242話 第二次天闇戦争・隔意
「……残念、あんた程度のスキルが私に通じると思った?」
ハレンはニヤニヤとバカにした様子で言った。
「無理でしょうね……貴女を完全にコントロールするなんて」
「……あは、わかってるならなんでそんなことしたの〜? 魔力の無駄使いじゃん、あっそれとも希望に掛けてみたとか? 本当に先輩と言いゼロと言い希望とか好きだよねぇ……あんなん弱者が作った戯言だってのに」
「随分とよく喋るわね……六王を2人殺せたのがそんなに嬉しいの?」
私の言葉を聞いたハレンが乾いた笑い声を上げてから真っ直ぐとこちらを見つめた。その目は酷く冷たく昔の私なら飛んで逃げていたと思わせるほどだった。
「まぁいいさ、どうせ現実はひっくり返らない。このままあんたを殺して……」
「六魔王を殺して自分の望む世界に?」
「……」
「あら図星? 適当に言ったつもりなんだけど」
ハレンは静かにナイフを取り出して微笑んだ。
「正解……さっきの発言かな、まぁゼロのことをバカにするようなこと言ったし分かるよね。まぁ私としては先輩が勝ってもゼロが勝ってもやることは一緒だからいいんだけど」
「そう……でもその前に私を倒すんでしょ? できるなら早くやりなさい」
「……うるさいなぁ、君こそよく喋るじゃないか。それとも鳥だから3秒経つと直ぐに忘れちゃうのかな?」
「それを言うなら3歩歩くとよ」
私がそう言い切る前にハレンはナイフを投げつける。しかし手に持ったナイフはハレンから離れることはなかった。
「なっ!」
「……」
ハレンはもう片方の手で一生懸命ナイフを外そうとするがナイフは愚か指すらもぴくりと動かない。
「まさか……さっきのは!」
「やっとわかった? 私がさっき奴隷にしたのは貴女の右腕よ」
そう言って私はハレンの右腕を操る。ナイフを握られた手はゆっくりと首へと近付いている。
「あんた……最初からこれを」
「そうよ、私の力じゃ魔王を操るのは不可能だからね……でも体の一部なら私だって操れる。」
それでも相当な魔力を持ってかれてるけど。
「まぁ……右腕が使えない位でなんてことないけどね」
ハレンは右腕を掴む。ギリギリと力を入れると手首の辺りからバキッと音がなりナイフは地面に落下した。
「貴女……手を」
「このくらいで勝った気だった? あんたの目の前にいるのは先輩……いやノーチェと同じ魔王だよ」
「ッ!」
「遅い!」
バキッ!!
反応が遅れ――
「あばら骨逝ったでしょ……まぁそのまま倒れときなよ、楽になるから」
ハレンはそう言ってその場から立ち去ろうとする。私は羽に力を入れて攻撃をした。もちろんボロボロの体じゃまともな攻撃にはなってないけどね。
「大人しく寝てればいいものを」
頬に付いた傷を軽く触り血を拭き取る。傷を付けられたことに怒っている訳でもない……あれはただ邪魔な無視を踏み潰そうとしている奴の目。
だから私は……そこに勝機を見出した。だってその辺にいるハエ、森の奥で蠢くムカデ、散歩中に見かける蜘蛛……そいつらを全身全霊を込めて殺そうとなんてしない。必ず慢心が生まれる、ハエもムカデも蜘蛛も……侮ると酷い怪我をすることがあるって言うのに。
ザッ!
「……? は?」
「魔王でも……毒は効いたみたいね」
「あんた」
でも魔王……毒が効いても意識はあるしゆっくりだけどこっちに向かってきてる。はぁ〜本当に勘弁して欲しい。この毒はケルロスですら動けなくなったのに。
「でも甘い……この毒、動けなくするだけで死に至らしめるものじゃないでしょ」
「よく……わかったわね」
「そりゃねぇ……痛み方でわかる」
それを聞いた私はゆっくりと立ち上がる。そのまま1歩ずつ確実にハレンに近寄っていった。
「……」
「……」
ザリッ!
私とハレンは手を伸ばせば触れられる程の距離になってから動きを止めた。
片方は毒に侵され弱った魔王、片方は魔王の一撃をくらい骨を折られた鳥。飛ぶことすらできない折れた羽は戦いの凄惨さを表していた。
「……最後にする」
「わかったわよ……早く来なさい」
「相変わらず生意気!!」
バキッ!!
最初の一撃はハレンのパンチだった。私はその攻撃を羽で抑えて蹴りを入れた。しっかりと腹部に一撃を与えたがハレンはそのまま私の顔面目掛けて拳を差し込んだ。
「ぐっ!」
「ッ!! うらぁ!!」
ハレンの手が折れてるのが救いになってるけどそれでもギリギリ……それに私も左の翼が折れている。さっきから殴るにせよ守るにせよ激痛が全身を襲ってくる。もう泣きたいし逃げたい。でも……声が聞こえるの、「まだやれる」って。
「クソ! 早く倒れろって雑魚が!」
「そんな簡単に負けられないのよ!!」
体が痛い……殴る度に血が飛び散ってく。真っ黒な羽が血に染っていく。服にも血がベッタリ付いてるし……着替えないとなぁ。
「はぁ……はぁ……あぁ! ごふっ!」
「がふっ! ッ!」
一瞬の隙を狙って!
バコンッ!!
「はぁ……これで、いいでしょ。もう立ち上がらないでいいでしょ!」
「悪いけど……倒れないし負けない。それに友達の為にここに来てるから、生き様を見せてくれた人達がいるから、死んでも私は貴女を倒す」
ボタボタ……ピチャピチャ
顔をあげようとするが口から血の味がしてそのまま全てを吐き出そうとする。しかし思っていたよりも血が多く鼻からも溢れてきてしまった。
「……酷い有様。そこまでして立って何になるの? 自分の為に戦ってる訳でもないのにどうしてそんなに前を見るの? 意味がないと思わない? そんな血だらけになって戦って痛くて痛くて辛いのにどうしてそんな――」
「貴女と戦って1つわかったことがあるわ」
「何が」
「貴女……自分のことが嫌いなのね」
ハレンはその言葉を聞いた瞬間に怒りを露わにして全力で殴りかかってきた。
「ッ! くぅ」
重い、でも頭に血が昇って攻撃が単調になってる。これなら!
私はハレンの拳を翼で包み込むように抑えてから反対の羽で顔に目掛けて強烈な一撃をぶつけた。
「っあ!!」
ザッ
「はぁ……はぁ」
「なんで」
「……?」
「なんでそんな立てるのよ! どうして他人の為に戦えるのよ!! 人のことを信頼するってどうすればいいのよ!」
ハレンは涙を溢れさせながら叫ぶ。私はその質問に真っ直ぐハレンのことを見て答えた。
「わかんないわね」
「は?」
「いつの間にか信頼してた……いつの間にか大切になってた。いつの間にか命を賭けて護りたいと思っていて、いつの間にかその人の意志を無視してでも助けたいと思っていた」
いつの間にか……キッカケはあの出来事だけどどうしてノーチェのことをあそこまで信じて、自分の命を投げ出してまで助けたいって思ったのかは自分でもよく分からない。というかついさっきまでノーチェの為に命を掛けるっていうのは怖くて出来ないかもって思ってたしね。
「でもまぁ多分信頼とかそういうのって言葉にできるほど簡単じゃないけど、言葉にするほど難しくもないのかもね」
「なんだよそれ……じゃあ私は、私は一体どうすればよかったの!!」
バキッ!!
「知らないわよ!!」
グシャッ!!
ハレンの拳をギリギリで避ける。攻撃によりできた隙を狙いカウンターをぶち当てる。私の攻撃はハレンのみぞおちに深く入り込んだ。
「ごっ!」
「もっぱつ!!」
バギョ!!
「っう! あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
痛む翼をそのままに私はハレンの顔や肩などに攻撃を加えた。ハレンは血を吐いてボロボロになりながら地面に転がっていった。
「はっ! はぁ……はぁ……ごぼっ! ひゅ……はぁ、えっほ」
「……」
倒れ込んだハレンを見下ろす体勢で私は止まる。ハレンは威嚇するでも怒るでもなく瞳を閉じてから口を開いた。
「……私の家族や友達は人間によって殺された。妖精の羽は美しくて高値で売れるから。……今でも思い出せる。母の逃げろと叫ぶ声、父の子供を守る願い、姉の鳴き声、弟の怯える声。私はその全てを聞いていた」
「……」
「友人も居てね、友達は頑張って逃げてたけど羽を掴まれてそのまま刃物で」
ハレンは一呼吸置いてから再び話し出す。
「その時私は隠れてたの、ずっと隠れてた。助けることもしないで、涙をこぼす事もしないで……ただただ羽をもがれていく家族と友人を眺めていたの」
「それで……全てが終わって出てきた時、みんなは羽をもがれて芋虫みたいに地面を這っていた。うぅ……とかあぁ……とか言ってね、ははは。本当にあれは酷かったなぁ」
乾いた笑い声をあげるハレン、私はそれを黙って見つめている。
「でね、弟が私の足を掴んで来るの……どうして欲しいのか全く分からなかったけどね。みんながゆっくりゆっくり私の方に来るのよ。だからね、気持ち悪くて全員殺しちゃったの。なんだか同じ生き物に見えなくて……ぐちゃぐちゃに殺したわ。多分だけど私はその時からきっと何かが欠けて」
「違うわね……」
私の声を聞いてハレンが瞳を開く。
「なんで分かるのよ」
「だって本当にそう思ってるならなんで泣いてるのよ」
ハレンは驚いた様子でゆっくりと目元に触れる。そして涙を軽く拭いて呟いた。
「……まだ泣けたのね」
「貴女が世界を恨んでいた理由は」
「違うわ……他にももっとある。色々ある、それはもう数えられないほどに。それを言えばもう日が暮れてしまう。……あぁでも、愛していたものはあったかも。愛していた? いえ同情していたの間違いかも……あの子がどうなるかは見たかったなぁ」
「何言ってるの……貴女はこれから」
「生きていけると? 確かに生きていける。でも私がそれを認められない」
血を零しながらフラフラとゆっくり立ち上がるハレン。
「残っていた唯一の友達は死んじゃったし、先輩とは面向かって刃向かって……同盟仲間の助けにいけない。このまま生きててもどうしようもないから」
「それでも貴女には貴方を大切に思う人、貴女が大切に思える人がまだいるんでしょ?」
それを聞いたハレンは優しく笑ってから言った。
「その子は私なんかより、もっと一緒に居た方が良い人がいるから」
スッ
「これからの世界を頼んだよ……先輩の部下さん。あと、もし先輩に会えたら伝えて欲しいな、私先輩のこと嫌いじゃなかったよ」
「まっ――」
バシュッ!
バタンッ!!
頭に押し付けた指からは闇魔法が放出されたようでハレンの命を確実に奪っていった。
「……そう、わかったわ。さよなら可哀想な妖精さん」
「終わった?」
「うわぁ!!」
死体に向けて話しているといきなり耳元から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ルル……さん!?」
「やっほ〜」
「え? だってさっき!」
私が驚いた様子でいるとルルは死んだハレンの傍に向かった。
「あ〜あ……本当に馬鹿だよね。お互いに人なんて嫌いだからって仲間になったのに。今じゃこんなにも差ができてる」
……ルル
「どこで間違ったのかな? それとも私が間違ってるのかな? やっぱり憎んだ相手を愛するなんておかしいのかな」
震える声のルルを私は見つめることしかできない。
「自らの命を奪っても……この先の、ノーチェの理想の世界で生きるのは嫌だった? 戦いのないような幸せな世界は」
「でも……ノーチェのことを先輩って呼んでたのは、羨ましかったからなんでしょ? 貴女もあぁ……なりたかったんだよね」
ポタポタと溢れる涙を見て私はそっとハンカチを差し出した。
しかしルルはそれに気付かないのかなんのアクションもしないまま泣き続けていた。