218話 散らばる平和
「結局あの後王に選ばれたのはドレス・サレリアっていうね」
俺は新聞を机に放って笑う。
「いやぁ結局力よりも金が大事なんだねぇ〜」
クイックはなんだか機嫌が悪そうだ……まぁあそこまで頑張って最後の最後で金の力が上とか、俺も怒りとかそういうの通り越して笑えてきたよ。
「でもドレス・サレリアは穏健派だしベリアルとも仲良くやってるみたいだ」
ケルロスが机にある新聞を拾い上げて言った。
「まぁいいけどね……でも俺が関わってたのバレちゃったかなぁ」
「一応龍人は始末したけど可能性はゼロとは言いきれないね」
体が動いちゃったからなぁあれは。
「ノーチェらしい行動だったよあれは」
ケルロスが少し嬉しそうに話しながらソファに座り込んだ。
「ほら」
膝を叩いているけれどあれは来いって事なのかな。
「2人ともイチャついてないで早く仕事してくれない?」
「ちっ……また後でね」
ソファから立ち上がったケルロスはそのまま部屋から出ていってしまった。
「少し残念そうだね」
「え!? いや! そんなことないよ!」
クイックの一言に慌てて俺は急いで書類を手に取る。
その時だった。
ガタガタガタガタ!
「地震?」
「珍しいね」
そこそこに大きな地震が机やタンスを揺らす。
カチャン……
「ペンが」
「拾うからいいよ」
落としてしまったペンを拾い上げて胸ポケットに入れる。
「あっそういえばノーチェ、前に枯れてた草のことだけど1つ枯れてる草に共通点が見つかったよ」
クイックが話しながら立ち上がり1枚の紙を俺に差し出した。
「なるほど」
あの粉を使った草だけが枯れてたのか。でも試作段階で問題は無かったしあの後調べても特段問題なし……今はこの粉を使わないで栽培していると。
「まぁ原因がわかってよかったよ」
「そうだね」
なんだろうこの引っかかる感じ……なにか妙だ。
「あっ言うの忘れてたんだけどここ最近国の外なんだけど森の様子がおかしいんだよね」
「?」
俺はクイックに言われた森に行ってみることにした。
「おかしいってのはどんな感じで?」
「ここはさちょっと前まで魔物が何体か居たはずなんだけど全部姿を消してるんだよ」
「全て」
確かにてか魔物どころか動物の気配すらない。
「でもどうして」
「あとはルリアの森で母大樹の葉が枯れていると」
「それは大問題なんじゃない?」
俺は慌ててクイックに聞く。
「今は誰も近寄らないようにして調査中だって」
やっぱり何かがおかしい……確実に異変が起きてるなこれは。
「念の為国の警戒をあげとくか」
「わかった」
……ん?
甘い……香り?
「ノーチェ?」
「……いや、なんでもない」
気のせいかな。
「国周辺の警備をエレナ達に任せよう、何かあればすぐ言うように」
「連絡しとくよ」
自室の前でそう言って俺は扉を開ける、部屋の中ではカーティオとペスラがトランプをしていた。
「何してるの?」
「ババ抜き」
それ2人でやることじゃないだろ。
心の中でツッコミを入れて席に着く。
「2人は最近変わったことない?」
「なーい」
「ないなぁ」
まぁあんまり外に出てないし変化って言われても困るよな。
「……変化とは違うけど最近森の――」
「調べたよ」
食い気味で反応するとカーティオは少し残念そうな顔をしてしまった。
「ぬかりないね〜」
ペスラがカーティオのトランプを引き抜きながら言った。そしてそのタイミングで戦いが終わったのでペスラが勝ったらしい……楽しいのだろうか2人トランプ。
「ミッちゃんもやる?」
「仕事終わったら」
俺はその後仕事を爆速で終わらせてトランプを始めたのだが……ペスラがアホみたいに強かったってことがよくわかった。
「順位の変動が無さすぎでつまらなかった」
「全くだな」
「カーティオが弱すぎるだけだって」
ずっと2位……ペスラはめちゃくちゃ強いしカーティオはめちゃくちゃ弱いし。もうずっと2位!
さすがに疲れてきたので1度休憩するためお茶を入れようとした時扉が勢いよく開かれた。
「ノーチェ!」
エリーナが息を切らしながら部屋に入ってくる、そして俺の腕を掴んで
「お墓が!」
と深刻そうに言ってきた。
タッタッタッタッタッタッ!
「な……なんだこれ」
フィデース信栄帝国は観光地区、商業地区、居住区、産業地区 こ4つに分けられている。しかし墓地に関してはそのいずれにも属さない別の場所に作ってあるんだ。それはエルフ達が作り上げた母大樹からちょっと離れた所、エリーナから聞いてここならエルフを埋めても問題ないと作った場所だ。しかしそこが……土地ごと無くなっていたのだ。
「墓地に人はあんまり来ないから……それに見回りも1週間に1度くらいで」
でもだからってここを丸ごと……どうやって。
「遺体は?」
「骨の1本も見つからないわ」
空からエレナが降りながら答えた。
「犯人を見つけ出すんだ……」
「わかった!」
ここにはフィデース信栄帝国の住民が静かに眠っていた……それなのにその安眠を妨げるような真似をした愚か者がいる。……許せない。
俺は拳を強く握りしめながら自宅へと戻って行った。
次の日
「犯人は未だ分からないまま……どこに連れていかれたこかも不明、そして目的も」
「何も分からないままか」
何も分からないと言いつつ目星はついている、恐らくハレンが関わっている。学校にいた時もあいつは遺体を使ってたしな。でもハレンに墓の土地を全て運べる力があるとは考えずらい。となれば犯人はある程度絞られる。ハレンと手を組んでいると考えられるゼロとかな。まぁ憶測だから決めつけはしないけど。
「警備は最大にあげといてくれ……あとルーグント帝国に潜ませてるスパイになにか情報があるか調べさせるんだ」
「わかった」
クイックがビシッと返事をして部屋を出る。こんな異常事態じゃなければかっこいいとか思えるんだけどそんなこと考えてる場合じゃないよな。
ギィッ
椅子に体重を乗せて空を見る。なんのことない空、変わり映えしない空、安定している空、いつもの空だ。それなのにどこか……どこか俺に恐怖を植え付ける。変わらないということが恐ろしいなどと妖精のようなことを言うつもりはないがただの普通の空がどうしても怖いと感じてしまうのだ。
「ん?」
引き込まれそうな空を見ていると1匹の蝶がこちらに飛んできた。……黒い胞子のようなものを撒き散らし不気味に近寄る蝶は魔王に呼ばれた地獄の使者だった。
「……そういうことかよゼロ」
蝶は窓の近くに止まり何もしない……俺はその蝶に近づき壊れないように優しく指先で触れた。
暗闇が俺を包み込む、いつもみたいにゲートで転移するかと思ったら今回は随分と強引なんだな。若干呆れたが諦めて俺はそっと目を閉じた。
閉じた目をゆっくり開く。
「……」
いつもの面子……最後は俺か。ご丁寧に椅子の真横に転移させてさぁ。やることが幼稚なんだよな……その目で言いたいことは何となくわかるよゼロ。
「それで? 話は?」
ピクリと顔が動くゼロ、ニコニコのまま動かないセナに相変わらずのレリア、ハクゼツは不安そうに俺の事を見つめハレンはなんだか具合が悪そうだ。
「座らなくていいのか?」
「座らせる気ない癖に」
俺がニヤリとそういうとゼロは全く笑わず話を続けた。
「そうか……それなら話は早い。お前の導く者の名を剥奪しようと思ってな」
静寂がその場を支配する。しかしまぁ俺は空気が読めないからな悪く思うなよ。
「そう、ならどうぞ……剥奪してみろよ」
椅子に手を置いて体重を乗せる、ギィッと木がきしむような音だけが嫌に大きく響き渡った。
「……」
「お前は俺からこれを剥奪できない。だってそうだろ? できるならこんな面倒なことする前にやってるはずだ。そしてもうひとつ……お前は俺をここでは殺せない」
その言葉にゼロがようやく顔を上げた。
「俺を殺すなら不意打ちなり色々やれることがあるはずだ。それこそ今すぐに他の魔王と協力して俺の事を倒せばいい」
他の魔王を見渡しながら続ける。
「お前にはこうでもしなきゃならない理由があったんだ。わざわざ宣戦布告して俺をこの場に呼ばないといけない理由が……でも俺の事を殺すつもりはない。となればもっと違う目的があるんだろ?」
治す者、愛す者の席を通り過ぎてゼロの椅子に触れる。
「それはなんだ? 一体お前は何を知ってる」
ゼロの肩に軽く触れる。するとゼロは驚いたのか体を少しだけ動かした。
「……はは、まぁ理由はどうでもいい。こうなったら和解もできないだろうしな」
手を離して自分の椅子に戻る。まぁ座んないけど。
「じゃあなゼロ……今度こそ、次会うときは殺し合いだ」
椅子に魔力を流し込み凍らせる。それを軽く握りバラバラにしたところで俺は自室に戻ってきた。
「……いよいよ始まったな戦争が」
俺は机の上に置かれた手紙を見ながら呟いた。
戦うことに……なってしまったな。