227話 世界を壊したのは
……。
「はぁ」
みんなからの質問攻めや怒りの声を全て受け入れた俺は精神的に疲れてしまったので宴会場に作られた外を見渡せる場所でゆっくりとお酒を飲んでいた。
「風邪引くよ……てか慣れないお酒なんて飲んでどうしたの」
ケルロスとクイックが羽織るものを持ってきてくれたみたいだ。俺はそれを受け取り和服の上に着た。
「温かいな」
「さっきまで俺が着てたからな」
ケルロスがそう言って俺の前に座った。クイックは横だ。
「怪我は?」
「……もう大丈夫だよ。でも右腕と左目は完全に使い物にならないさ」
無くなった右腕部分を触り残った右目でケルロスを見る。
「まぁ無くなった右腕は氷結魔法使えばいいし……左目はどうにも出来ないけど」
あはは〜と2人に笑いかけるが空気が少し凍っただけで逆効果みたいだ。
「そんな目で見ないでよ……そんな悲しそうな目でさ」
2人の視線に耐えきれず下を向く。髪が力なく垂れてきて今は見えない左側の目にかかっている気がする。
「ノーチェが心から生きたいって言ってたから余計なことは言わないし聞きもしないよ……だけど次自分のことを傷付けて逃げたり人を助けたりする時はその前に俺達のことを呼んでくれ」
……。
「あぁ絶対呼ぶよ」
顔を上げて微笑む。2人はそれを見て安心したのか嬉しそうに笑ってくれた。
「それじゃあ2人とも……俺にしばらく付き合ってくれるかな」
猪口を2つ作り出し机の上に置く。それに透明なお酒を入れてから2人の前に差し出した。
「……仲間達に」
「……友に」
「……世界に」
……そして愛おしい2人に
「「「乾杯」」」
厳しい戦いの中俺たちはほんの少しだけの安息を得たのだった。
「今回の戦いで減った部隊は……」
「相手の戦力も増えてると仮定して……」
「まずはハレンやレリア、そしてゼロの対策に関して」
「負傷者は今のところ……」
普段ならケルロスやクイックに泣きついているところだが今そんなことをしている暇は無い。それに俺はまだ楽な方だ来た書類を確認して分からないところを質問、ダメなところを指摘するだけ……ケルロスやクイックからしてみれば俺のやってる事は子供の遊びだ。
「食料や薬品はシャンデラ国から大量に届いている。ルリアの森、コロリアン妖精圏にも送ってるから安心してくれ」
「わかったわ、それと国の警備に関してだけど……」
疲れた……というわけで少しだけ休憩。まぁ1時間くらいだけどね。でもすることないんだよなぁ〜こっちにゲーム機とかはないし、いやさすがにこんな状況でゲームはできないか。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
「ん?」
適当に歩いてたらプリオル連隊の基地まで来てたのか……いやそれよりもこの声は。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
フィー、それにシャルも。あれば木刀か?
「フィー様、シャル様、お2人とも体を休めてください! フィー様に関してはまだ怪我が治りきって居ないのですよ!」
医者だろうか? ヤギの獣人が2人のことを心配しながら声をかけている。
「悪いけど……後にして……今は休んで……られないんだ!」
「うん! ……今の私達じゃ……ノーチェのことを……守れないから」
木刀を振るうのを辞めることなく医者の忠告を拒否する2人、奥ではプリオル連隊の副隊長や隊員が心配している様子だがそれでも2人は訓練を辞めることは無いだろう。
「……休んでる暇なんてないよな」
俺は2人を見ながら呟いて家に戻って行った。
自室・深夜
コンコン
「……」
「ノーチェ?」
「……」
ガチャ
「ん? あっごめんクイックかどうした?」
「いや光が漏れてたからまだ起きてるのかなって」
パジャマに着替えているクイックがゆっくりとこちらに向かってくる。見た目と少し漂う花の香り的にお風呂から上がり自室に戻る途中だったんだろう。
「ちょっと作戦をね、あとはどうやったらゼロを倒せるかとか」
文字を書く手は止めずにクイックに言う。ギシッギシッと床が音を立てている。ゆっくりとだがこちらに向かっているのだろう。
「大丈夫あと少しで寝るから心配は――」
「勝率は」
クイックの一言にペンが止まる。
「……50%」
書いた紙を見たまま答える。クイックは少しだけ大きく息を吸ってから聞いてきた。
「その勝ちにノーチェは含まれてるの?」
その言葉は俺の体感温度を一気に下げて長い沈黙を作り出す。
「……」
「ノーチェの表情、態度、最近の振る舞いを見ていればわかる」
「……な、何言ってるんだよ〜俺は死ぬ気なんてないよ! だってほら! みんなの前で生きたいって言えたしさこれからもっともっと仲間と――」
俺がそこまで言うとクイックが手を伸ばしてきた。過去クイックにひっぱたかれたことがある俺はトラウマから目をギュッと瞑った。
「え?」
「ノーチェはこの髪の色嫌いみたいだけど俺は好きだよ」
クイックは俺の髪に優しく触りそう言った。
「……」
「さくらって人の記憶を受け入れて何を見たかは知らないけど今ここにいるのはノーチェなんだからさ……ノーチェがやりたいことをすればいいんだよ。さくらが望んでたとかじゃなくてノーチェが望んでいることに向かって歩み続ければいいんだと俺は思うよ」
クイック……。
「……大丈夫、これはちゃんと俺が望んで歩いている道だよ」
この道は……この血と肉に溢れた醜い道は、仲間と共に溢れた希望の道はさくらが作ったものじゃない。この俺ノーチェが作ったものだ。そこは、ううん。そこだけは譲れない。
「大丈夫そうだね……それじゃあ俺は寝るよ。ノーチェも程々にね」
するりと手が離れていく。一瞬寂しいと思ったがその気持ちは胸の中にしまいこんで部屋を出ていくクイックを見届けてから書類に目を落とした。
「ゼロは?」
俺は扉の前で腕を組んでいる男に尋ねた。
「この中だ……セナとか言うやつから取れなかった魔力を適当な生き物集めて何とかしてる」
最近は雑魚狩りばかり命令されると思ったらそういう事か。しかしセナを取り逃したのは失態だった。ノーチェに関しても殺せると踏んでいたのだが……やはり狂い咲きの奴は魔王の中でも面倒なやつだと思っていたんだ。
「獲物はこれだあとは適当に頼む」
「はいよー」
そしてこいつも気に入らない。元々ノーチェの従魔だろ? しかもさくらに作られた存在……さくらという存在を完全に消そうとしているのにこっちに着く理由はなんだ。そしてそれを了承したゼロは何を考えている。
「何か?」
「……なんでもない」
俺は死体を地面に転がしてその場を後にした。
「追加の魔力だよ」
「……」
黙ったままか。いやそれも仕方ない……今あいつはものすごく精密な作業をしているんだから。でもこんな血なまぐさいところに何日もいられるのは素直に尊敬する。いや好きな奴の為ならこの程度なんてことないってことか。ったくどいつもこいつも世界とか仲間とか友達とかくだらない者に囚われやがって、そんなんだからダメなんだ。世界とはもっと残酷で醜くて楽しくないとダメだろ? ……さくらの作り上げたこの世界はこの秩序はやっぱり間違っている。
足元に流れてきた血をぐちゃりと力を入れて踏む。血のベタベタとした感触が靴を通して確かに俺の足裏を刺激した。
「仲間は呪いだ……真の救済は俺が成す」
ゼロにも聞こえないような小さな声で呟いて俺は部屋を後にした。
「……」
目を瞑ると鮮明に映る過去の記憶。ハナと話したあの綺麗な場所、12人の仲間達、裏切った友、死んだ仲間……狂った自分。でもただ記憶があるってだけでその時さくらが何を思ったのかは俺にも分からない。でも一つだけ俺にもわかることがあった。世界を燃やしたのはさくらじゃない……いや確かに燃やしたのはさくらなんだけどさくらであってさくらじゃないんだ。あれは……きっと。
コンコン
「ノーチェ?」
……朝、そんなに考え込んでたのか。
「起きてるよ」
声的にケルロスだな。
「おはよう……ってそんな格好して、風邪引くよ」
優しい口調で怒るケルロス俺が適当に返事をすると呆れた様子で崩れた服を治してくれた。
「ありがと」
「別にいいけどさ……あっあとこれを」
手を俺の前に出てきた。そしたその掌の中には眼帯が置かれていた。
「これは」
「ガンド達が作ってくれた。なんでも見えてた時より見えるようになるとか」
なんだそれ。
くすくすと笑いながら眼帯を手に取る。まぁ普通の眼帯だ強いて言うなら忘れていた厨二心をくすぐられるかな。
「どう?」
「似合ってるよ」
視覚の無くなった目は濁ったような白色をしていたからなこれで薄気味悪いあの目は見えなくなった。
「魔力を流してみて」
「わかった」
うぉ! これは凄いな。
「どんな感じ?」
「どんな感じ……そうだな魔力の量を調節することで近くと遠くが魔力の入れ方を帰ることで左右が見えるようになってるね」
刀の代償で視覚を失ったのにこれじゃあメリットの方が多いかもね。……いやものを見るのに魔力を使わないといけないのはデメリットか。
「戦闘でも活用出来ると思うから後で特訓するよ」
「付き合おうか?」
「やることあるでしょ?」
俺がそう言うとケルロスは少しだけ残念そうな顔をした。
「あっそうだ、もうご飯出来てるから」
「それで来てくれたんだね」
パジャマを脱いで服を取る。いきなり脱ぎ始めたから驚いたのかケルロスは慌てて後ろを向いた。
「何か言ってから脱いでよ」
「あっごめん……でもケルロスなら別にいいかなって」
何だこの服……肩出し? 初めて着るタイプだ……てか腕ないのにこれは着れるのか? いや肩はあるから問題ないか。
「んっ……んん? うーん」
着にくい……片手だと着にくい。
「ケルロス少し手伝って」
「え!?」
「いいから……早く」
恥ずかしがっているケルロスに無理やり手伝わせるのは少し申し訳ないがこのまま下着姿で下に行く訳にはいかないからな。
「……よし。ありがとう」
「朝からとんでもないことしちゃったよ」
「……俺は前のマッサージの方がやばかったと思うぞ」
「あ、あれは!」
「はい2人ともイチャイチャしてないで早く降りてくる」
声のした方を見るとエプロン姿のクイックがそれはもう不機嫌そうにこちらを見ていた。
「今行くよ」
「全く……この発情犬」
「違うわ!」
2人は俺に聞こえない声で何か言い合っているがまぁいつもの事だもう気にしないさ。
……こんな日常がずっと続けばいいのにな。
俺はそう願いながら階段を降りて行くのだった。