252話 夜桜戦争・天秤
「なんで! あと少し魔力を込めて攻撃すれば殺せただろ!」
あぁなんて酷い。
「お前は昔から一体何を考えてんだよ!」
こんなこと。
「お前は!」
本当に無様だ。……でもまだ諦められない。
「私がカーティオを殺す理由がない。元々さくらを留めていたのは私……こうやって利用されるのも薄々わかっていた」
「なら……どうして」
カーティオの質問に私は自分の手を見て答えた。
「ノーチェだったから。ただこれだけ……ノーチェじゃなかったら私も貴方と裏切っていたかもしれない。本当にただそれだけ……些細なことなのよ」
もしかしたら私がカーティオの立場だったかもしれない。そう思えるくらい私はさくらのことを。
「……結局さくらに狂ってたのはお前だったのか」
「そうかも……いいえそういうことなんでしょうね」
最初ノーチェに呼んで貰った時はラッキーだと思った。またさくらの隣に立てるって……でもノーチェは私が思っていたよりもさくらにそっくりだった。……ノーチェは昔のさくらを思い起こさせた。楽しかった記憶、辛かった記憶、悲しかった記憶。そしてそれを全部思い出した時……自分の身勝手さを呪った。
「ノーチェはさくらじゃない! 私達が利用していい人じゃなかったんだ!」
「じゃあなんで今まで3000年も繰り返し続けた! 俺達のやったことは……俺達がやってきたことは! 死者への冒涜だ!」
カーティオの叫び声に私は言葉を失う。その通り……全く言い訳も反論もない。
「そうよ、死んださくらを利用した最悪の繰り返し……さくらの魂だけでは足りないのを他人の魂で補い体を作る。そんな最低なことを私たちは3000年繰り返した。そして今……3000年の年月を経てやっとさくらのことを理解出来る人が現れた」
「それがあいつだってのか」
「……」
「呪いのことも……何もかも全部知った上で今まで色々やってきた。世界を燃やし尽くすリスクを背負った上でさくらという存在を世界に留まらせた」
魔力が戻ったのかカーティオが立ち上がる。
「俺達のエゴでさくらを傷付けた……そしてやっとさくらが本当に復活出来ると、希望が見えた今! ここで!! お前は俺の邪魔をするのか」
今のさくらは世界を焼き尽くす為だけに生きる化け物……でも一つだけさくらを本当の意味で生き返らせる方法がある。それはノーチェをさくらの中に入れること。さくらの記憶、そしてノーチェが理解したさくらの性格や意志をさくらに入れれば私たちのさくらが帰ってくる。……ノーチェと引き換えに。
「貴方がゼロにノーチェがまだ必要と伝えたのはそれを実行するため……さくらを、本物のさくらを蘇らせるため」
「そうだ! 今ならまだ間に合う! ノーチェを利用してさくらを蘇らせられる!! 手を取ってくれペスラ! 俺と一緒に……俺達の母を取り戻しに行こう!」
覚悟はしていた。こういうことを言われるということも。私は今……自分の母親と自分の主、どちらを選ぶのかと聞かれている。カーティオは母を選んだ……私は。
「どの道ノーチェじゃさくらには勝てない! なら俺たちでさくらの中にノーチェを取り込めば酷いことも起きない! ハッピーエンドだ! ケルロスやクイックは色々と複雑なことになるだろうがそれはそれで――」
「ごめんなさい……とても魅力的で最高の提案だけど断らせて貰うわ」
私の一言にカーティオが固まる。
「……なんでだ、どうしてノーチェを選ぶ……なんで!」
カーティオが私のことを殴る。その衝撃でバランスを崩してしまい私は勢いよく地面に激突してしまった。
「あんな奴どこにでもいるだろ! 適当に見つけた他人のことに執着するなって! さくらは俺たちを作ってくれた創造主だ……母親だ! ノーチェって存在はさくらじゃないんだよ! 早く目を覚ませ!」
怒り……と言うよりは悲しみを感じる声。
「……さくらのことを私達は理解出来ていなかった。ノーチェはさくらのことを理解した上で今の選択をした。過ごした年月とかそういうのじゃない。……ノーチェは、いえ……春坂さんはさくらのことを理解出来る、狂った人間だったの」
自分のことを大切に思っていない。なのに他人が不幸になるのは嫌だ。本当に大切な人は自分の命に変えてでも守りたい。さくらの意志もあってあそこまで過激になった感じはあるけれど……その根本は春坂さん自身の性格。
「じゃあなんだ……さくらは死を望んでいるとでも? ノーチェはそれの手伝いをしてるって……そう言いたいのかよ」
私は黙ってコクリと頷いた。
「そんなはず!」
バタッ!!
「くっそ! 動けよ足!! 早くさくらの所に! さくら様の所に行かないと!」
「……ノーチェじゃさくらには勝てない、さっきそう言ったわね」
「は? あぁ! 確かに言った! このままじゃノーチェが殺されて誰も止められない化け物が世に放たれる! その前にノーチェをさくらに取り込めば!」
「多分……ノーチェは勝つ」
私の強い言葉にカーティオは一瞬言葉を失っていた。
「なんでだ……何がお前をそこまで変えた! どうしてノーチェをそんなに信じる!」
信じる……あぁそうか私は信じたんだ。
「私はノーチェに頼られた! ノーチェは私達を信じてる! そして私達もノーチェを信じてる! だから私は今ここで貴方と戦ってるの!」
「信じてる? そんなものがなんになる……全ては力と策略だ! ゼロを利用してここまで来た! あとは俺達のが少しだけ動けば3000年間願い続けた希望が……現実になるっていうのに!」
「……さくらはいつも私たちの前に居て頼りになった。なんでも出来て頭も良くて……とっても強かった。でも最後の最後まで私達のことを戦わせてくれなかった。私達を信じていなかったわけではないと思う。でも私は主に従う存在……誰かに頼って貰わないと、存在する意味が無い」
「なっ……」
私達は従う者……主に必要とされなければ、さくら様に作られた意味が無い。
「私は主であるノーチェ・ミルキーウェイに従う! 主が私を信じてくれるなら……私は主を信じる!」
これが……私の言いたかったこと。これ以上はもう何も無い。
「そうか……なるほど、少しだけわかったよ」
カーティオはそういうとゆらりと立ち上がった。
「……この魔力じゃどうしようもない。体力もない……そしてお前は俺の命すら奪ってくれない」
チャカ!
「カ――」
「来るな!」
カーティオの叫び声に体が止まる。
「ここまでやってといて生きている訳にはいかない。それに主を信じるのが俺達なら主を裏切ったならそれ相応の罰が必要だ。……俺はノーチェを殺そうとした、だから俺は自らを殺す」
この距離じゃ防げない……でもここでカーティオが死ぬのは何かが間違ってる。だって、こういったら貴方は怒るけど……私たちだって被害者なんだから。
パンッ!!
私の考えも虚しくカーティオは銃の引き金を引いた。
「……まぁ待て、お前は直ぐに頭に血が上る。少しは大人になったかと思ったけどなったなかったな」
「ポーネット!」
「はーい、喧嘩はおしまい……」
「ボマーまで」
全ての従魔が揃った……。
「お疲れ様2人とも。というか助けられなくてごめん……ポーネットが行くなって言うから」
「言いたいことがあるならはっきり言うといい」
「ポーネットが行くなって言いました!」
「そうだな」
みんな……見てたのね。
「見てたならなんで止めた!」
カーティオが叫ぶ。しかしポーネットが落ち着いた様子で答えた。
「意味が無いからだ。お前が死んでもさくら様は生き返らないしノーチェ様が勝たれることもない。ならお前には生きて貰っていた方が何かとメリットが多い」
相変わらず打算的なやつ……でも一理ある。
「……なんだよそれ」
「それに……バカが1人居ないと静かすぎるだろ」
ポーネットの一言でカーティオが顔を上げる。
「わかった……生きてできる限りのことをする。とりあえず今はノーチェの手助けに」
「いや……それとこれとは別の話だ」
他の従魔達がスっと目を逸らす。
「さくら様とノーチェ様……我々の主は今二人いる。そしてペスラのようにノーチェ様を信じたいと思っているもの……カーティオのようにさくら様を信じたいと思っているものがいる。ここで俺達の意見が別れて戦うのは避けたい。そこで俺達が取るべき行動は傍観だ」
その言葉に私は口を開いた。
「なんでよ……この戦いさくらが勝てば世界が滅ぶ! ならノーチェに力を貸すのが最も」
「そうだ……それが最適解だ。しかしそれは我々の母を殺すことになり……その後助けたノーチェ様も殺すことになる」
当たり前のことを淡々と話すポーネットに苛立ちを覚えた私は声を少し大きくして言った。
「そんなことわかってるじゃない! それでもノーチェを助けてさくらのことを!」
「……ボマー、お前はあの戦場に行ったらどうする?」
「うーん、ノーチェの仲間になるかなぁ」
「シャドルバー」
「さくら様を助ける」
「なっ!」
私の反論をポーネットが止める。
「これが現実だ」
「なんで! どうしてよシャドルバー!」
「……俺はさくら様に殺されるならそれでいい。でもさくら様を殺すのは絶対に許せない」
シャドルバーの目は……本気だった。
「そういうことだ……俺達があそこに行けば無駄な死者と時間が増える。ならばここで見ていた方がいい。それにこれはペスラ……お前が勝ったから決めたことだ」
「どういう……こと」
「カーティオが勝てば俺たちはあの戦いに参加していた」
ポーネットがメガネを上げて言う。
「私が負けたら……」
「……理由は簡単、そうすればさくら様の有利な状況になるからだ」
「有利」
「さくら様は体力も魔力も化け物クラス、持久戦になればノーチェ様とて勝てない。そこに我々従魔が加われば戦いは泥沼化する。要するに我々が戦わないことこそがノーチェ様の勝機……有利になるんだ」
……見ていることしか出来ない。
「……辛いのは全員同じだ。だからまぁ……2人の主の行く末をしっかりと見守ってあげましょう」
……ポーネットの顔はいつも通りの優しい顔つきに戻っていた。