259話 ノーチェ・ミルキーウェイ
さくらとノーチェを巡って引き起こった戦争はノーチェとそのほかたくさんの兵士たちの命を失って終結した。ノーチェの遺体は未だに発見されていないが恐らくあの火山で起きた爆発はノーチェが起こしたものだと思われている。
戦争が終わり5年、六魔王、六王という名称は廃止。新しく十二天星という名前になった。しかし多くの王を失ったことでその椅子は空白も多い。現在はセナを中心にハクゼツ、ドル、ルル、シャネル、ドレス、ジャズなどが名前を置いている。
六魔王であったゼロは今回の責任を取り席を辞退、現在は世界各地を周り世界の安定を取り戻しているのだとか。レリアは戦いが終わった後も国の王であったが十二天星には入らないことを明言した。
フィデース信栄帝国はノーチェの遺言通りフィーが王となった。十二天星への合流も考えられているがフィーにそのつもりはないらしい。
俺とクイックはその後も国の補佐としての生活を続けている。エレナやエリーナも部隊を率いて国を守ってくれている。シャルに関しては戦いが終わった2年後に世界を見てまわりたいと言ってメア・トト、そしてガス・バンドを連れて世界中をまわっている最中た。時々来る手紙は俺たちの最近の楽しみになりつつある。
各国とは良好な関係を続けており特にセナの国とシャネルの国とは文化的交流や留学生の受け入れなどをしている。
自動人形達はノーチェが戦う直前に主人契約を解除したらしいがこれからも国のために尽くしてくれるそうだ。
世界は元に戻っていった。きっとこれからは平和な世界が俺たちを待っているだろう。……ノーチェという大切な人が居ない世界で。
「……」
「外なんて眺めてどうしたの」
ノーチェの椅子で外を見ていると後ろからクイックが声をかけてきた。
「いや、少しな」
ノーチェが居なくなったあともこの部屋は綺麗なままだ。テグが欠かさず掃除してくれている。……いつ戻ってきても大丈夫なように。
「今でも思い出すよ……ここで死にそうになりながら書類を片付けていたノーチェのことを」
クイックが何かを思い出すように机を触る。
「俺も思い出す……ノーチェに怒られたあの日を」
怒鳴られて大切だと言われた日
「……あぁ、ノーチェのことを怒ったこともあったよ」
もっと自分を大切にして欲しいと願った日
「ノーチェは本当に凄かったね」
「……あぁ」
もし叶うなら……もう一度だけ会いたいよノーチェ。
世界は安定を取り戻し平和になった。……いや仮にまた絶望という壁が現れてもあの苦難を乗り越えたみんななら突破することだって「できるはずじゃ……めでたしめでたし。とな」
「わー」
「パチパチ」
……
「いやぁ、随分良い物語じゃ……仲間は救われて世界は平和になった。ノーチェの犠牲で。めでたいのぉ、いや……ってんなわけあるか!!」
「ちょ! ちょちょ!! ダメですから机をひっくり返さないでぇ!!」
「離すんじゃハナ殿!! ワシは納得出来ん!!」
「大変だ〜」
本当に
「大変だ〜……じゃないわ! 元はと言えばお主の不始末で世界はこうなったんじゃぞ!」
「いやぁ〜耳が痛い」
「そうだよさくらちゃん! もっと謝るべきだよ!」
なんで……
「というかノーチェもなんとか言ったらどうじゃ!」
「うんうん、さすがに親友とはいえこればかりは庇えない」
「え〜、私殺されたんですけど」
こうなった。
「ははは」
俺は死んだ後お花が大量にある場所に飛ばされた。そこで待っていたのはリーベさんとハナさん、そして何故かさくら……話を聞いてみればあれから5年ほど経っているらしい。
「いや……というかお主! 自分は意味深な人物です〜みたいな雰囲気出しとったがただの従魔ではないか! 滅神エクテイト!」
「だってあの時はまだバラせなかったから」
クッキーと紅茶を運んでいるのはエクセイト、さくらの作った従魔で俺の体の1部になっていたとされる従魔……らしい。
「というかお茶を出せ! 紅茶ではないわ! 見りゃわかるじゃろ!! 明らかに和! 和な感じじゃろうが!」
「うぅ〜ごめんなさい〜」
リーベさんの暴れっぷりが酷い。
「はぁ〜……というかもっと言いたいことはあるのじゃ、ノーチェが元々男だったこととか」
「いやそれは!」
「ワシの裸を見て恥ずかしがっていた理由がわかったわ……まぁ時効じゃかな」
「ノーチェちゃんすけべ〜」
「変態さんだ〜」
この2人マジムカつく。
「ったく……俺は世界を救った英雄ですからね! 不始末片付けたの俺ですから!」
俺は出されたクッキーを頬張りながら言った。
「……確かにそれに関しては感謝してるよ」
「本当にごめん」
ハナさんとさくらが頭を下げる。また茶化されるかと思ったが思ったより真面目な反応に俺はなんだか申し訳ない気持ちになって頭を下げた。
「いえ……言いすぎました」
この2人だってあぁしたくてやったわけじゃ……ないもんな。
「……とにかくじゃ! 私はこの話が気に食わん!」
少し黙っていたリーベさんがまた話し出した。
「詳しくは何が気に入らないんですか?」
俺がそう聞くとリーベさんは俺のおでこを弾いて言った。
「いっ――」
「お主が報われておらん」
俺はその言葉に額の痛みすら忘れてしまった。
「報われてない……か。いえ、俺はみんなと会えただけで――」
「いや、報われておらん。お主はさくらの物語を終わらせただけで自分のことはまだ何も出来ておらん」
さっきまで騒いでいたさくらとハナさんもそれを聞いて黙って頷いている。
「確かに……1人の少女、1匹の蛇が犠牲になって世界が平和になった。聞いてみれば素晴らしいこと……なんと感動的なこと……と思えるかもしれぬが見方を変えれば世界を1人の少女、1匹の蛇に擦り付けたということじゃ」
……
「そんなものはハッピーエンドとは言わん。むしろバッドエンドじゃ……だってそうじゃろ? 本来世界とは生きるもの全てで考えていくもの、それを1人の犠牲で全て平和になったからよしなんておかしいじゃろうて」
さくらと書かれた本を置いたリーベさんに俺は話しかける。
「確かに……俺の目線で言えばバッドエンドかもしれません。でも俺は世界を滅ぼして仲間を失うことがバッドエンドだったんです。だからこの結末は」
「仲間というのは共にいる者の事じゃ、今のお主に仲間おるのか?」
共に……いる。
「おらんじゃろ、だって一緒に居ないのじゃから」
「それは考え方次第――」
「おらん……今のお主に仲間はおらん。仲間を失っておるではないか」
俺はリーベさんの言葉に……反論できなかった。
「いいかノーチェ、仲間というのは自分も入れなくてはダメじゃ、ノーチェが入ってから……それこそが本当の仲間なんじゃ」
本当の
「でも……死んしまったことには、どうしようもないかのぉ」
出されたお茶を飲みながらリーベさんが呟く。
「……いいんですよ俺はみんなが生きている所を見られただけで満足なんですから」
生きている……俺と時間を共に過ごしていた人達が生きている。それだけで俺はこの命をかけた価値があった。
「……」
「そうか、まぁお主が納得しておるなら……いややっぱりワシは無理じゃな、納得できん」
俺が納得してるのに!?
「それに会いたいじゃろ……なんだかんだ言って、あの二人と」
モヤのかかった映像越しにケルロスとクイックが見える。
「確かに会いたいです。でもそれはもうできない……俺は俺という命を代償にみんなのことを」
代償は俺の命……報酬は仲間達、ついでに世界。これ以上は何も望まないよ。
「……さてとそれにしてもここにはつまらん本ばかりじゃなぁ」
おもむろに立ち上がったリーベさんが奥の本棚を漁りながら言った。
「いやぁ……申し訳ない」
エクセイトが頭を下げる。
「確かにもう少し新しいお話が欲しいよね」
ハナさんまで立ち上がって本を確認した。
「うん、この本に新しい物語を作ることにしよう」
さくらが白紙のページをめくりながら言う。
「全く……誰が作るんですか」
俺もみんなのところに向かって白紙の本を確認する。その本の題名は……
「作者、ノーチェ。題名は転生先は蛇さんでした。じゃな」
「これは」
渡された本を見たあともう一度全員の顔を確認する。
「さくらの物語は終わりじゃ、ここからはノーチェだけの話じゃろ?」
「2作品目って駄作になりやすいって聞くけど」
「大丈夫……だって1部作である私を終わらせた人だから」
「そんな! でも」
俺の反応を見てリーベさんが優しく頭を撫でてくれた。
「そんな? でも? ワシらに申し訳ないとか思うとるじゃろお主」
リーベさんに心の底を読まれて静かに頷く。
「私達の物語は終わったんだよ……愛する者を探し続けた人、最後まで親友を信じられなかった人、自分を認められなかった人。それぞれが違うエンディングを迎えた」
ハナさんの言葉を続けるようにさくらが話す。
「貴方は私の物語を終わらせてくれた。だからこれからは自分の好きな物語を書いて欲しい。私たちはそれを楽しみに読んでいる」
さくらが俺の手を握る。
「ありがとう、貴方に出会えてとても嬉しかった。だからそんな貴女に幸せが待っていることを願う」
その言葉と共に俺の体から白い光が溢れ出した。
「まっ! 待って! 俺はまだみんなに」
「話ならお主が帰ってきた時にゆっくり聞くからのぉ……今はしばらく来るでない。それに面白い話というのは何十年もかけて探すものじゃ……帰ってくる時はケルロスとクイックも連れてくるんじゃな」
リーベさん……
「私たちはずっと待ってるから」
ハナさん
「さよなら私の英雄……ノーチェ、ううん……春坂 風乃さん」
さくら……みんな本当に
「ありがとう!」
俺の意識はここで途切れた。