230話 無駄な抵抗
「ノーチェ! 久しぶりだな〜!」
「うん、久しぶりだね」
「こらこら……ノーチェ殿申し訳ありません」
「大丈夫だよゼン」
結構老けたな……いや前からこんなんだっけ?
「それにしても最近合わないと思ったら大怪我してんだな〜」
セルが腕と目を見ながら言った。
「……まぁねそれはそうとセルはもう少しでシャンデラ国の学校に行くんだよね?」
「おう! 何個も伝説作ってやるぜ!」
セルはそこそこ強い。でもうーん伝説は作れるかなぁ。
「頑張ってねセル」
「任せとけ〜」
話が途切れたのを見計らってゼンが口を開いた。
「それでノーチェ殿此度はどのようなご要件でしょうか」
「その敬語やめてくれよ……まぁいいや。ちなみに要件はない、ただ久しぶりにみんなの顔を見たくなっただけ……ですね」
噴水の近くで遊んでいる子供たちを眺めながら答えた。
「そうでしたか」
近くのベンチに杖をかけてゆっくりと座るゼン、俺はそれを見て腕を掴みそっとベンチに下ろした。
「ありがとうございます」
「年上は敬うようにって言われてきましたから」
優しく微笑むとゼンも笑って返してくれた。
「何か悩み事でもあるのですか」
「え?」
俺が驚いた様子を見せるとゼンはにっこりとした顔で続けた。
「老人の勘です……違うならいいんですよ」
……
俺は黙ったままゼンの隣に座った。
「何かあるのですね」
「ありませんよ」
噴水の音がやけに大きく聞こえる。俺たちの周りだけ時間がゆっくり流れているような気すらする。
「悩むというのは成長するということです。ノーチェ殿はこれからも大きくなって行くのでしょう」
「……そんなことはありません。それに俺はもう」
「物事とは諦めないことが大切だと私は教わりました」
ゼンの言葉に俺は何も言い返せない。
「たとえ死が目の前にあろうとも……たとえ破滅が待ち受けていても……諦めなければそうはならないかもしれない。私はある方にそれを教えて頂きました」
「その人は……凄い人なんだろうね」
左目が見えないからゼンの表情も死角になってる。でもなんでだろうか……ゼンは少し悲しそうな顔をしている気がした。
「……えぇとても凄い方です。そしてその方は優しくて温かい」
「そっか」
「しかし……その方はいつも全てを抱え込み周りの者には言わない。我々はそんな姿を見ていつか居なくなられてしまうのではないかととても不安になります」
……
辺りが妙に静かだ。子供達の声も聞こえない。
「その方はいつか居なくなられてしまうのでしょうか」
ゼンが俺のことを真っ直ぐと見ながら聞いてきた。
「……いつかは居なくなると思います。でも居なくなったからって何も変わらないんじゃないかなって。きっとその人には頼れる部下がいますから」
それだけ言って立ち上がる。俺は振り返らずに家へと向かっていった。
「ノーチェ殿……」
……
「またお会いしましょう」
「……」
俺は何も言わずにその場を後にした。
「ん?」
「あっ」
なんで隠れんのよ。
「どうしたのサク」
「い、いえこの道は普段あまり人が居ないので驚いてしまい」
……最初はミステリアスな女の子だったけど今じゃ学校の隅っこにいる陰キャ女子みたいだ。
「……2人で会うのは久しぶりかな」
「そうですね……多分」
オドオドしてる。
「少しお疲れですか?」
サクが隠れた木の裏から現れた。
「最近よく言われるよ……まぁもう少しで再戦だからね」
頭をかきながら答えるとサクはどんどんこちらに歩み寄ってきた。
「サ、サク?」
「……いいですかノーチェ様、私と貴方は今勝負中です。絶対に気を抜かないでくださいね。後夜と朝はノーチェ様ですけど仕事に関しては私の方が会ってる回数多いですから」
さっきまでオドオドしていたのに自分の好きなことに関しては真っ直ぐ……サクのこういうところは素直に見習いたいところだ。
「あぁそうだな。俺だって譲る気はないから」
サクの頭を軽く撫でて伝える。その後は何も言わずにその場を去った。しかし最後サクが深く頭を下げていたのは気が付いた。
ガチャ
家の扉を開いて最初に感じたのは腹部への衝撃だった。
ドスンッ!!
「痛ぁ〜、一体誰って……シャルか」
「ノーチェおかえり!!」
何故シャルがいるのか気になるが俺はとりあえずシャルの頬を揉みしだいた。
「何するんだ〜!」
「驚いたから罰〜」
きゃ〜と言ってはいるものの嬉しそうだ。
「それで? どうしたの今日は」
「ん〜? なんかねぇ……会いたくなった!」
うんうん元気でいいね。
「そっかぁ〜」
俺は頬から手を離し頭を撫でた。
「ねぇノーチェ!」
「なんだい?」
「私行きたいところがある!」
ザザ〜、ザザ〜
「……」
久しぶりに来たな。本当に久しぶりに。
「見てノーチェ! 変なの見つけた!」
「捨ててきなさい」
「え〜」
いかにも毒持ちやんあれ。
蛇の状態で砂場に横たわり高台にある誰も住んで居ない家を見つめた。
「……ノーチェ」
視界が真っ白なワンピースに覆われてしまった。
「どうしたの」
「懐かしい?」
「うん」
シャルの顔は太陽の光で見えない。
「嬉しい?」
「うん」
「楽しい?」
「うん」
質問は止まることなく続く。
「悲しい?」
「……うん」
「寂しい?」
「うん」
……
一呼吸置いたシャルがもう一度だけ質問した。
「死にたくない?」
「……ううん」
ワンピースを少し強く握りながらシャルは立っている。しばらくするとシャルが手を伸ばしてきた。俺はその手にしっぽを置いた。
「……私を助けてくれた蛇さん。でも私は貴女を救えない」
力なくしっぽを地面に下ろす。その後は暗くなるまで海にいたが結局一言も話さなかった。
……
間違っては……いない。でも正しくも……。そんなこと俺が誰よりもわかってる。だけどこればかりはどうしようもない。ゼロが誰復活させようと関係ない。問題は俺の体を使っていること……さくらの1部を使っていること、そして俺がさくらの1部を持っていること。
「いや違うか」
どの道俺はイレギュラー、この世界に居たらいけない存在。俺がさくらに呼ばれた理由……それは。
コンコン
「……どうぞ」
ガチャ
「調子はいかが〜」
エリーナ……こんな時間に珍しい。
「どうしたの? 何かあった」
「いやぁ……特に何も無いってのは嘘になるかな」
ニコニコした笑顔で近寄るエリーナ、そのまま机を横切り俺の後ろに回り込んで……首元にナイフを当てた。
「……」
「驚かないの?」
「まぁね、それにナイフを持ってたのは知ってたから」
「……ふーん」
そうか、エリーナが来たか。
「そこまでわかってるならこの後私が言おうとしていることもわかるよね?」
普段と同じ冷静で元気で明るい声のまま聞いてきた。
「分かるよ……でもダメ、俺は死なないといけない」
サクッ
首にナイフがめり込む、特段防御をしていない俺の体はあっさりと刃を受け入れた。
「ごめん言い方間違えた、言うこと聞いてくれるよね?」
……
「ごめんね」
俺の一言を聞いたエリーナはさらに力を入れた。
「やらないと思う? 別に殺す程じゃなくていい。体が動かなくなればそれで問題ない」
「でも俺を殺さないと治しちゃうよ……仮にも魔王だからね」
もう一度エリーナは手に力を入れたがゆっくりとナイフを首から離していった。
「は、ははは……いいよ別にわかってたし」
血の着いたナイフを机の上に投げて、置いてあった椅子に座るエリーナ、雑な座り方……普段なら絶対にしない。
「ケルロスとクイックを除けば私とノーチェの付き合いは長い方だよね」
「そうだね」
優しく悲しい目でエリーナは続ける。
「あの時は本当に助かった。私はノーチェが居なければ罪のない人間を何人も殺すところだった。……いや違うね、もう殺してたから。でもノーチェが居なかったらもっと殺してた」
話しながら手を眺めている……その視界に何が写っているのか俺にはわからない。
「その後はノーチェの元で沢山戦った。それ以外にも仲間と会ってフィーと友達になってエレナともよく話して沢山の人が集まった」
先程まで眺めていた手が強く握られた。
「私はこの道が正しいと、私たちこそ正義だと思った。私たちは選ばれた存在で国を世界を守っていると」
「……」
「でも違う……違った。負けて気付いた訳じゃない。もっと前から気付いてのかもしれない……でもそれを認めれば私は私が殺してきた人たちのことを直視することになる」
そう言ってエレーナは勢いよく立ち上がった。
「そんなの耐えられなかった! 私は……ただの村娘で特別な力も信念もなかったから! 凡人である私はノーチェやフィーに縋ることで何とか精神を保ってきた! ……だけどそれも限界。ノーチェが居なくなるって考えたら私は……私の全てを許せなくなる!」
泣きながら、そして怒りに満ちた目で俺を見る。
「なんで……どうして私を助けたの! 村を襲っていた私達を助けたの! 居なくなるなら助けないでよ! 最後までずっと一緒に居てよ!」
……手を付けたなら最後までやりなさい。これが記憶にほとんどない母の唯一心に残っている言葉だった。誰かを助けたなら最後まで助けなさい。誰かを怒るなら最後まで怒り通しなさい。誰かを許すなら何があっても許しなさい。それこそが本当の優しさだから。
でも俺は昔から中途半端で母の言いつけなんて何一つ守れていなかった。……母さん、やっぱり人ってのはそんな簡単に変われないんだな。
「ごめん」
俺はエリーナのことを見ないで謝った。
ガタッ
「ッ! 私を見ろ! 生きるって言え! ここまで来たのに全部を諦めて1人で死ぬつもりか!」
荒っぽい口調で俺を怒鳴りつけながら胸ぐらを掴む。今までエリーナとは長い付き合いだがこんなに怒鳴ったところを俺は見たことがない。
「もうノーチェに生きたいって思わせるにはこれくらいしか思いつかないの……キャラじゃないってのはわかってる。でもさっき言ったのは本当。助けないでなんて思ったことは無いけど……でも最後までいて欲しいのは本当だから」
怒ったり泣いたり忙しいね……なんて言ったら本気で射抜かれそうなので言わないけど俺の判断でここまで追い詰めてしまったと考えると本当に申し訳ない。
「……わかった。エリーナには本当のことを言うよ」
「そんなのどうしようもないじゃない」
エリーナが泣きながら崩れ落ちる。
「じゃあ何!? 最初からノーチェは生きていられなかったってこと!?」
「違う……今だって俺は生きていられる。でも俺が生き続けるってことは世界を危険に晒し続けるってことになる」
あの時世界を燃やしたのはさくらではなかった。というか冷静に考えればわかる事だ。
さくらは世界を燃やそうとしていたが途中でハナが死んでその動揺で隙を作られ殺された。まだ燃やしきっては居ないんだ。なのにさくらは世界を焼き尽くした化け物と言われ続けている。じゃあ誰が世界を焼き尽くしたのか……それは俺と同じ世界の住人、転生者だ。
さくらも今の俺の同じようにふたつの意思があった。さくらという人格と転生者という人格。その間にどんな関係性があったのかは記憶を継承してもよく分からなかったけど死んでしまったさくらの代わりに空となった体を使い転生者はさくらの意思を継いだと考えれば仲が悪かったとは考えずらい。
とまぁ世界の真実はこんな感じだけどさくらが世界を燃やそうとしていたのは確定している。もし俺がここで死ねば世界はまた炎に包まれる。だから俺は俺が生きている間にさくらと俺を殺さなければならない。
「……ノーチェは本当にそれでいいの?」
エリーナが涙を拭きながら聞いてきた。
仕方ないよ、だって俺はさくらでありノーチェなんだから。2人を殺す方法は1つゼロが復活させた誰かにさくらを移すこと。さくらと俺が同時に死ぬにはそれしか方法がない。今ここで自殺してもこの体の主導権がさくらに変わるだけ……それも俺の体にいるさくらは理性のない世界を焼こうとしたという意思しかない化け物、これじゃあ対話も出来ない。
「良くは無いけど……俺を殺さずにさくらを殺すのは不可能なんだ」
老衰や病気で死んでもさくらは空いた体で仲間を傷付ける。まぁなんというかある意味ゼロには感謝かもな……俺の腕を使ってハナを復活させようとしてくれたおかげで体という依代がふたつに分かれさくらを片方に入れることができるのだから。
「でもノーチェ! そのゼロが作り出したやつにさくらを入れるならそいつさえ倒せればノーチェは平気なんじゃ!」
一筋の希望を掴もうとエリーナも必死だがそれは叶わない。
「確かに俺からさくらが離れたなら俺が死ぬ理由は無い」
「なら!」
「それとは別でもう1つ問題がある」
それを聞いたエリーナの顔がまた少し曇った。