208話 堕落する日常
「ふぅ」
観光名所なだけあってそこそこ混んでるな、まぁ俺だってバレると面倒だから姿を変えてみたんだけど割と上手くいくもんだな。……いや今の姿の方が背丈あるし髪も黒いから好きだな、今度から魔王って隠して会う時はこっちの姿で行こうかな。
そんなくだらないことを考えていると温泉の扉が開く音がした。
「お風呂だ〜!」
「はいストップ」
「いつまで経っても子供ねぇ」
湯船に向かって走ろうとしていたフィーの腕を掴むエリーナ、それを見て呆れたように、しかし笑っているエレナ……タイミング最悪なんだけど。あの3人、いやフィーは置いといてエレナは普通に俺の事を見破る可能性が高い! でもだからってこのタイミングで出たら一緒に入るのが嫌だとか怖くて先に出るとか3人に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。……まぁバレないことを祈るか。
「フィー様!」
ん?
「エリーナ様も今回は3人でお風呂ですか?」
んん?
「綺麗な羽根ですねぇ、お手入れはどうやってるんですか?」
……なんか人気じゃね?
「ちょ! 体洗えないから退いてぇ〜」
もみくちゃにされて困ってるフィー。
「そうそう3人でお風呂なの〜」
囲まれて嬉しそうなエリーナ。
「お手入れと言うほどのことじゃないけど」
丁寧に質問を対応するエレナ。
俺の知らないうちにものすごい人気者になってるんですけど。俺なんか「あっノーチェ様こんにちは〜」とかで終わるのに! いや別にいいんだけどさ!!
「って何考えてんだ俺」
ゆっくり考えてたら疲れてきたなぁ。
軽く体を拭いて扉の前に立つ。そういや女の人の体見てもなんとも思わなくなってきちゃったな……いよいよ女になってきたのか? 今度ケルロスに裸になってもらおうかな。
「ん、じゃあねノーチェ」
「おー」
ガラガラ
はぁ〜スッキリしたぁ。
用意していた服を着ながら今日の晩御飯について考えていると俺はあることに気がついた。
「じゃあねノーチェ」
……ん?
和服に袖を通したところである一言を思い出した。
「あれ? 気付かれてんじゃん」
しかもそれを言ったフィーもその後ろにいた2人も俺に手を振ってたし。
ガラガラ
「気付いてんなら言えや!」
「あっ帰ってきた」
姿を戻して服を脱ぎ3人にそう伝えて怒ったまま温泉を後にした。
「ったく……気付いてんなら最初から声をかけてくれればいいじゃん」
足音を立てながら家に向かっていると前方によく知った背中が見えた。
「ケルロス〜!!」
その背中に向けて全力で走り出した。
「おわっ!」
思いっきり背中に抱きついたからかケルロスは一瞬驚いた様子を見せた……しかし直ぐに俺だと気づいて笑顔で手を掴んできた。
「いい匂いするけど温泉でも行ったの?」
「正解〜……あっそうだケルロス」
俺はケルロスの前に出て胸を張る。
「ケルロスに俺の体を触っていい権利をやろう!」
「え!?」
ガチ驚きじゃん……変な勘違いされないように言っとくか。
「いやあれだぞ! マッサージな! クイックにも頼んだ事あったからさ」
「あっ……そうだなうん」
何するつもりだったんだこいつ。
「じゃあ早く帰るか」
「え、あっ! ちょ!」
ケルロスは俺の事を持ち上げて家まで走っていった。
「どんだけ触りたいんだよ変態〜」
俺の声は夕日の中に溶けていった。
「さて……やるかぁ」
「そのやるかぁは変な事じゃないよね! 普通にマッサージだよね!」
「……うん」
目を逸らしながら頷くケルロス。
「目を逸らすな! そしてなんだ今の間は! ったく……いや俺もあんなこと最初に言ったから悪いかもだけどさ」
「ふ、ふふはははは」
「なんだよ」
いきなり笑い出すケルロスに驚き少し体を遠ざける。
「いや、本当にノーチェがいると楽しいなって」
「いきなりなんだそりゃ」
そして俺もくすくすと笑いだした。
とまぁ色々あったけどマッサージを初めてもらってしばらく経った頃。
「……よしもうやめよう」
「え?」
上手い……いや上手いんだけどなんかちょっと無駄に意識してしまう。
「と、とにかくもうやめ……ひゅ!」
「あっごめん」
変なとこを触ってる訳じゃなさそうなんだけど単純に俺が悪い……そう俺が悪いから早く辞めて欲しい!
「もう十分癒されたから休もうって!」
「……わかった」
ちょっと残念そうだけどこれでようやく。
「おい……早く離れろ」
「あっうん」
はぁそんな顔されたらなぁ。
「ほら」
俺は腕を開いて優しく微笑みかけた。
「え?」
困惑しているケルロスのことを無視してカウントダウンを始める。
「さーん、にーい、い――わっ!」
思ったより勢いよく来たな。
「危ないなぁ」
「ごめん」
と言いつつ離しはしないのね。
「昔から甘えん坊だな」
頭を撫でながら呟く。
「そうだよ……昔から俺は、俺達は何も変わってないよ」
昔から……昔からか俺は最初ケルロスのことを自分の経験値にするつもりだったんだけどね。
「……あの時は助けてくれてありがとうね」
「ふふ、いつの事だよ」
あの時、ケルロスを殺していたらみんなと会えなかったかもしれない……あの時ケルロスを殺していたら自分の為だけに生きるしかなかったかもしれない。俺に仲間の大切さ、友達のありがたさを教えたのはハナでもさくらでもない……君だ、君なんだよケルロス。
「ノーチェは今幸せかい?」
ケルロスが俺の手を優しく握りながら聞いてきた。
「あぁとても幸せさ」
迷うことなく答える。それを聞いたケルロスは嬉しそうにしながら離れていった。
「……あれ? どうしたの」
顔が近くに来たタイミングで下を向いて固まったケルロスを見て不安になった俺は声をかける。しかし返答は無い。
「ケルロス?」
顔を見るために手を伸ばそうとした時俺の唇に何か温かいものが触れた。
「……んん!?」
慌てて手を伸ばすがそれも掴まれてしまいいよいよ抵抗が出来なくなる。
「んっ! んん!!」
しばらく……いや多分時間的にはそこまで長くは無いのだろうけどそこそこの時間が経過して俺は開放された。
「お前……馬鹿だろ」
赤くなった顔を逸らして息を整えながら何とか言葉を絞り出す。
「我慢できなくて」
ヨダレが服に着いた……どっちのかも分からないし。
「少しは我慢しろって、今までで1番長かったと思うぞ」
いきなりされるとびっくりすんだよ……それに心臓の音がやばい。
「てかその顔は反則」
ケルロスが何か呟くと俺は手を恋人繋ぎされた状態でベッドの上に押し倒された。
「ちょっおい! 冗談にしてはやりす――」
こいつまた! てか本当にやめ……!!?? 舌! 舌入れてくんな!!
何とか抵抗しようとするが体の力がゆっくりと抜けていく感覚に襲われて上手く退かせられない。あと頭とボーッと。
ゴンッ!
「いっ!」
「おい……ただいまって言っても返事がねぇから何事かと思えば何してんだお前」
「おかえり」
クイックか……はぁ〜助かった。
「何がおかえりだよ! めちゃくちゃ変な事しようとしてたじゃん!」
クイックの鋭いツッコミがケルロスに刺さる。そしてケルロスはゆっくりと俺から離れていった。
「マッサージ……頼んだ……だけなのに」
先程よりも乱れた息を肩を動かしてどうにか整える。てか結構やばかった。
「よしお前1週間ノーチェと接触禁止な」
「な! そりゃやりすぎだろ!」
そこで抵抗するのか。
「まぁ、マッサージ頼んだのは……俺だから……今回は目をつぶる」
それを聞いてクイックは呆れた顔でケルロスはそれを見てニヤニヤとしていた。
「でもああいう無理やりなのは嫌だ……いや違う! とにかく変なことはすんな」
何を言ってるんだ俺は!! あんな言い方したら合意すれば良いみたいじゃん!
「わかった無理やりはしないわ」
「だから違うって!」
「ノーチェ疲れたでしょマッサージしてあげるよ」
クイックの顔的にガチで同情してくれてるわあれ……頼むか。
「え〜俺もする〜」
「「お前は黙ってなさい!」」
同時に言われたのが少しショックだったのかケルロスは部屋の隅の方に言ってしまった。
その後は普通にマッサージをしてもらって解散となった。なんだか今日のケルロスはおかしかったけど犬……あっ狼だわ! いやそんなことより狼だし発情期とかあんのかな? てことはクイックも? 俺もあるとか? ……はは想像出来ねぇ〜。
翌日フィーに聞こうとしたがなんかそういうのは知らなそうだったのでエレナに聞くことにした。