194話 地を這う蝙蝠
「はぁ〜美味い!」
「……マジかよお前」
俺たちは火炎魔法を使い倒した魔獣を……食らっていた。いや俺は食ってないけど。
「うぃばーぼたべばいどづかべぶぞ」
口に大量の肉を含んだ状態のシュクラがなにかの足を俺に差し出す。
「いや……俺はいいかな」
「んっ! んん……ふぅ。そうかぁ〜」
ワイルドというか魔獣って食えるのかって疑問の方が浮かんでくる。
「マジかよ」
俺はシュクラの画面を見て驚いていた。
「いや……あの魔獣はその辺のをかき集めたのだから全然構わないんだけどさ、いや普通あれ食べる? 見た目完全に虫なやついたけど」
ウィラーもドン引きだよ……シュクラがワイルドとかそんなレベルじゃないんだけど。
そんなツッコミを入れているとシュクラ達に近付く影が画面に映りこんだ。
「……ここからが本番だな」
元気よく魔獣を食べるシュクラとそれを眺めるウィラーを見つめて俺は楽しそうに微笑んだ。
「……誰か来る」
先程まで口いっぱいに魔獣を入れていたシュクラが戦闘態勢に入った。この切り替えはさすがと言うべきか。
「何人だ」
「……1人、でもめちゃくちゃやばい」
シュクラの勘はよく当たる。というか敵と見れば突撃するようなやつが拳を握り構えているってことは相当にヤバいやつなんだろう。
「……あら、いい匂いね」
聞こえてきたのは女性の声……一体どこから声が。
「貴方たちがやったの?」
耳元!?
「ウィラー!!」
シュクラが俺の顔すれすれに全力でパンチを入れた。俺はただ反応出来ずその場に立ち尽くすだけだった。
「あらあら、ごめんさいね。あんまりにも可愛い子だったからつい」
「お前……何者だ」
「……私は貴方達の敵よ。そうね名前だけでも教えてあげる」
腕は大きな鎌が着いている頭には触覚か……下半身は普通だけどなんだあれは見たことの無い種族だ。
「私はトロリアット様に使える六大獣蟲の1人リップ・ピースよ、よろしく」
「……私はシュクラ」
「俺はウィラーだ」
「そう、それじゃあシュクラにウィラー……死なないように頑張ってね」
リップはそう言って巨大な鎌を俺たちに向けて振り下ろした。
「ごめん……私が油断したから」
お腹の包帯である程度血は止まると思うけど痛みは引かないだろうし応急処置だから酷くなっちゃうかも……早く治してあげないと。
「いや、俺の方こそすまない。早速足を引っ張ってしまった」
申し訳なさそうに答えるウィグの頬をつつく。
「大丈夫、このくらいで見捨てたりしないから」
「……ありがとう」
ウィグの処置も終わったので辺りを確認するために外を覗こうとした時なにか異常な魔力を感じ取った。
「ん? なにか来る」
明らかに普通じゃない……。そう考えた私はウィグのことを奥に移動させて洞窟内でやり過ごすことにした。
気付いたのはだいぶ離れた時だったしこの洞窟に来るとは限らない。それに外は吹雪で視界も悪いからまずここに洞窟があることなくて……。
ペタ、ペタ、ペタ
嘘……。
地面を素足で歩いているような音、こんな雪が降りしきる中で素足なんて足が壊死してもおかしくないはずなのに。
先程までの余裕はなくなり手で口を覆い息を殺す。
奥まで来られたらどうにもできない……戦う場所だってないし洞窟だから逃げる場所もない。
私が一生懸命に息を殺していると優しく肩をつつかれた。
「何かあれば俺が隙を作る。今の俺たちなら怪我をしてないヴィオレッタの方が逃げられる可能性が高い」
私の耳元でウィグが言う、私は反論しようと振り返るがウィグはそれを許さなかった。
「前を見てろ……何かあれば直ぐに出るんだ」
……。ここで仲間を見捨てて生き残るなんて嫌だ。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ
足音が近づいてくる。音が大きくなると同時にウィグの魔力が手に集まっている。いつの間にか矢と弓まで用意してるしエルフってのはすごいな。
呼吸が妙に大きく聞こえる。汗が頬を伝って落ちるその水滴でさえ音がピチャリと聞こえ余計に焦りを産んでしまう。
ペタ、ペタ。
足音が止まった……バレたの? でも攻撃は来ないそれに気配はまだ遠い。
しばらく黙っていると足音は洞窟の外へと歩いていった。
「はぁ〜危ない危ない」
「ふぅ」
ウィグも弓矢を下ろしている。
「どうする?」
「ここにいるのは危険だね……とりあえず外へ」
外に出ようとした時ウィグの足元からコツンと音が鳴った。
「ん? なんだ」
足元の箱を取り上げて確認する。
「医療箱?」
間違えて落としたの? いやそんな間抜けな……。先生とか?
一応中身を確認して怪しいものがないか調べる。特段変なものはなかったので消毒液を取り出しウィグに使う事にした。
「いっ!」
「我慢して……でもこれで良くなるはず」
良かった……これでダンジョンクリアも見えてくる。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ
「あのまま食っても良かったんだけどねぇ〜まぁノーチェ様とトロリアット様の命令なら……仕方ねぇか」
ニヤニヤとしながら吹雪の中を歩く小さな男、その男の口元にはヨダレが少しだけ流れていた。
「魔物は行ったな」
「そうみたいね」
ふぅ……とりあえずは大丈夫そうね。
「けどなんでいきなり現れたのかしら」
「さぁな……けどもう近くに敵はいないし先を急ぐ他ないだろ」
こういう時に獣人って役立つよねぇ。
「そうしましょ」
膝に手を着いて立ち上がろうとした時……。
「ッ!! 頭下げて!」
私の声に反応してカガリが頭を下げる。ちょうどカガリの首があった辺りに鋭い刃が通り過ぎた。
「あ、危ねぇ!」
「あらぁ……残念ねぇ」
大きな女の人……ってそんな魅入ってる場合じゃない!
矢を取りだし弓にかけるそのまま矢を!
「そんなに急いで引かなくても良いじゃない」
「……え?」
引いていたはずの矢が指から無くなってる。なんで? 落とした? そんな馬鹿なことする訳。
「探し物はこれかしら?」
長身の女性が私の目の前に矢を置く。
「あっ」
「そいつから離れろ!」
獣人化したカガリが翼を大きく広げて牙を向ける。
「……あなたも獣人なのね」
あなた……も?
長身の女性がそう言うと手足が胴体にくっ付いて大きな蛇の姿へと変わっていった。
「私も獣人なのよ」
レイバー先生と同じ蛇。
「高音――」
「遅い!」
蛇がカガリの翼を巻き取り地面に叩きつける。カガリはそのまま抵抗できずに蛇の体に埋もれてしまった。
「ッ! カガリを離して!!」
弓を目一杯引いて蛇の頭に標準を合わせる。でも蛇はそれに全く動じていない。
「早く離しなさい! 私は本気よ!」
「なら撃てば良いじゃない……私はあなた達を殺そうとしている敵よ」
パシュ!
その言葉を聞いた瞬間に背筋がゾクリとしたその恐怖に任せて矢を撃ち込んだのだが。
「……いいわねぇその瞳、恐怖の中に強い意志を感じるわ」
動きが見えなかった……放った矢を一瞬で避けたの?
「逃げろ……ナツ」
「うるさい! 先生が私達に教えてくれたことは仲間を見捨てて逃げる方法でもここで死ぬ方法でもない! 仲間を助けてここをクリアする方法よ!」
叫び終わると同時に魔力を流す。
今ここで全力を出す! 後のことなんて考えない! 私のできる全てを!
「ファイヤー・ショック・ボム!」
矢の先に付いた炎は触れれば全て爆発する!
「あんた仲間がいるのにそんな技を!」
「アレやってカガリ!」
「でも!」
「いいから早く!!」
私が耳を塞ぐのを確認するとカガリは聞くに絶えない高音を放った。
うぅ……耳を塞いでもこの威力……でも!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
拘束が緩んだ!
バサッ!
「弾けろ!!」
火の矢は大きな体をした蛇に全て辺り大きな爆発を引き起こした。
「はぁ……はぁ」
「大丈夫か?」
カガリがふらふらな私の腕を掴んでくれた。
「何とかね……でも魔力はほとんど空よ」
「いや、よくやったよ」
カガリが優しく私の背中に手を乗せた。しかし……その手は力なくボトッと音を立てながら落ちていった。
「え?」
「は?」
ブシャッと音が鳴る。それと同時に私の白い服は赤色に染められてカガリは脂汗をかきながら右手を確認した。
「いっ! っまえ!」
痛みで上手く喋れていない……そしてあいつは。
「あぁ〜痛かったわぁ。酷いじゃない……こんな攻撃してきて」
何事も無かったように動き出した。
「と、止まりなさい!」
「さっきも同じことしたでしょ? 私とあなたじゃ力に差がありすぎよ」
弓を構える手が震える。恐怖もあるだろうけど魔力がほとんどないせいで意識を保つので精一杯だっての。
「……逃げろナツ」
「ふざけないで」
蛇には聞こえないように静かな声で答える。
「どの道俺達だけじゃ勝てない。他の仲間を呼ぶんだ……安心しろ俺は時間を稼いだら上手く逃げるから」
無理に決まってる、片手を切り落とされていてあれだけの実力差があるとわかっていてあいつから逃げる? そんなの絶対。
「わかったな」
「分からないわ、さっきも言ったわよ。私はここで貴方を助けてあいつを倒してダンジョンクリアを目指す」
飛びそうな意識を気合いで繋ぎ手に力を入れる。
まだ戦える、まだ弓を引ける。
「……いいから逃げろ」
「ッ! 何度言わせるの! 私は逃げたりしない!」
あまりにしつこいので大きな声で反論する。しかし私は声を出しただけで体がふらついてしまい地面に膝をついてしまった。
「……くっ」
「今のお前じゃ無理だ」
話せなくても絶対そんなことさせないとカガリの顔を見る。そして私は確信した。
あぁ……こいつは今死ぬ気だと。
「そろそろいいかしら」
蛇が口から剣を取り出し人の姿に戻る。戦闘態勢に入れば私達に逃げ道は無い。どうにかしてこの場を……。
足に力を入れて立ち上がろうとした時私の肩に温かい手が触れた。
「カガ――」
「死ぬなよ」
ドンッ!
肩に置かれた手は私を弾き深い闇の中へと転がしていった。
「狙ってたのね最初から」
「あぁ俺は空間把握能力に長けてるからな」
「……あの子死ぬかもしれないわよ」
ニヤニヤとした笑顔は無くなり真剣な顔で蛇は言った。
「確かに、魔力はほとんどないし立ってるのがやっとだろう。でも……それでもここにいるよりは生存率が上がるだろ?」
強がれ、笑え、相手の目を見るんだ。引くんじゃない、怖くても引き下がるな。
「……六大獣蟲、シャーネス・バンド」
「特殊クラス生徒、カガリ」
俺の名を聞いた蛇は真面目な顔から冷酷で、そして幸せそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「カガリ、私とたっぷり遊びましょ」
痛みが響く右手を強く握り俺は魔法を放った。
「エアロ・スラッシュ!」