202話 舞う土
1回戦も2回戦も順調に進みとうとう3回戦レオが出てくる番だ。特訓は毎日したしその辺の生徒に負けるはずはない。……多分。
「……先生が教えてるのに不安なの?」
リリュクが俺の顔を覗き込んで言った。
「いや、そんなことは」
咄嗟に顔を逸らしたけどバレてるだろうなぁ。
「大丈夫……すぐに終わるから」
リリュクの発言を不思議に思いながら入場するレオの姿を確認した。手くらい振ってくるかと思ったけどものすごく真剣な顔付きで相手を見ていた。
「緊張してるのかなぁ」
勝って欲しいと心から思いつつレオの戦いを見届ける。選手2人が中央の線で立ち止まり合図を待つ。真ん中にいる審判が腕を上げて下ろすと試合が始まった。
バコンッ!!
「な、なんだぁ! 何が起こったぁ! 試合が始まった瞬間に二人の間で大きな土煙が舞ったぞ!」
晴れた煙の中では動かずに立ち尽くすレオと倒れた相手選手が居た。
「ね、負けなかったでしょ」
「……そうだね」
あの一瞬地面の下に潜らせた武器で攻撃したのか……あそこまで使いこなしてるとは思わなかった。
「これは特殊クラスの時代来たかなぁ〜」
ナツが得意げに言う、後ろのクラスは少しだけ嫌な目を向けていたがまぁそのくらいで特殊クラスはどうにもならないさ。
「……あれ? ウィラーはどこいったんだ?」
「ほんとだ、出場はまだ先なはずだけど」
「トイレじゃない?」
ウィラー……あの魔法をものにするつもりなんだろうな。
数日前
「先生!」
「ウィラー? どうしたの?」
帰宅途中学校の外でいきなり声をかけられた俺は驚きながらも返答する。
「先生に教えて欲しい魔法があるんだ!」
ウィラーが教えて欲しいと頼んできたのは転移魔法……使わないようにしていたからバレないと踏んでいたんだけど何故かバレていたみたいだ。でも今のウィラーなら信じて教えることができる。とはいえ転移は目に見える範囲と行ったことのある場所しか飛べないっていう制約があるからな。そこまで使い勝手がいい訳でもないと思うけど。
「先生?」
「いや……大丈夫だよ」
それを聞いたウィラーは目を輝かせながら俺の後ろを着いてきた。
そして今日まで転移について教え続けたのだが……1度も使えなかった。あのウィラーですら使えないって、やっぱり難易度は高いんだな。それにあれは魔法じゃなくてスキルだから使い方も違うとか? その辺はあんまり意識したことないけど。
結局ウィラーは席に戻ることはなくそのまま時間だけが過ぎ去りいつの間にかウィラーが出る7回戦になってしまった
「大丈夫かなウィラー」
「平気だよ〜」
心配するカガリにシュクラが答える。一緒にダンジョンを潜ったことで仲間への信頼感が上がったか……うんうんいい進歩だ。
俺が感心していると7回戦が開始された。
「相手は斧使い、まぁ力に任せた感じだな」
「ですね、初撃をどう避けるかが大切かと」
リリュクの言うことは正しい、ああいう相手は最初の攻撃の避け方で戦いが大きく変わる。どうするんだウィラー。
「ふぅん!」
全身を反らせて後に斧をウィラーの頭目掛けて振り下ろす。しかし斧はウィラーを捉えることなく地面を縦に切り裂いた。
「なっ!」
……転移成功か。
「七章十五番七列!」
氷の剣が斧を弾く。そして振り返った斧使いの首元にはその剣が押し付けられていた。
「勝負あり!」
このタイミングで転移を成功させるとは、大きな賭けだったけど最高の手だったな。
「言っただろ〜」
何故シュクラが得意げなのかは置いといて俺も誇らしい気分だ。帰ってきたら頭を撫でてやろう。
「9回戦が終わりそうだけどチグリジアは?」
アゼルが8回戦の頭で居なくなったチグリジアを心配している。まぁ俺も心配はしているのだが……それよりもこのまま現れなくてもいいんじゃないかと考えている。出てこなければ試合は放棄されたと見なされ相手側の勝利となく。戦いたくないなら無理やり戦う必要なんてない、チグリジアの意志を尊重すべきだ。
「チグリジア?」
そんなことを考えているとチグリジアが席に戻ってきたようだ。どこにいたのか、怖い思いをしていたのか……気になることはあるけれどここはあえて聞かず――
「チグリジア?」
「はい?」
不思議そうな顔をしながら俺の前で立ち止まる。
「……いやなんでもない」
「分かりました」
チグリジアは明るい笑顔を見せてから出場席へと向かって言った。
「どうしたの先生?」
「……なんでもない」
匂いがした……どこかで嗅いだような匂い。それも結構重要な何かで。
俺の疑問は分からないまま試合は始まろうとしていた。今考えたって仕方ない……それよりもチグリジアが大きな怪我をする前に止めに入らなと。
基本氷魔祭では生徒がリタイアするか戦闘不能、死亡するような攻撃を受けた時などに試合が止められる。しかし本当にやばいと思った時は先生が間に入り試合を止めるのも許可されている。止められた時点で相手生徒は負けが確定するのであんまりやりたくは無いがそこを見極めるのは俺の議力次第ということで……それに生徒が傷付く姿は見たくないから。
「試合開始!」
審判がそういうと相手はチグリジアに突撃する。武器は無い、魔法強化した体で戦っているのか。まぁ獣人だからな……その位は。
ボンッ!
「爆発!?」
会場を響かせる爆発音、誰がやったのか全員が驚いていただろう。しかし特殊クラスのみんなと俺はその全員の誰よりも驚いていた。
「チグリジアの魔法は爆発?」
「隠してたのね」
これがチグリジアの力……凄まじい破壊力だ。これなら獣人相手でも勝てるかも。
不意打ちを食らった獣人は伸ばしていた腕を怪我したようだ。しかしそれでもチグリジアの首元に噛み付こうと魔力強化している。
「……でも先生、なんでチグリジアはあの力を隠してたのかな」
隣のリリュクが不思議そうに尋ねる。
「試合前にバラしたら対策されるとか?」
「でもその為だけにずっと黙ってるものなのかな」
確かに……封王祭では死ぬ直前まで追い込まれたのにあの力を解放しなかった。それがここではそれを存分に解放している。それはなんで……。
「砂漠を担当したサジンが重症です。何か大きな爆発に巻き込まれたような」
「爆発? ガッシュとチグリジアはそんな能力持ってないぞ」
「ですよね……まぁあそこはトラップとして地雷を入れてるのでそれが発動したのかも」
……サジンをやったのはチグリジア? ガッシュがあの爆発を知らないってことはサジンを単体で追い詰めたのか? 待て待てそれじゃあチグリジアはこのクラスで1番強いってことに。
「なんとぉ! 誰が予想出来ただろうか! 今回の試合……勝ったのは特殊クラスのチグリジア・クールーだぁ!」
チグリジアが勝ったのか……まぁ俺の考えはあくまで予測だ。本当にチグリジアがやったとは。
ボンッ! ドォン! ドンドン!
「なっ!」
勝敗が決まったのにチグリジアが爆発をやめない。既に相手は瀕死状態だ、これ以上すれば。
「ちょ! チグリジアさん! 勝ちです! 貴女の!」
話しかけた司会に目を向けた……。その時のチグリジアの目はどこか狂った魔王と似た目をしていた。
「チグリジア!」
俺は観客席から飛び出してチグリジアの肩を掴む。
「終わった! もう終わったから戦わなくていい!」
俺が肩を揺らして止めるとチグリジアはゆっくりとこちらを向いて呟いた。
「先生は……私を愛してくれる?」
「……え?」
「先生は私の味方だよね?」
顔を近付けてくるチグリジア。
目が正気じゃない……とりあえず眠らせて。
パシッ!
手が!
「先生は私を愛してくれないの?」
背中に氷を入れられたような寒気を感じる。どう反応するか考えていると観客席から叫び声が聞こえた。
「先生! 逃げて!!」
ヴィオレ――
ドゴンッ!!
「チグリジアちゃんよく出来ました〜」
チグリジアの肩に止まる妖精……あの恐ろしい雰囲気を漂わせる妖精は。
「ヴィオレッタ?」
「なんで……あいつがここに」
私の様子がおかしいことに気がついたみんながこちらを見る。
「お、おい! どうしたヴィオレッタ!」
「あ、あれは新しい魔王……ハレン・バーバット」
「魔王!?」
「説明はあと! 今すぐみんなここから!」
私がそう言うと首元に黒い何かがくっ付いた。
「これは」
魔法の鎖!?
「チグリジア〜酷いじゃないかぁ裏切るなんて」
「ひぃっ」
このままじゃ力も何もかもあいつに。
「キャンディ・コーティング!」
「おらぁ!」
リリュク、レオ。
「……なかなか強いのも居るみたいだ」
「結界!?」
会場全てを囲うように結界が現れた……これじゃ逃げられない。
「でもまぁ、今回の目的は違うからそれだけサクッと片付けようか」
ニヤリと笑う妖精の笑みはチグリジアの顔付きなんて霞むくらいだった。