255話 夜桜戦争・破綻
「……これで思い残すことはない?」
少しだけ頬の赤いケルロスが問う。
「ない!」
その問いに俺はブイサインをしながら元気よく答えた。
俺の返事に驚いた様子のケルロスだったがその後「ふふっ」と優しく笑ってくれた。
「じゃあ行くよ」
そういうとケルロスは俺の手を握った。
「転移完了」
「戦闘中にどこ行ってたの!」
俺たちを見つけたエリーナが怒りながらドカドカと歩いてくる。
「ちょっとナンパしてた」
「はぁ!? っていいから早く戦うよ!」
弓を構えたエリーナの顔つきはガロリアを彷彿とさせた。
「……よぉし! 最後にあれやるか!」
俺の大声に周囲に居た全員が驚く。しかし隣にいたケルロスと近くで魔法を放っているクイックだけは驚かずに俺の後ろに付いてくれた。
「魔王4人相手出来るやつにこれでいくの?」
「まぁやってみるってことだろ?」
「チームワークの力って奴さ! それに俺はこの3人で戦えるならどの魔王よりも強いって自信がある!」
俺達はほぼ同時に「ははっ」と笑った。
「右!」
「わかってる!」
ケルロスが俺の声と同時に右側に走り出す。クイックは何も言われないまま真正面に向かって走っていった。
「アクア・ドラゴン!!」
俺はさくらに魔法をぶつける。しかしその魔法はぶつかるよりも前に軽く弾かれてしまった。
バシャッ!
「フローズン・ロック!」
氷の道だ! これは前にも似たことやったけど!
さくらは氷の上を走っている俺に注意を払い火炎攻撃をぶっぱなしてきた。
「今!」
「溶岩落とし!」
シュッ!
読まれてたか!
「でも! まだまだ!!」
さくらの真後ろに立ったクイック、避けられた攻撃は全て俺に向かっている。
「支配者!」
クイックの魔法権限を俺に移行する! さらにその魔法に風と炎をぶち込んでやれば!
「溶岩炸裂破!」
カチャン……
「遅い! シャーベット・ロープ!」
俺のいる氷の道の全てに支配者で魔力を巡らせている。近くにいるさくらの刀を凍らせるくらい難しくない!
「完璧だよ2人とも!」
そして右から空に飛んでいたケルロスの
「白狼一閃!!」
「怨嗟――」
「怨嗟王!!」
狼の姿になったせいで後ろに乗っていたシャルに気が付かなかったな。
「ッ!」
パキッ!
手ごと凍らせたのに無理やり!?
「やっぱり必要だったでしょ援護」
「合図送っといて良かったよ!」
俺は横を高速で飛んでいくエレナにそう言った。
「そうだったな〜」
「私は気付いてたから!」
そしてその背に乗ってるのは。
「乱舞猫咲!」
「震電轟轟!!」
俺の自慢の友達だ。
真っ赤な魔力と黄色の魔力がさくらの手を射抜く。防御不可となったさくらの頭上にはケルロス全力の一撃!
「……支配者」
ッ! そいつも持って――
「させねぇよ……操演者」
ゼロがいつの間にか俺の作った氷道を渡りさくらの後ろに付いていた。
「ッ!?」
「終わりだよ……さくら」
「行けぇ!! ケルロス!!」
「うらぁぁぁぁぁぁ!!」
バコンッ!!
直撃した……さくらはそのまま地面に。
「ノーチェ」
「……わかってる」
セナと一緒にゆっくりとさくらに近付く。ダメージとか色々なことを考えればいつ倒れてもおかしくない……でもそれは常識が通じる相手という前提がある。要するにこの人には。
ガラッ
「やっぱり」
「そんな気はしてたよ」
まだ足りない。
「ゼ――」
「もう……終わらせよう」
ゼロを呼ぶより早くレリアがさくらに突っ込んでいった。
「ゼロ距離射撃……天雷鳴翔!」
パリッ!
「黄色の鋭い魔力」
「でも」
あの距離での矢を素手で掴むかよ。
「ッ!」
ガシャン!!
「ノーチェ……」
「いいから早く下がって! 結構ギリギリなんだから!」
さくらの刀を防げたのだって奇跡だ。もう俺に戦う力は……。
「覇突流! 炎狐朱天!」
セナの不意打ち攻撃、タイミングは完璧だった。それに俺の顔スレスレを狙う正確さも良かった。しかし
「くっそ!」
空いてる手で止めやがった。
「本当にあんたと戦ってると自尊心折れるよ!」
セナがそう言って蹴りを入れる。俺はそれと同時に刀
弾き後ろに下がった。
「さくらの頑丈さが想定以上だ。というか血は流れてるがあいつに死って概念あるのか?」
「わかんない……ゼロ曰く一応生き返ったとしても死ぬことはあるらしいけど」
じゃあ単純にさくらが強いだけ……か。
「これだけの人数を集めて戦ってるのにこのザマか。本当にきついなぁ」
「あんまり弱音吐かない方がいいわよ〜」
エレナが綺麗な羽を畳みながら言った。
「そうだな」
「傷が治ってる様子はない。単純にタフって言えばそうだけどなにか別の要因があるような気もするわ〜」
口調はふざけているがさくらから全く視線をずらさないエレナを見て俺はその真剣さを感じ取った。
「……別の要因」
回復はしていない。でも明らかにダメージは入ってる。だいたい魔王4人の攻撃を受けてもまだ戦えてるとかおかしいだろ。
「恐らくだが……さくらが死なない原因はお前だ」
「……そうか」
俺は後ろにいるゼロのことを見もせずに答えた。エレナは若干嫌な顔をしていた。
「ノーチェが原因ね……恐らくって話でしょ? 根拠がないなら」
「ほぼ確実だ。恐らくって言ったのは今ここでその証明ができないってだけであって――」
「どうすればいいのかを端的に教えろ」
ゼロは少しだけさくらを見てから答えた。
「今この世界にはさくらと呼ばれる存在が2つある。1つは今戦っているさくら、そしてもう1つはノーチェ……お前の中にあるさくらだ。さくらが死ぬということはその存在が無くなるということになる。故に……」
「……確かにおかしいとは思ってたんだ」
俺の言葉にゼロは何かを感じたのか少しだけ目線を逸らした。
「こんなボロボロで、体力も魔力も残ってなくて。致命傷を避けたとはいえ戦い続けて数時間……出血だって笑えないレベル。なのに俺はまだ生きている」
貫かれた腹、そしてそこから流れる血を触り自分の体がどんな状況か改めて体感する。
「俺とさくらは一心同体、相手が死ななければ死ぬことは無い。……同時に死ねば良いわけだ」
はぁ〜あの化け物と同時? 無理ゲーじゃん。しかもみんなにお別れ言う暇も……いやもう言ったか。
「じゃあやっていこうか」
刀に付いた血を払いさくらを見る。戦いの最中だったが俺はさくらと目が合った気がした。そしてさくらが驚きの行動をした。刀で自分の肩を斬り裂いたのだ。
「何を」
エレナが驚いている中俺とゼロは冷静にそれを観察していた。そして俺はそれが何を示しているかを記憶で知っていた。
「お前も本気なんだな」
世界を焼き尽くした本当の力……さくらの切り札、桜颪。
「土流瓦骨!」
ガラガラガラガラ! バコンッ!!
「……」
「ちっ!」
さっきから攻撃が効いてる気がしない! ケルロスの攻撃も避けられるか当たっても涼しい顔して反撃してくる。それにあれはなんだ……分裂した? でも本物はわかる。魔力量の差が歴然だ。
「ルミナス・レイン!」
「炎日!」
それに本物はシャルとフィーの連携攻撃を受けてる。
「ブロック・ストーン!!」
しかし分身は倒せても本物は石の塊での質量攻撃も刀で全部バラバラにされる。
「……」
「ッ!!」
本物!? 一瞬でここま――
「不達領域」
「ケルロス!」
「油断するな!」
「すまん!」
ケルロスのカバーがなかったら危なかった。とにかく今は闘うしかないみたいだし何も考えずにさくらのことを――
「ありがとうクイック……もういいよ」
「ノー……チェ」
俺はノーチェの声に一瞬驚きと喜びを感じた。しかしノーチェの顔を見て直ぐにわかった。そして……
パシッ!
頭で考えるより早く体がノーチェのことを止めていた。
「クイック?」
「ごめん……でも最後になる気がして」
「……」
なんでそんな悲しそうな顔するんだよ……それじゃあ本当に。
「行く……のか」
「うん、みんなのため……そして俺のために」
今俺ができること……。
バシッ!
「クイ――」
「行ってらっしゃい!」
俺はノーチェの背中を強く押して笑いながら言った。するとノーチェは驚いた顔をしてから直ぐに嬉しそうに「行ってきます」と答えてくれた。
「……」
あぁノーチェの背中が遠ざかっていく。これで最後なんて本当に理不尽だ。……世界はどうしてこんな結末しか用意してくれないのだろう。俺が死ぬだけで済むならどれだけ嬉しかったか。
「本当にさよならなのね」
後ろでエリーナが呟いた。
「そう……だね」
「……でもなんででしょうね、あの背中見たら安心した。真っ直ぐ走っていくノーチェを見てたら……とても安心したの。まるでお前達もこんな風に進んでいくんだぞって言ってるみたいで」
背中……俺達はいつもノーチェの背中を見ていた。とっても優しくて頼もしい背中。あぁノーチェ、俺はまだ君に何も出来てないよ。
「……そんな顔しない。主人の最後の覚悟を無駄にしないのが配下の役目でしょ?」
エリーナの言葉を聞いて俺は剣を抜いた。
「そうだね、ノーチェのために頑張ろうか」