254話 夜桜戦争・我儘
ここまで……さくらが刀を振り下ろせば俺の物語は終わる。まぁ結構消耗させたしこれならあとはみんなで。って無理だよなぁやっぱり。
「っ……うぅ」
俺は全身に力を入れて何とか体を起こす。起き上がろうと地面に手をつければ手が痛み、腕に力を入れれば切れたところから血が溢れ出る。体を支える足にも斬られたあとが多くガクガクと震えている。腹に空いた穴からは気絶しそうな程の鈍痛が響いている。
「長くは持たない」
言葉にしなくてもわかってたはずだ。さくらと戦うってことがどういうことなのか。
ポタッ……ポタッポタポタ
「お前は……絶対道連れにする」
仲間の為に……犠牲を払ったこの戦いのために。俺はさくらを倒さないといけないんだ。さくらを倒すことがみんなに死んでくれと言った俺のできることだから。
ガシャン!
刃がぶつかり火花が飛び散る。刀を握る右手にはほとんど力が入っていない。左手の方も魔力が尽きそうなのか溶けてきている。
ズルッ!!
足元に血溜まりが! こんな時に!!
さくらがこの隙を見逃すはずもなく。
スッ!
首に……氷結魔法じゃ間に合わない! これ死――
ガチャン!!
「ゼロ!?」
「……」
俺の首と刀の間に剣を入れてさくらの攻撃を防いでくれたのか。
「お前」
「色々考えた……目の前の化け物のことや俺の愛した人のこと……世界のことに、化け物になり損なった者のこと」
ゼロがチラリと俺を見る。
「そしてやっぱり俺はさくらという存在を許せないと思った。ハナさんと仲の良かったさくらを羨ましいと思った」
お前の根本にあるのはさくらに対する嫉妬。ハナが見ていたのは最後までさくらであったという事実とその心を理解してゼロはそのぶつけることの出来ない怒りをさくらにぶつけている。
「……しかし俺は裁く者。世界の滅びが来ている今、個人的な感情で落ち込んでいる場合ではない」
「それにしては随分と立ち直るのに時間が掛かったな」
「あぁ、そうだな。だがそれはお前もだろ?」
さくらの刀を弾きながらゼロが聞いてくる。俺は弾かれてがら空きになったさくらの体に刀を振りながら答えた。
「俺はまだガキなんだよ!」
ガチャン!
「ホワイト・アース!」
神聖魔法……ゼロがそれ使ってるのはなんだか気持ち悪いな。
「くだらないこと考えてないで前を見ろ! 来るぞ!」
「フローズン・キャット!」
空中で体を捻って避けやがった! 本当にどこまでも!
「スター・レイン!」
ゼロの攻撃もギリギリで避けられている。さっきのダメージが本当にあるのか疑いたくなる。
「……ノーチェお前はさくらの意志とは関係なく今の選択をしているんだよな」
「はぁ!? お前それ今聞くことか!?」
全力でさくらの攻撃を避けている最中だけど! 馬鹿なのあいつ!?
「いいから答えろ!」
「ふざけんな!」
レオも戦いながら聞いてくるがなんであいつはあんなに受け答えできんだよ!
「そうだよ! 俺の意志でここにいる! てか……さくらの記憶見る前から仲間には死んで欲しくないって思ってたよ!」
「……そうか、やはり俺の目に狂いはなかった。お前は異常者だ……間違いない」
「戦いの最中に戦意削ぐのやめてくれる!?」
ガシャン!
こっちはさくらの猛攻を刀1本で防いでんだぞ!
「間違いなかったが……お前はさくらと違って自分の欲を言えたんだな」
「なに……言って」
さくらの刀を弾いて振り返る。ゼロが見ている方向の先には俺が良く知っている奴らが並んでいた。
「珍しく時間かかってるな」
「助けに来た」
「あっちは片付いたよ〜」
「ふふっ……あとはその人だけ」
「ノーチェ!」
「私も戦えるぞ〜」
みんな……馬鹿が、戦いが終わったら全員国に戻れって言ったろうに。
「お前ら――」
「いいだろ? 仲間が助けに来てくれたんだ。素直に感謝しとけよ」
「セナ!?」
いつの間にか動けているセナ、その奥にはレリアが立っていた。
「負傷者は運んだ……これで遠慮なく……戦える」
なんだよ……どいつもこいつも、俺一人じゃ心もとないってことか?
「ったく……お前ら本当に言うこと聞かねぇよな!」
ガシャン!!
痺れを切らしたさくらの斬撃を防ぐ。体力も魔力もあんまりないけどみんなの顔を見られて少し元気になれた。
「……気合い入れてけ! これが本当に最後の戦いだ!」
「「「「「「おぉ!」」」」」」
「レリア!」
「幸福時間」
ゼロが叫ぶとレリアの魔法が発動された。大きな魔法陣が俺たちを囲んだと思ったらそこから黄色と緑の光が溢れ出てきた。
「これは」
痛みが引いていく。それに魔力と力が。
「これでもう暫くは持つはずだ!」
「そうかい! ありがとさん!」
これはありがたい。
「アイシクル・ショット!」
ッ! さすがに避けられるか……魔力は多少回復したが精度だけは疲労とかも影響するからなぁ。
「ホープ・スラッシュ」
「メテオ・クラッシュ!」
ケルロス!? クイックまで!
「援護はやる!」
「てかそのために来たから!」
シュッ!
さくらの魔法! 一瞬反応が!
パシュン!!
「ノーチェの後ろは私が守る。だから安心して前に向かって言って」
「そうそう、エリーナの言う通り……ここは私たちに任せて行きなさい」
「先に言わないでよエレナ!」
「ごめんなさいねぇ」
さくらの放った攻撃はゼロや国のみんなが止めてくれている。なら俺は!
「そうなると思ったよ!」
俺が顔を上げると目の前には手を伸ばしたシャルがいた。
「シャル」
「私もいるよ!」
シャルの影にはフィーが立っていた。
パシッ!
俺は2人の手を取って感謝を伝えることにした。
「2人ともありがとう……ここまで戦ってくれて。そしてごめん! 俺は」
そこまで言うとフィーが優しく微笑みながら俺に言った。
「前を見る! 私たちを導くんでしょ! なら最後まで導いて!!」
俺はフィーの全力の一言に力ずよく頷いて答えた。
「氷縁華!」
斬った! 肩から腰にかけての深い斬撃! 致命傷に!
「油断するなノーチェ!」
ゼロの言葉に反応して俺はさくらの持つ刀に目を合わせる。しかし手は動かない。違和感を覚えた次の瞬間……よく知った男が俺の事を抱きしめていた。
「ケル――」
「下だよ」
ケルロスの一言で下を見る。するとそこには禍々しい色をした無数の槍が用意されていた。
「転移!」
ケルロスが叫んだのとほぼ同時ぐらいだったと思う。大量の槍が俺の居た場所を貫いた。
「危な」
「良かったよ……いや良くないな。こんなボロボロになるまで助けに来れなかったんだから」
悲しそうな顔をしたケルロスを見て俺は心がキュッとなった。
「問題ないよ……まだ戦えるから」
左腕の震えをどうにか止めて笑みを作る。自信が無いとかそういうのじゃない……もう体が動かないってのが近い。立ってるだけで足の裏すごく痛いし目も霞んでる。ケルロスの顔以外全く見えないってくらいだし。
「とりあえずみんなのおかげて攻撃が入りつつある。このまま戦えばさくらのことを」
「……わかってる」
強く握られたケルロスの拳……そこからは血が垂れていた。俺も逆の立場ならそうなると思う。自分の好きな相手がこんなボロボロになってまで戦ってる。しかもこの戦いが終わって待ち受けているのは死というエンディングのみ。というか俺なら今すぐにこんな戦いから逃げて一緒にどこかとか言い出す。
「……ごめんね、辛いよね。こんな所見られたくなかったんだけどやっぱり最後はみんなに頼るようなんだ」
俺の一言でケルロスが顔を上げた。
瞳に映る俺は酷い有様で目に生気はなく、顔中泥だらけ……体も服も血塗れだった。
「俺はこの戦いで死ぬ。いくら辛い思いをしても痛い思いをしてもどうせ死ぬからって割り切って戦ってる。だから自分が傷付くのに躊躇いは無い。でも……ケルロスとかクイックとかにこれを見られるのはとっても辛い。2人の顔を見れば死にたくないって思うし、なんでこんなことにってずっと思っちゃう」
戦いの最中だ……もう終わりにしないと。
「だけどね、それと同じくらい2人が居てくれてとても嬉しかった。来てくれてとっても……」
最後に2人の顔を見れて良かったなぁ。
「……いっぱいわがまま通してきたけど本当に最後のわがまましていい?」
俺の問いにケルロスは黙って頷いてくれた。
「ありがとう」
そう言いながらゆっくり俺はケルロスに近付き腰に腕を回してから……唇にキスをした。
「これで最後だ」
人生最後となるキスは血と土の味だった。