44話 ゴーロン村の戦い
……ここ最近毎日同じ夢を見る。
燃えた屋敷、母様の亡骸、そして。
私を責め立てる……みんなの声。
「休憩しようよ〜」
俺は先程まで見ていた書類を雑に置いてクイックに話しかけた。
「ノーチェ……まだ10分しか経ってないよ」
クイックは少し視線をこちらに向けたが直ぐに書類整理に戻ってしまった。
数日前フィデース村はフィデース信栄帝国として生まれ変わった。
その影響あってかゼーレスクダンジョンから取れる鉱石や最新武器の輸出が村の頃とは比にならないほど増えた。
国が豊かになっていくのは大変喜ばしいことなんだが……仕事も同じように増える。いくらクイックが手伝ってくれてるとはいえ昔みたいに遊んだり好き勝手する時間はなくなってしまった。
「も〜! 内政するために盟主になった訳じゃないぞ〜!」
「じゃあ何するんだよ……」
「むー!」
クイックが放った当たり前の一言は俺の心に深く刺さる。
「そうだ! 人手だよ! 人手が足りないんだ!」
この書類仕事を手伝ってくれる人が居れば俺に自由な時間ができるはずだ!
「そう言ってもエレナ達は城壁の守備、ガロリアは警備隊として見回り。俺たちの内政を任せるには信頼に足る人物が必要だ。その辺から連れてきた奴には任せられない」
「大体城壁の守備だってエレナ達でいっぱいいっぱい、相当無理させてる 」
「そんなこと……わかってるけど」
フィデース村が国となったことで周辺国家から攻撃される可能性が増えた今警備を緩める訳にはいかない……ってそりゃ分かるけどさぁ。
俺が大きな溜息を付くと同時に扉がバタン! と勢いよく開かれた。
「ノーチェ!」
そこには慌てた様子でこちらに向かってくるフィーがいた。
「どうしたんたい?」
「村が! ゴーロン村が!」
フィーは目に涙を貯めながら切羽詰まった様子で話を続けた。
「父様から……手紙があったの」
フィーが手に持っている手紙を机に置く。
……。
フィーへ
つい先日ガレオン獣王国から服従せよとの通達があった。
しかしながら我々は偽りの王が務める国の元に向かうことはできない。
恐らくだがガレオン獣王国は我々の村を消しに来るだろう。
けれど、フィーはノーチェ殿の元にいて欲しい、我々が起こした戦いに関与して欲しくないのだ。
フィーの成長と幸せを祈る。
ザック・サレリアル
「どうしよう! 父様が! 父様が!」
フィーはその場で泣き崩れてしまった。
「クイック……フィデース帝国の警戒を最大レベルに引き上げておけ、俺は今からゴーロン村に向かう」
「ノーチェ!」
「同盟国を放って置けるか、今回はいくらクイックでも止めさせないぞ」
クイックは少し口を開いたがすぐに閉じた。
「わかった。けど護衛としてエリーナを連れて行ってくれ」
エリーナってそんなに強かったっけ?
俺はそんなことを思いつつクイックの申し出を快諾した。
「時間が無いから転移で向かう、何かあればこれを押してくれ俺に連絡が来る」
これは緊急時遠く離れていても反応する無線みたいなものだ、本当は互いに話せるようになれば文句ないのだがさすがのドワーフ達もそれを作るのには時間が必要なようだ。
「行くぞ」
俺はそう言って2人の手を取りゴーロン村に転移した。
「ここが、ゴーロン村」
「……酷い」
エリーナは落ちていた人形を拾い上げた。
「父様!」
「フィー!」
俺は追いかけようとしたエリーナを止める。
「ノーチェ?」
「まずは状況の確認だ。周辺に敵がまだ居ないか確認する」
エリーナは人形をそっと地面に置いた。
「わかった!」
門は無傷か……恐らくだがあそこの壊れている柵から侵入したんだろう。
武器は……これか。
ガチャン
「ノーチェ……それ」
「毒が塗られてるな」
焦げたあとがあることから柵を炎系の魔法で破壊、村に侵入して住人を皆殺し……か。
だがそれにしては死体の数が少なすぎる。
どこかに隠れたのか? それとも村を捨てて逃げたのか……。
「ノーチェ!」
そこにはフィーとザックが立っていた。
「すみません、今はこんなものしかなくて」
ザックは俺達に水を出した。
「いえ、気にしないでください。それよりもこれは」
窓からは外の様子がよく見える……どれだけ酷いことが行われていたのかも。
「残りの獣人は私の家の地下に隠れていたから見つからなかったんです。ですが他の……」
ザックは悔しそうに顔を下げる
「……ザック殿、もし俺達に協力出来ることがあれば言ってください」
それを聞いたザックは顔を上げた。
良かった……少し明るい顔になった。
「恐らくですが獣王国は村の住人が少ないことに気が付いています。今は一旦引いたと思わせて再度攻めてくるつもりではないかと我々は考えています」
なるほど……ザック殿の言うことは的を得ている。
まずこんな遠くの地に兵隊を送るくらいだ敵地の偵察はしているだろう。
「そこでなのですが、残りの住民をノーチェ殿の村に置いて下さらないでしょうか」
「……そういうことなら構いません。後言い忘れていたのですが我々の村はフィデース信栄帝国と言う名前になったので以後お見知り置きを」
それを聞いたザックは頭を深く下げて小さく「ありがとう」と言っていた。
「転移の準備は整いました、しかし住民の数が少なくはありませんか?」
「それで間違いありません、残りの者はガレオン獣王国と正面から戦います。もちろん私も」
「それは……無謀ではないのですか?」
ザックが首を横に振る。
「わかっています。ですがノーチェ殿……私はこの村の長として最後まで戦わなければなりません。それに」
「?」
フィーの頭をザックが愛おしそうに撫でる。
「娘を預けられる方を見つけましたから」
「えっ!? 父様!」
フィーは驚いた様子で振り返る。
「フィーはノーチェ殿と一緒に行きなさい」
「なんで! 私も父様と一緒に戦う!」
「ダメです」
「なんで!」
フィーがザックに近付くとバチンと大きな音が鳴った。
「行きなさい! あなたはこれからも進み続けなければならない! こんな所で止まってはいけない!」
……。
「父……様ぁ」
「……ノーチェ殿。あとはお任せします」
ザックはそのまま兵士たちと歩き出して行った。
「父様! 父様! 待って! 置いてかないで! 私も一緒に!」
「ノーチェ……」
エリーナが心配そうな顔で俺を見る。
「行くぞ」
俺は隣に転がる兵士の死体を見ながら転移を開始した。
「父……様」
「エリーナ、獣人の方々を第……いやそういえば居住区はいっぱいだったな」
「えっ? そんなことないと思うけど」
「いや、最近新しい移民が来たんだ……そうだな獣人達は俺とクイックで何とかするから大丈夫だ」
エリーナは不思議そうな顔をして固まっている。
「あっそうだ、今日は産業地区について話したいことがあったんだ。後でガロリアとエレナを呼んでおいてくれるかな」
「……わかったわ! 会議室でいいのよね?」
「うん頼んだよ」
それを聞いたエレーナは元気よく走り出していった。
そして先程まで泣いていたフィーが俺の服の裾を掴む。
「ノーチェ……お願い。父様を……父様を助けて」
……。
「フィー……大丈夫俺は頼まれたから1度転移で村に戻っただけだ。獣人の対処と色々な準備を終わらせたらすぐに戻るよ」
フィーは流している涙を拭き取り「わかった!」と強く答えた。
「さて、それじゃあ行ってくる」
俺は産業地区にゴーロン村の獣人達を案内してそこで待機してもらうように頼んだ。
まぁ……広さ的には充分だろ。
「ノーチェ! 私も行く!」
フィーが俺を掴んで離そうとしない。
「……そう、だねそれじゃあ着いてきて貰おうか」
それを聞いたフィーは元気よく首を振った。
「さて! それじゃあフィーはあっちを見てきてくれるかな?」
「父様が向かった方だね! わかった!」
フィーはそう言い切る前に走り出してしまった。
「……さてと、じゃあ行きますか」
俺はそう言ってザックの家に向かっていった。