193話 包まる少女
「それにしても暗いな」
「そうね、少し先も見えないし」
視界がほとんど使えない空間と思って進んだ方がいい……でもなぁ音はなんにもしないし匂いも地面の匂いだけだ。罠がある気配もないし一体なんなんだここは。
パシュ!
「ッ!?」
痛みを感じた頬を触ると何か生温いものが指に触れた。そして鉄の香り。血だな。
「走るぞ!」
「えっ!?」
状況を理解出来ていないリリュクの手を掴み走り出す。逃げ道なんてものは分からないがあそこにいたらやばい!
バシャバシャ!
「気持ちぃ〜!!」
「……はぁ遊んでる場合かよ」
「なんか言った〜?」
「なんでもねぇよ」
ったく獣人だから耳がいいのか? てかここはダンジョン内だぞ、なんであんなに遊べるんだ。
「空気も良いし水も美味しい! これで草むらがあれば寝るんだけどねぇ」
本当に脱出するつもりあんのかあいつ。
「とりあえず先に進もうぜ」
「え〜もう少し遊びたい〜」
……まぁ何言っても無駄か。近くの岩に座り込み本を読もうとした時それは起こった。
バシャン!!
「!? シュクラ!!」
シュクラがいたあたりから大きな水飛沫が……。
「大丈夫!」
「そう……か、ってお前服! 服着ろバカ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
そう言って川を指さす、その先には大量の魔獣が溢れていた。
「ちっ! これやるから着とけ!」
上着を脱いでシュクラに渡す。少し固まっているが匂いとかそういうのは我慢してくれよな。
「わ、わかった!」
「四章一番三列!」
俺の風魔法により戦いの火蓋は切られたのだった。
「暑い」
「全くだ」
こんなに暑いなんて……はぁ持ってきた水は飲み干したし、まぁ水系の魔法でどうにかならないことも無いけど魔力が使えなければいざと言う時に戦えない。
「てかあんたはいいわよね上着脱げて」
上半身裸のカガリに愚痴る。まぁこんなこと言ってもどうにもならないけど。
「お前も」
「それ以上言ったら打つわよ」
「……すまん」
うちのクラスにデリカシーのあるやつは居ないのかしら。
「はぁ」
溜息をつき呆れていると私の体にカガリが抱きついてきた。
「なっ! 何して!」
唐突の出来事で驚いた私は変な声を出しながら聞いてしまった。
な、何よこいつ! 2人だけだからってこんな暑い中で変なことを!?
「し! 静かに」
「……え?」
カガリの目線の先には炎を纏った魔獣達が歩いていた。
「あれは」
「先に気づけて良かった。お前はエルフだからあれだけ接近されてたらきついだろ」
「あっ……うん」
何こいつ……しっかり私のこと考えてるじゃない。
「大丈夫か?」
「ふぇ!? あっうん! 大丈夫よ!」
なんなのよこの気持ちはぁぁ!!
ザッザッザッザッ
「寒い!」
「そんな大きな声で言わなくてもわかってるって」
それにしても結構歩いたけど時間は大丈夫なのかな? このダンジョンに入ってから1時間は経ってると思うけど。
「てかさぁすげぇ疲れてきたんだけど」
「……そうね、少し休みたいかな」
なんだろうか、この疲労感……雪山は体力を使うってのは知ってるけどこれは明らかに異常まるで魔力を吸われているような。
「!! ヴィオレッタ! あそこに休めそうな洞窟があるぞ!」
ウィグが指さした方を確認する。確かにあそこならこの雪も防ぐことが出来る。
「わかった! 行きましょう」
ザッザッザッザッ
「はぁ……はぁ」
「ここなら平気だろ」
「飛び続けるのも疲れるわ〜」
「なんかおっさんみたいだぞ」
「うわ最低」
と言いつつ肩に乗っていた雪を払ってあげようとした時。
バシュ!
「きゃ!」
「……ぐっ!」
ウィグの腹部に穴が空き、飛び散った血が私の顔にビチャリと音を立てながらこびり付いた。
「う、ウィグ!」
「油断した……でも浅い、まだなんとかなる」
強がってはいるけど血が……。
「今はなんとか凌ぐぞ!」
手についた血をそのままにウィグは矢と弓を準備して戦闘状態に入った。
「私もサポートする!」
もう! あんな思いはしたくない!
「大丈夫かチグリジア」
「うん……ごめんね、私体力なくて」
いや随分と着いてきている。俺もペースは落としているが遅くは無いからな。
「しかし砂漠ばかりで何も無いな」
「ダンジョンの中なら本当に砂漠以外ないのかも」
チグリジアの言うことは的を得ている。しかし異常事態が発生しているならあの先生が黙っているはずがない……それならこれはあの人が用意したフィールドのはずだ。
「とりあえずは進むしかない、まだまだ水はある。休みながら行こう」
「うん!」
元気よく返事をするチグリジア、そしてその後ろに……。
「チグリジア!」
「え!?」
ドンッ!
「怪我は!?」
「あっ! え? だ、大丈夫だよ!」
サボテン!? なんだあの生物は。
「トゲトゲがいっぱい」
一体しか居ないのか……。
「こいつが何なのかを調べる必要がある! チグリジアは俺からなるべく離れないようにしながらサポートを頼む!」
「うん! できる限りやってみる!」
さて……俺のスランプに付き合ってもらおうか!
右手に力を入れる、そのまま全力で相手を殴る!!
バコンッと大きな音が砂漠地帯に鳴り響き音の発生源では砂が空に向かって舞っていた。
「ふぁ……ふぁ〜」
「……」
「……」
明らかに人よね、なんでこんなところに。
「えっと……何をしてらっしゃるんですか?」
「……」
どうしようこれ、先進んでいいのかなこれ。
「どうするアゼル」
「どうするって……どうすっかなぁ」
アゼルが選択を悩んでいるってことは相当の猛者ってこと?
「あ、あの〜」
「……すぅ、すぅ」
寝てる!?
「いやこれどうするのよ」
「どうするって……いやぁでも起こしちゃまずいし」
私はアゼルを見てその先にある景色に目をやった。どうやら私が何を言いたいのかわかったらしくアゼルは静かに頷いた。
「失礼します〜」
私は静かな声で寝てい少女の下を通る。木の上で寝てるけど落ちたりしないのかな? そんな疑問を胸に抱きつつゆっくりと足音を立てないようにその場から去ろうとした。
「……ふぅん、寝ている私を起こさないその配慮。それに私の下を通る時にした挨拶……ここに土足で踏み込んだのはまぁ上の指示だからなしだとして結構だね」
寝ていると思っていた少女は私達のことをじっくりと見ている。しかもその目は敵と会った時に向ける目ではなく家に入ってきた虫を見るような目であった。
「じゃあ行くよ」
少女がそういうと私の体は後ろにぶん投げられた。
「痛! って何すんのよアゼル!」
私は驚いてアゼルの肩を掴む。そのまま1発ぶん殴ってやろうかと思ったがアゼルで隠れていた先の景色を見て言葉を失った。
「う……そ」
私が立っていた場所にはと大きな斬撃の跡があり地面は綺麗に割れていた。
「……あぁ、殺しちゃダメなの忘れてた。危ない危ない」
少女は木から転がるように落ちてきて地面に寝転んだ。
「まぁ、君達と戦うのは私なんだ。よろしく」
目を擦りながら眠たそうに答える少女……しかしその口元はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「アゼル」
「わかってる」
こいつはやばい……てか前に会ったボスより強いかも。
「考え事しない〜、私は君たちを倒してとっとと寝たいんだから」
毛布の中で何かが動いた、位置的に恐らく指だ。
ドゴッ!
「アゼル!」
「攻撃が早すぎる! 俺が全力で確認してもギリギリになっちまう!」
避けるだけじゃダメか。
「エアロ・ショット!」
相手は寝たままの状態……この距離で私の魔法を避けられるとは思えない!
「ほい」
嘘……そんな軽い掛け声しながら放った魔法で私の魔法を。
「ボーッとするな! 死ぬぞ!」
アゼルの一言で私の意識は戦いへと戻った。大丈夫……まだ相手は私たちを舐めてる! その油断を利用して。
「エアロ・ショット!」
「また同じ技」
少女が私の魔法を消す寸前、本当に数秒間の猶予……そのタイミングに全てをかける!
「アゼル!」
「完璧だ!」
木の上で待機していたアゼルは懐からなにか茶色の袋を取り出して私の魔法にぶつけた。中にあるのは目くらまし用の粉だ。
「逃げるわよ!」
「おう!」
タッタッタッタッタッタッ
その場に残ったのは灰色の煙と布団にくるまった少女だけだった。
「……勝てないってわかったから即撤退か。なかなか賢いじゃん」
少女がゆっくりと毛布の中から現れる。
「あんまり乗り気じゃなかったけど少しだけやる気出てきた」
毛布を地面に捨ておき木の裏に隠していたダボダボの服を取り出す。
「んっしょっと、それじゃあ行きますか」
少女は散歩をするように軽い足取りで2人のことを探し始めた。