231話 ただの高校生
「何故さくらが3000年もの間転生を繰り返し続けたか……もちろんペスラ達がさくらという存在を繋ぎ止めるためというのもひとつの要因だ。そして他にもう1つ……それは呪いだ」
「呪い?」
「さくらを殺した世界を、さくらを裏切った世界を許せなかった転生者は自らを呪った。だいたいさくらをこの世界に留めたいだけなら転生者はいらないだろ?」
エリーナはなんとなくだが首を縦に振ってくれた。
「転生者はさくらを守るためにさくらという存在を守る呪いをかけた。ペスラがさくらをこの世界に留めようとすることを知っていた転生者はさくらが復活する度に他の転生者をさくらを守るために呼ぶことにしたんだ」
「そんなことが……」
俺もそんなことできるのか半信半疑だが……実際にやられてるんだから納得するしかない。
「これはペスラも知らないことだ。そしてさくらが死んだ時俺は俺の意思と関係なく世界を焼き尽くすことになる。だからまぁ俺もさくらもこの世界には居られないんだ」
やっと話し終わった。随分と長い話になったけどエリーナは着いてこれてるかな。
「……何よそれ、そんなの納得出来ないよ! ノーチェはなんにも悪くないのに! 巻き込まれただけじゃん! 今まではどうしてたの! なんで今までは暴走しなかったの!」
……
「今まではゼロが俺の事を殺してたんだ」
「え?」
ゼロはさくらという存在を憎んでいた、そして裁く者としての責務もあった。それが理由で今までゼロはさくらが復活したとわかった途端にありとあらゆる手を使いさくらを殺し続けた。
「それだとおかしいよ……だってノーチェは1度獣王国でゼロに会ってるんでしょ? その時に殺しておけばこんな面倒なことにはならなかったんじゃない?」
「その通りだ……でもゼロは俺を殺さなかった。それは何故か、俺に利用価値があったからだ」
ゼロは見つけたんだ……ハナを生き返らせる方法を。だからあの時あえて俺に助言して生き残るように手助けした。今死なれたら困るから。そしてようやく死んでもいい状況になったんだ。まるで熟した実を待ち続ける農家のように俺を待ち続けた。
「利用価値って……そんな」
「……俺っていう存在は世界だけじゃない。さくらもこの先の転生者も従魔達も……そしてゼロも全てを苦しめる存在だ。それなら俺は全てを抱えて地獄に落ちる」
それこそがノーチェ・ミルキーウェイに課せられた使命だから。
「いいじゃんか……生きたって、なんでノーチェだけそんな辛い思いしないといけないの」
掠れた声で話すエリーナはとても不憫だった。……こうしたのは俺なのに酷く冷静だ。なんでだろう……もう既にさくらの思考が混じっているのかもしれない。
「世界のために死ぬつもりなんてない。でも世界が滅びれば仲間だって無事では無い。だからこそ俺は世界を救うんだ」
俺はさくらじゃないから世界の為になんて偉そうなことはもう言わない。だけど最後くらい仲間を守っていたいんだ。生きたいってみんなに言ったけどやっぱりそれ以上に俺は生きていて欲しいんだよ……みんなに。
「エレナにもフィーにも……ケルロスやクイックにだって生きたいって言ったのに、それを裏切って1人で死ぬつもりなの?」
「そうだよ」
「そんなことしたらみんな……どうなるか分かるよね」
「きっと悲しむだろうね」
崩れた髪をそっと治してエリーナを見る。エリーナはそんなことは気にせずに続けた。
「もしそれで自殺したらどうするの」
「……仲間が全員自殺することなんてない。それに俺はみんなに生きろって言ったしこれからも言い続ける。だからみんなは死なないよ」
「……歪んでるよノーチェ」
その一言に俺は……納得した。
「あぁ……そうだね俺は歪んでるんだ。何があってもみんなに生きていて欲しい。その為なら俺は誰でも殺せる。敵はもちろん自分自身ですら」
その時エリーナの瞳に映った俺の顔は今まで見てきたなにかに狂った者達と同じ目をしていた。
「ノーチェは知らないんだよ……残された人がどんな思いになるか」
「知らないよ……でも俺はそんなこと知らなくてもみんなに生きてて欲しいんだ」
「ははは……何それただのワガママじゃん」
死ぬことが前提で戦うなんて間違ってる、諦めないことが大切。そんな正論聞きたくないし認めない。ただの凡人は……主人公になれない奴は死んで、諦めて何かを守るしかないんだよ。全部上手くいくなんて夢物語だ。だから俺はみんなを守るためならどこまでも汚く、どこまでもワガママに、どこまでも残酷になる。
「エリーナ……もう俺は謝らない。だから俺の事を許さなくていい。俺の選択が正しいとも思わなくていい。ただ生きていてくれ」
生きていれば何かがある。それは絶望かもしれない……でも希望かもしれない。一か八かの賭けでも賭けないよりマシだ。
「……ありがとう、さようならノーチェ」
エリーナはゆっくりと立ち上がり俺を呪うように見てから部屋を後にした。
「さようならエリーナ」
……どこかで鳥が鳴いている。
誰も居ない家の中リビングの椅子で座っていると少し急ぎ足で家に向かってくる足音が聞こえた。……2人分だ。
ガチャ
「ノーチェ!」
「ただいまよりも先に名前を呼ぶなんて、随分と俺に夢中だね」
俺の冗談はそのままスルーされて息を整えながらクイックは話し続ける。
「確かに俺はノーチェの選択を尊重するって言ったけど最初から死ぬしか方法がないなんて聞いてないよ!」
……やっぱり話したか。そりゃそうだよなエリーナで止められなければ俺を止められるのはこの2人しか居ない。
「何言ってるんだよこれは俺の選択だっ――」
「ノーチェ……その気持ち悪い笑みをやめろ」
……
「わかったよ……わかったからそんな目で見ないでよケルロス」
その目は……覚悟を決めた今の俺でも少し心に刺さる。
「でもこれしか道がないのは本当だ。それにさ俺とさくらが死ねば世界が救われるんだ……随分と出来上がったハッピーエンドじゃないか」
机に置いてあった食器やナイフ、フォークで遊びながら答える。
「ハッピーエンドって……それじゃノーチェが」
「もうその話は聞いたよ。それと逆に聞くけど蛇1匹と世界の命、天秤にかけて重たいのはどっち?」
クイックの勢いが無くなり黙ったのを見てからケルロスが話し出した。
「理屈の話をしても仕方ない。けど単純な話だ……ノーチェが死ぬなら俺も死ぬ。これは脅しでもなんでもない。そうするってだけだよ」
その言葉に空気が凍る。しかしその沈黙を破ったのは俺の笑い声だった。
「あは……あはははは! はぁ〜やっぱりねケルロスならそう言うと思ったよ。まぁもし俺が死んでたらそれを止める手立てがないからね……そればっかりは困ったと思ってるんだよね」
笑いながら話す俺を横目にケルロスが席に着く。クイックは立ったままだが先程より冷静みたいだ。
「そっか……まぁノーチェの覚悟は伝わったよ。そして何言っても無駄だってこともね」
良かったと納得して椅子から立ち上がった時、俺は顔の部分に強い衝撃を受けた。
バコンッ!!
そのまま俺は後ろにあったタンスに体を強打した。
「痛いなぁ……酷いじゃないかケルロス」
「なんで殴ったかわかってる?」
「だからそれは俺が諦めて死のうとしてるからでしょ?」
それ聞いたケルロスは立ち上がり強く拳を握りしめて俺の事をもう一度ぶん殴った。俺はそれを防ぐことなくただ受け入れた。
「あっ……ケルロス……ノーチェ」
クイックはどうするべきか困り果てて少し涙目だ。
「痛いってば……何すんだよ」
ガバッ!
殴られた右頬が痛い……今は掴まれた胸ぐらも痛いかな。
「まだわかんない?」
「さっぱり」
俺は今どんな顔をしているだろう。多分崩れた髪のせいで絵面は最悪なことになってるだろう。
「そうかよ……はぁ」
大きな溜息を付いたケルロスは俺の服から手を離した。少し持ち上げられていた俺は強く地面に激突した。
「……今のノーチェの為に死んでく仲間は本当に無駄死にだな」
嘲笑うように語り出すケルロス。しかし俺もクイックも黙ったままそれを聞き続ける。
「エリーナから聞いた話じゃまずゼロが復活させた奴の体にさくらの欠片を入れるんだろ? でノーチェがそれを倒して自分も死ぬ。だけどさその間ゼロや他の魔王を止めるのは俺たちだよな?」
ケルロスの質問に俺は頷く。
「そりゃそうだよな……ノーチェ1人で魔王3人と六王1人を相手するのはさすがに無理あるもんな」
さっきからケルロスは何が言いたいのだろうか。俺に何を求めているのだろうか?
「死ぬつもりの奴の為に戦うのか……本当にくだらないな」
「……」
「仲間が大切だとか死なせたくないとか言う割に自分が死ぬ為に仲間を犠牲にするとか……ははは、やってることが回りくどいってレベルじゃないよな」
……
「こんな手の込んだ自殺一体どこのアホがやるって話だ――」
「なんだよ! 言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ!」
俺はケルロスの言葉を遮り叫ぶ、今まで出したこともないような声で……ケルロスにこんな酷い言い方したくなかったのに。
「はぁ……はぁ、なんなんだよ……そんなグチグチグチグチ文句言ってさ! らしくないじゃん! もっとはっきり言えよ! 俺のせいで仲間が死ぬとか! 俺のせいでみんなが苦しんでるとか! 俺のせいで全部……全部ぐちゃぐちゃになったとか!」
「……」
さっきまで饒舌だったのに黙りこくるケルロスを見て俺は余計にイライラを隠せなくなる。
「黙ってないでなんか言えよ! どうせケルロスだって思ってんだろ! ここまでして放り投げるのかとか、中途半端だとか……俺は、俺は間違ってるって!!」
乱れた息はなかなか戻らず荒い呼吸音だけが部屋に響いている。
「わかってるんだよ……俺はずっと中途半端だ。自分が主人公だと思い込んで、なんでもできるって勝手に調子乗って……それでこれだよ、これがノーチェ・ミルキーウェイっていう哀れな存在なんだよ」
呆れたように吐き捨てた言葉にもケルロスは反応してくれなかった。……もうイライラを隠しきれなくなった俺は……。
「ッ! 何とか言って言ってるだろ!」
黙るケルロスに飛び乗って馬乗りの体制になった。
「……」
「早く言えよ! 俺が間違ってるって! 正しいのはお前なんだろ! お前たちが正しいんだろ! 俺のこの選択は……俺の道はずっとずっとずっとずっと!! 間違えだらけだったって!」
誰か
「認めろよ!」
誰か
「俺のことを!」
俺のことを
「否定してくれ!」
否定してくれ!!
いつの間にか涙を流しながらケルロスに叫んでいる。あぁ本当にみっともない。だいたい間違っているのはわかっていただろ? なんで今更そんなことで躓いてるんだよ……さっきエリーナと話した時だって自分が間違っていたことなんてずっとわかっていたはずだ。なのにどうして。
「それが本心?」
「え?」
さっきまで険しかったケルロスの顔が柔らかくなっている。
「それがノーチェの本当に考えてたことでしょ?」
「何言って」
「俺が本当に怒ってたのはここまで来てもまだ本心を隠していることだよ」
「……最後くらいいいんじゃない? 言いたいこと、やりたいことやってさ」
痛む拳を抑えて立ち上がり近くにあった椅子に座る。
「もう抱え込むなよ……どうにもならないならもう」
「……ない」
俺の言葉を2人は黙って聞く。
「死にたくないよ、というか前の会議でこんなこと言ったばっかりだってのにさ……本当にもう……なんで俺なんだよ。どうして……なんでだよ。さくらの意思とか転生者の呪いとか知らないよ。ただ俺は普通に生きていたかっただけなのに。ゼロの思惑とかそんなのだってどうでもいいんだって」
ずっと抱え込んでいたものがゆっくりと吐き出される。
「俺は普通の高校生なんだよ……特別でもなんでもない。なのになんでこんなことに巻き込まれないといけないんだよ。今まで散々殺してきたさ、でもそうしないと俺だって殺されてたし。仲間を守ることはそんなに許されないことなのかよ」
弱音なんて吐き飽きた。愚痴だって言い飽きた。でもそれでもまだ残ってる。
「おかしいじゃんか、俺だけ死ぬなんてさ。みんなと一緒に居たいよ。でもそう思えば思うほど俺が生きていたらあの惨劇がまた起こるって胸の中で考えちゃうんだよ」
声が震える。
「こんな自分でもいいんだって思えるようになったのに。死ななくてもいいんだって思えたのに。こんな確定した未来なんて……未来なんて」
死を突きつけられて最初に感じたのは恐怖だ。当たり前だよな、だって俺は世界をまとめあげたさくらでもなければ完全無欠の王様でも最強の魔王でもない。ただの人間なんだから。
それでもそんな普通の人間でも仲間だけは守りたかったからずっと自分を欺いて来た。本当は逃げ出したい。世界なんてどうでもいいなんて言わないけどまだ生きていたい。そんな当たり前のことが許されない。そんな残酷なこと突きつけられてはいそうですって納得出来るわけないじゃん。
「……心の底からね……好きだって思える人に会えたんだよ」
ケルロスの頬に触れながら答える。
「ずっとずっと……死ぬまで一緒に居たいって思える人に会えたんだよ」
隣にいるクイックのことを見つめる。
「なのにね……俺は一緒に居られなんだ。正直な話ケルロスが俺が死ぬって言った時に一緒に死んでくれるって言ったのすごく嬉しかった。……最低だけどね」
笑みを浮かべるが2人は悲しそうな顔のまま動かない。
「でもやっぱり好きになった人には幸せになって欲しい。2人だからこそ俺は死んで欲しくない」
先程よりも涙が溢れて手も声も震えが酷くなる。
「死なないとダメってなってからようやく気付いたんだ。俺は2人のことが大好きだよ。ずっと一緒にいたい。離れたくない。もっと沢山お話してご飯食べて遊んで……一生隣にいて欲しい」
やっぱり……
「あぁ……本当に」
俺は……
「どうにかならないかなぁ」
生きていたいよ。
髪をくしゃくしゃと握りながら絶望のまま下を向いた。