240話 第二次天闇戦争・報恩
……
「ひとつ、気になることがある」
俺は刀を下に向けてゼロに聞いた。
「戦いの最中にか」
そう言いつつもゼロは剣を外に向けている。
「お前は俺を絶望させるために別の場所へと敵を送ったと言ったな」
「あぁ」
「あれ嘘だろ」
それを聞いたゼロの口角が少し下がる。
「お前がこの最終局面で戦力を分散させるわけが無い。それもただ俺が絶望すると言った曖昧な憶測の元で……なにか確実性のある何かを狙って兵士を送り込んだはずだ」
「……」
「外れか?」
「いや、正解だよノーチェ」
だがゼロの狙いに関しては分からない。俺の国を狙うのはまぁ分かるとして人の国に加えてアレリア研究所まで叩きに行くのは少し引っかかる。ハクゼツがこっちに付いたのを知ったにしても戦力を分散させてまで叩きに行くか? それにもしハクゼツが国に入れば送った兵士は無駄死にだしな。
「なぁノーチェ、人が生きていく上で重要なものはなんだと思う?」
「睡眠」
「それはお前だけだ……人が生きていく上で重要なのは希望だ」
ゼロは黒く濁った剣を見つめながら続ける。
「希望があるから歩くことが出来る。希望があるから前を向ける。希望があるから生きていける。人とは希望の上に成り立っている生き物だ。……勇者とは人の希望を力に動く者の事を指す」
「難しい話だな」
乱れた髪を整えながらつぶやく。
「そうでも無いさ。まぁ単純な話人の力となるものは希望だ。では人ならざる者、人から転落した者の力になっているのはなんだと思う」
ゼロは剣を下ろして俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。その目の底には俺ですら顔を背けたくなるほどの……を抱えていた。
「絶望か」
「そうだ。絶望だ……そして絶望は俺の力になる。人から魔に落ちた存在である俺なら、絶望は全てが俺を強くする材料になるんだ!!」
叫ぶゼロの周りに黒い魔力が集まり始めた。どうやら今の話……嘘ではないようだ。
「覚悟を決めた兵士の絶望は少ない。この程度では俺の強化には使えない。しかし何も知らない住民や戦い慣れていない弱い者達は絶望が沢山溢れている。それらを集めれば」
ゼロに集まった闇が剣に広がっていく。黒い煙はゼロの体を優しく包んでいる。闇がゼロを必要にしているのかゼロが闇を必要としているのか、気になることはあるが……そんなことを考えてる時間はない。
「その闇が集まる前にお前を潰そうか」
下ろしていた刀をゼロに向ける。それを見たゼロはニヤリと笑って漆黒の剣を構えた。
「本番はこれからだノーチェ」
「はは! 最初から本番だっての!!」
ガシャンッ!!
「ッ!」
手が痺れる……馬鹿痛ぇ。さっきより威力が倍以上になってる。強化も嘘じゃなさそうだ。
「アイス・ボール!」
「黒滅!」
こう一瞬で魔法を止められたり消されたするとさすがに萎えてくるな。
カチャ! ガシャン!!
接近戦でも無理……なら不意打ち
バコンッ!!
「も……ダメか、わかってたけど」
刀の反射を使って目潰しして左足で蹴り入れたのに軽く止められた……感覚も鋭くなってるのか。
バキッ!!
「簡単にやられるかよ」
しかも反撃で殴ってきたし、想定外……じゃなかったけど早めに決着させないとやばいかもな。それに……
バサッ……バサッ……
あっちもヤバそうだ。
「何言ってるのよルル」
「そのまんまだけど……私達は本来生きてていい種族じゃないのよ」
「どういう意味だ」
「……種族には生きる上で力になるものがある。人は希望、獣人は強さ、エルフは自然、ドワーフは好奇心。これはそれぞれの種族が持っている本質と言ってもいい。そして妖精は無」
「無? 何も無いってこと?」
「そう……妖精の本質は無だ。何も感じない、何も思わない。それこそが妖精なんだ」
ルルが杖を強く握る。
「そして私やあいつは有に取り憑かれた……化け物さ」
言葉が聞こえたのか先程まで飛んでいた蝶がこちらに突っ込んできた。
「ッ!」
「あれがこの速度かよ!」
私とアルが逃げようとしているのにもかかわらずルルはその場を動かなかった。
「何してるの!!」
「……いや責任を取らないと」
何言って――
「星屑」
ボコンッ!!
「ルル!!」
「エレナさん! 私が気を引くのでルルを!」
「わかったわ!」
なぜあんな無茶なことを。大きさを考えれば自殺行為だってわかるでしょ!! いや違う……ルルはさっき責任って言った。もしかしてルルとハレンは昔。
「倒せなかった…… また、倒しきれなかった」
あの時私がしっかり貴女を殺していればこんなことには。
「泣き言言っても仕方ない……今ここでハレンを倒すのが私のできること」
バサッ!!
「ッ!? ちょ!」
「いいから暴れないで!」
「ツリー・バウンド!!」
エレナに掴まれた私は何とか逃げ出そうとするががっちり掴まれているせいで動くのも難しい。
「早く離して! 私はここであの子を」
「どうするの……ここであの子をどうするつもりなの?」
「……殺さなきゃ」
エレナは何も言わない。ただ下をチラチラとみながらハレンの周りを回っている。
「ハレンとルルさんが昔どんな関係だったのかは知らないけど……過去ってのは今の自分の視野を狭くする。思考を鈍らせて考えに霞を掛けてしまう。だから今ハレンさんが考えるのはあの子をどうしたいのか……過去何があったからじゃなくて今のハレンさんがどうしたいのかをしっかり考えるべきだと……私は思います」
エレナ……
「というわけでお話は終わります。離しますよ」
「わかった」
ありがとう……だいぶリセットされたよ。
「時間が必要なのよ」
……私にもみんなにも、ノーチェにも。
「リセットするなんてそんな簡単じゃない。過去から抜け出すなんて簡単じゃない。私が何度ノーチェの手を取って国なんて放り捨ててどこか誰もいない遠くの土地で暮らそうと思ったか」
ノーチェの行動パターンを調べて油断するタイミングを見て、逃げる方法考えて場所も見つけて……そこまで全部やっても私は行動できなかった。あの夜、ノーチェの全てを見ておこうって感じ……あの楽しかった思い出を振り返っているような目を見ていたらそんな計画も……。
「挙句の果てに「楽しかったよ……ありがとう」なんて言われたらどうにもできないわよ」
きっと私はノーチェが死んだ後何度も何度もこの選択を後悔すると思う。なんで無理やり連れていかなかったのか。どうしてやらなかったのかって。でも私はノーチェに助けてもらって生きる場所を貰って……大切な友達を貰った。そんな人のお願いを無視するなんてできないわよ。
「行くわよ……エレナ・ハーレルト。ノーチェの為に今できることをやるのよ」
「爆林!!」
「沙戯れ星!」
私とアルの攻撃は大きな蝶に当たってはいるものの大きなダメージになっている様子はない……か。
「あれ本当に倒せんのか!?」
「生物である以上は倒せるはず……ただ思っていたより硬い!」
でもこのままだと私も体が……。真っ黒になった指先はもうまともに杖を握ることすら難しい。強い衝撃があればボロボロと手首の方まで崩れてしまいそうな感じすらする。
「アル……私が最後の一撃を放つから時間を稼いでくれる?」
アルはまっすぐ蝶をみながら「5分」とだけつぶやき敵に突っ込んでいった。
「……次の王様は誰になるかしらね」
私は小さな声で呟いて杖の両端を掴んだ。
「樹海!!」
5分ってカッコつけて突っ込んだけど本当に持つのかこれ……。木で相手を縛ってもすぐ腐り落ちるし周りの自然も真っ黒に変色して使えないし。ん? 腐る?
「腐る……か」
やってみるか。
「樹林破綻!腐木!!」
1度ハレンの周りに作った樹林を腐らせる。大きなダメージにはならないが腐食はどんどん広がり……最終的に。
バサッ!!
「この世の全てを腐らせる」
よし! 羽の一部が崩れ落ちた。これならまだ戦え――
パシュ!! ブシュ!
「なっ」
斬撃が来た瞬間滅獄の槍でどうにか防いだと思ったがそのカバーをすり抜けて変な方向に飛んできた。くっそ……右腹が。確認の為にと自分の右脇腹をそっと触る。すると手に伝播した感触は皮膚や肉の暖かく柔らかいものではなく硬いなにかだった。
「マジかぁ」
確認しなくてもわかる。さっきの攻撃であばら骨が見えてる。てかすごく痛い。
「この体で……5分」
正直……相当。
バッ!!
ッ!? まずい反応が!
「霰風!!」
バヒュ!!
「エレナさん!」
「無理はしなくていい……元々この戦いは私たちの戦いだから。ノーチェもみんなが傷付くことは望んでない。しかもその怪我は致命傷だから1度後方に」
ノーチェ……様。
「ここは私に任せて早く!」
俺は……ノーチェ様に自由を頂いた。俺はノーチェ様に世界を見せて頂いた。間違った世界……正しかった世界……美しかった世界……醜かった世界。今の自分がいるのはノーチェ様が居てくれたからなんだ。なら……俺は。
プシュ!
「アルその怪我で!」
「私は王です!!」
鈍痛が響く脇腹を抑えることもせず声を張る。
「自然の王である私が魔王であるハレンに負ける訳にはいきません!! そして……私の世界を変えてくださった恩人の願いを……夢を! 意志を!! こんなところで無駄にはさせない!!」
そう言いきって3つにバラけた滅獄の槍のうち1本を自分の体へと刺しこんだ。
「アル!? 一体何を……」
「エレナさん……どうやら俺は覚悟が足りなかったみたいです。ですから今ここでその覚悟を披露します」
滅獄の槍……この槍は本来封印を壊すために使われたものだった。しかしそれが3つにバラけたことでその槍本来の力は失われた。でもそれは槍1本で封印していたものを解除出来なくなっただけの話であり、それ以外なら解除もできないことは無い。
「すぅ……はぁ……。持ってくれよ意識、持ってくれよ体! 海樹林! 解放!!」
アルがそう叫ぶとゼロの軍勢とノーチェの軍勢が戦っている全域に大きな森が広がった。