんだ! 有り得ん! このような屈辱……貴様の命! いや……貴様の全てで償ってもらおうか! まずは指先の爪を1つずつ剥いで行き泣き叫ぶお前の顔をじっくりと観察し指を1本ずつ!」
「そういうのは勝ってから考えなよ……今私をどうこうする想像しても……興奮して戦いに集中出来ないよ」
エリーナの煽るような表情……仕草その全てがハンの沸点を最高のさらに上……もはや言葉では表せない程にまで引き上げた。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!」
人とは思えない叫び声を出しながら刀やモーニングスターを振り回しエリーナに突進する。
「馬鹿ねぇ……」
エリーナは弓をしっかりと持って弓矢を引く、そして丁寧に確実にハンの頭を狙い。
「射抜け! サンダー・ショット!」
撃ち抜いた。
小さな雷……ライトニング・アローと比べれば低威力に見えるかもしれない。しかしサンダー・ショットの怖さは威力を圧縮している点にある、ライトニング・アローは矢全体に雷を纏っているがサンダー・ショットは矢の先端にのみ雷を集中させている。その威力は本物の雷を100集めているのと同等で射抜いた部分は刺すというより溶けるに近い状態になる。
「ふぅ……」
狙いよりも3ミリくらいズレてる……私もまだまだね。
エリーナは弓を強く握る……その弓はエリーナが持っていた物よりも少し大きい。
ガロリア……もう後悔しない、ガロリアに助けてもらった命は絶対に無駄にしない。だから見ててガロリアの弓でこの国を守っている私の事を!
小さく泣き虫だったエルフの女の子の決意……エリーナの顔には弱かった頃の面影はもうない。