195話 呪いの兎
「ここら辺の敵は倒しきったな」
「そうですね、それにしてもすごい量」
チグリジアが辺りを見渡す。俺の足元にもサボテンのような魔物の死体が散らばっている。
「1度休もう。しばらくは平気だろう」
地面にしりをつけて水を飲む。チグリジアはタオルか何かを引いてから座り込んだ。
「お前も飲むか?」
「あっ! ありがとうございます」
水を手に取りゆっくりと飲み込むチグリジア、行動の一つ一つが小動物のようで可愛らしい。男子からの人気が高い理由もよく分かるな。
「?どうしました?」
「いや、なんでもない」
じっくりと見すぎたか。
「そろそろ動こう、敵は倒したが増援が来ないとも限らない」
「そうですね」
バコンッ!
「!? 下だ!」
反応が遅れたチグリジアのことを突き飛ばし地面の敵に拳を振り下ろす。しかし俺の拳はなにか鋭いものに骨ごと粉砕された。
「ガッシュくん!」
「ッ!」
「頑丈な手だな……本当ならその腕全て貰うつもりだったんだが」
こいつ……今までの敵と格が違う。
「手が……」
チグリジアが近寄ってきて俺の腕を確認する。俺もチラッと確認したが拳の骨はぐちゃぐちゃになってて力は入らない。
「大丈夫だ、まだ片方残ってる」
強がりながら敵を見る。この状況で目を離すのは愚策だ。
「痛みに耐えて俺のことをしっかりと確認する。お前は強くなるな」
さっきの攻撃は何が起きた、奴は何も持っていない……一体どうやったんだ。
壊れた手からボタボタと血が流れる。チグリジアはそれを不安そうに見つめるが今そんなことを気にしている暇は無い。
「アクセラレーション!」
加速して一気に勝負を決める!
砂が舞い上がり俺のいた場所は何も見えなくなる。そしてそのまま敵に
「判断はいいけど強さはまだまだか」
避け――
ドコッ!
「ぐっばっ!」
腹部に足がめり込む、俺は出来ずに元いた場所に吹き飛ばされた。
「ガッシュくん!!」
「がっ! ごほっ!」
ビチャビチャ
口の中が血の味だ……内蔵を圧迫されて血が上ってきたか。それにこの痛みは肋骨が折れてるな。
「本当に子供かお前……逆に怖くなってきたぞ」
男はゆっくりと近付き俺たちの前に立つ。チグリジアが俺と男の間に入って震えながらナイフを持った。
「そ、それ以上来ないで!」
「やめ……ろ」
立ち上がろうとすると骨が体に刺さる、今頃になって手の痛みが戻ってきやがった。
「……まぁここで終わってもいいんだけどつまんねぇからな」
男はそういうとチグリジアのナイフを取り上げた。
「あっ」
「次だ、次会った時は見逃さねぇ」
ナイフをそのまま懐にしまい込み男は砂の中に消えていった。
「何が」
違和感を覚えたのはその時だった。
「ガッシュくん……怪我が」
「え?」
痛みが引いた……いやそんなことよりぐちゃぐちゃだった手が治ってるし腹の辺りも無傷だ。
「あいつが」
「治してくれた?」
俺とチグリジアは何が起きているのか分からないまましばらくそこに突っ立っていた。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ
「はぁ……はぁ……はぁ」
「どこまで逃げる気だ」
「どこまでってあいつから逃げられるまでよ」
どこまで行っても森、森、森。全然抜け出せる気がしない。それにさっきまでは明るかったのにだんだん暗くなってるし。
「恐らくだかあいつはこのダンジョンのボスだ! あれを倒さなきゃいつまで経ってもここから出られないぞ!」
「そんなことは薄々気付いてるわ!」
でも今の私達じゃあいつを倒すどころか一撃与えるのだって。
「みぃつけたぁ!」
木の上から声が聞こえると私たちの目の前にバンッと土煙を舞わせながら先程まで寝ていた少女がダボダボの服を着て立っていた。
「もう追いつかれたの!?」
「ちっ! ロック・ランス!」
アゼルが魔法を放って攻撃するが少女はその魔法を指で軽くつつき地面にめり込ませた。
「私をお布団から出したんだ! せいぜい楽しませてくれよ!」
先程まで寝ていたとは思えない動きで蹴りを放つ、私はアゼルに引っ張られなければ後ろの木と同じように真っ二つに折られていただろう。
「……やっぱり君は見えてるね」
「あぁ」
アゼルも誤魔化しは効かないと思ったのか普通に認めたな。
「じゃあ、少しだけ本気でいくよ」
少女がそういうと足元の地面がボコッとえぐれる。それと同時に少女はアゼルに突っ込んでいった。
「ッ!」
速い!! この子は魔法が得意なタイプだと思ってたのに!
「私はいつも寝てるし普段は魔法を使うからよく勘違いされるけど得意なのは!」
アゼルの腕を絡み取り木に投げつける。
「体術なんだよ」
「アゼル!」
「大丈夫だ、少し吹き飛ばされただけだしな」
余裕な感じだけど足が震えてる……さっきの攻撃が足まで来てるんだ。
「少し休んでて、私が相手するから」
「待て……キャネルはあいつの動きが見えて」
アゼルの口元に指を置きウィンクする。
「大丈夫、私だって強くなってるんだから」
それを聞いたアゼルは反論することなく体を休め始めた。
「待たせたわね!」
「待たせるのは私もよくやるからね、気にしてないよ」
体術を使用する相手に勝つにはリーチと魔法の速度で何とかするしかない。距離を詰められたら私は負ける……逆に距離さえ取れればまだ勝機はある!
「エアロ・ソード!」
風の剣が少女に向かって3本発射される。1本は少女の後ろを通り過ぎもう1本の刃は手で軽く消され最後の1本は頬を掠めるだけで終わってしまった。
「ッ!」
全部避けられた……でもそんなことは最初からわかってた!
「ウィンド・ディスパーサー・ダウン!」
私の頭上に風斬魔法を用意した! そして私はワイヤーを体に括りつけて後ろに下がる! 完璧な戦い方!
「上」
避けられない! 当たる!
バコンッと大きな音と共に草と土が辺りを包む。
「よし!」
あれだけの魔法威力と範囲! いくら強くても全て躱すのは不可能なはず!
「後ろだキャネル!!」
ドスッ
「あっ」
「え?」
左肩から下の感覚がない……あと腕がお腹の辺りから出て。
「やべ……腕1本位にするつもりが」
少女は訳の分からないことを言って腕を引き抜く。私はその衝撃で地面にバタンと倒れ込んだ。
「キャネル!!」
座り込んでいたアゼルが慌てて私の元に駆け寄る。
「……じ……あ」
攻撃が肺に……声が出ない。
「無理して話すな!」
「やばぁ……どうしようこれ私回復使えないしなぁ」
少女がボソボソと何かを言ってるいるが耳鳴りが酷くてよく……聞こえない。
「回復!」
アゼルが回復してくれてる……でもこれはさすがに厳しいって自分でもわかる。
「む……く、を」
「うるさい!」
あの少女は攻撃する様子がない……だからって安心は出来ないここはアゼルだけでも。意識が遠のく。死にたくない、それにアゼルをこんなところで。
「し……に……な」
「だからもう!」
怒るアゼルの腕を掴み回復を辞めさせる。
「キャネル?」
これ以上……もうこれ以上仲間を! 家族を失いたくない!!
「あんたのせいで!」
「呪われたガキが!」
「お前なんか!」
……呪いの力を使えば家族が、でも今使わなければ友達が。
「無茶をするなキャネル! いいからもう」
呪い……返し。
「え?」
「ごほっ」
何が起こった? 私の体が裂けて……。腕に力が入らない。
「キャネル?」
「もう……平気」
傷が治ってる……いや全部じゃない、でもさっきと比べればだいぶ。
「何を……」
「呪い返しよ……私の傷の八割を貴方に返したの」
そうか……こいつ兎人か。
「なるほどね……そんな技を隠してたなんて。油断したよ」
「……使うつもりはなかったの。私の呪いは兎人族の中でも効果が強くてね、それに周りの人にも被害が出ちゃうから」
キャネルがゆっくりと立ち上がる。まだ傷は残っていて足に力が入りにくいのか体をフラフラさせながらも一生懸命に前を見る。
「でも、今使わないとあなたを倒せないし……何より」
そこまで言うとキャネルは口から大量の血を流し始めた。
「キャネル!?」
「周りの被害は……全部私が引き受ければいい」
ビチャビチャビチャビチャ!
「あんた……死ぬよそれ」
「確かに、やばいかもね」
倒れそうなキャネルをアゼルが支える。しかし血は止まることなく溢れ続けている。
「今回の代償はこの怪我をした時に流れた血の量……既に流れていた分とこれから流れる分が私から減り続ける。正直意識やばいしもう立ってもいられない」
ゆっくりとそして確実にキャネルが歩き始める。
「それでも……私達は貴方に勝つ!」
キャネルが叫ぶと支えていたアゼルが魔法を放つ。
「ストーン・ショック!」
巨大な岩が少女に向けて放たれる。その岩を見た少女はにこりと笑い口を開いた。
「キャネルにアゼル……覚えたから。そして私のことも覚えなさい、ブランケット・スローよ」
ブランケットはそのまま岩の攻撃に押しつぶされてしまった。
「勝った……のか?」
「それ、フラグよ。ごほっ! おぇ!」
「おい! キャネル!!」
キャネルのことを寝かせようと地面に置こうとした時その地面に生えていた草が全て無くなっていたことに気がついた。
「ここは」
「はい、お疲れ様〜」
声のする方を振り向くと手を叩きながら満面の笑みで俺たちを称えるレイバー先生が立っていた。
「先生! キャネルが!」
「大丈夫大丈夫、もう治ってるよ」
俺がそういうとキャネルは自分の体をアゼルはキャネルを見て驚いていた。
「あれ!?」
「怪我も口から流れてた血も止まって」
「いやぁギリギリだったね」
先生はいつもの笑みを浮かべながら俺たちの頭を撫でてくれた。
……何が何だかわかんないけど俺たちはダンジョンをクリアしてここに戻って来れたのか。そう考えると足に力が……。
「おっと、2人とも疲れただろ? 今は休んでおきなさい」
「はい。あっ! でも他の生徒たちが!」
キャネルがそういうとレイバー先生はまた優しく笑い「問題ないよ」 と答えてくれた。