190話 門の中に
市街地
「先生、ありがとうございました」
しばらく歩くとリリュクが頭を下げてお礼をしてきた。
「……大丈夫だよ」
俺はリリュクの頭に手を置いて優しく髪を撫でる。それを見ていたレオが口を開いた。
「何か……気付いたって顔してるぜ先生」
さすがはレオ、生徒の中で1番過ごしてる時間が長いからな。
「うん、ちょっとね」
リリュクの魔力の流れを狂わせてる原因がわかった。……あの父親だ。腕に触れられた時魔力を感じ取ったがあの魔力はどこかで感じたことのある魔力だった。そう、それはリリュクの中で感じた魔力。血の繋がり、近い魔力の性質をしていてリリュクとの小さな違いに気付けなかったんだ。
「しかしさっきの話を聞いている限り母親はその事を知らない? 魔力が少ないって言ってたしな」
俺がブツブツと独り言をしていると不安そうにリリュクが聞いてきた。
「先生、私はこれからどうすれば」
勢いに任せて出てきてしまったが……まぁ考えはある。俺の家に泊めよう。
「まぁとりあえずは俺の家に」
そう言いかけた時レオが勢いよく声を上げた。
「俺も泊まりたい!!」
「……いやいや、レオは家あるでしょ」
俺は諭すように言うがキラキラと目を輝かせたレオは言うことを聞きそうにない。
「だいたいリリュクだってうちに来るとはまだ」
「先生の家に行けばずっと魔法の練習が……」
適当に言ったけど来る気満々のようですね。
「いいだろ先生〜」
「私も興味があります」
……まぁカーティオとペスラも平気だろ。
「まぁリリュクはいいとして、レオは親御さんの心配とかもあるだろうから流石に」
「……ねぇよ」
「え?」
「いや、うちの親は滅多に帰らないから大丈夫だって!」
こうなったレオを止めるのは難しいか、それに親がいなくて寂しいっていうのもあるかもだし。
「行こうか」
笑みを浮かべる2人、まぁ面倒なことになればロキスクに助けてもらお〜。
「ここが先生の家か〜」
「結構、いやだいぶ広いですね」
扉の前に立ち2人が家を見上げる。確かに3人で住むには広いよな。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
中からは聞き慣れた声、しかし後ろの2人は驚いていた様子だ。
「お客さん? 珍しいね〜」
手を拭きながらペスラが出てくる。奥を見てみればソファにカーティオが座っている……ん? 何あれチェス? 見たいのしてない?
「というか来るなら早く言ってよ〜、料理の用意していないからさぁ」
とは言ってもペスラは料理を多く作るから問題ないと思うなぁ、後半の方は無理やり口に詰め込んでるし。
「2人の部屋はどうしようか」
「2階の部屋が空いてるでしょ」
あー俺の隣と正面か。
「そうだね、でもそれなら掃除とか」
「してますけど」
……。
「えっと」
「はぁ、全くミルちゃ……レイちゃんがいない間にしっかり掃除してますよ」
ムスッとした顔で答えるペスラ、いつも部屋綺麗だもんね……本当にありがとうございます。
「2人はとりあえず荷物……って何も持ってきてないじゃん」
「俺はまぁカバンあるけどこれは別に」
「私は体ひとつで来ちゃいましたからね。あっ教科書とか持ってきてない」
「その辺は貸すよ」
俺は生徒達の荷物を置いてペスラの手伝いを始めた。普段ならお風呂に入るのだが今はリリュクが入っている。そしてレオは……。
「……」
「……」
カーティオとチェス? みたいな何かをやっている。
「さっきまで怒ってたのに男ってわかんないね〜」
や歳を刻みながらペスラが言った。料理のスキルが壊滅的な俺は切った野菜たちをお椀に入れて待機している。
「そうだね、というかカーティオに向かって先生のの彼氏か! って聞いた時は面白かったね」
「吹き出しそうになったわあれ」
俺たちがクスクスと笑っていると奥からリリュクが出てきた。
「おまたせ致しました」
リリュクには俺の服を着せている。サイズ的にはそこまで違わないと思うんだけど。
「その服大丈夫そ?」
「はい、あっでも少しだけこの辺りが」
そう言って自分の胸元を触るリリュク。後ろではペスラが口を押えながら笑っていた。
「……」
ザシュ!
「ごほっ!」
ペスラの腹部に手を突き刺す。まぁ貫通はしてないし軽い挨拶みたいなもんだ。
「いくらペスちゃんが強いからってその威力はやばいでしょ」
「安心しろ、峰打ちだ」
「手刀に峰なんて無いでしょ」
突かれた部分を手で擦りながら料理作りに戻るペスラ、リリュクの次はレオだったのでチェスを切り上げてそのまま風呂へと向かっていた。レオが居なくなったあと盤面を見てみたがカーティオの方が押されていた。言い訳としては始めたばっかりだし! との事らしい。でも何千年も生きてる奴が14歳の子供に負けるのは恥ずかしいな。と笑ってやった。
ボブッ!
「はぁ〜やっぱり布団は最高だね」
布団の柔らかさを全身で堪能する。こうやってずっと休んでいられればいいんだけど……まぁ人生そう上手くいかないんですねはい。
「リリュクの魔力がおかしなことになってる原因は掴めた。でもそれをどう証明する、どう治す」
1度は家から離したけどこれからもずっと離せるとは限らない。何より俺がここにずっと居られるわけじゃないし。
色々考えて頭を抱えていると俺の肩に誰かが触れた。
「え?」
「あっ……一応ノックしたんですけど反応がなくて」
そんなに考え込んでたのか……。
「ごめん、どうしたの?」
「その、先生にお礼したくて」
そういうとリリュクは少し離れて服を整えた。
「今日はありがとうございます。もし先生が来てくれなかったら私学校に行けなくなっていたかもしれません」
俺はギュッと強く握られた拳を見て何も言わずに視線を合わせる。
「あと、決心……とは少し違うかもしれませんが明日から学校に向かおうと思っています」
恐怖か緊張かそれとも両方か……声が震えている。
「……無理はしなくていいんだよ」
俺の言葉にリリュクは
「いえ……いえ! 確かに無理はしています! でも、辞めることになるって考えた時私は学校に行きたい……行ってみたいって心から思えたんです」
そう強く答えた。もう……俺が何か言う必要はないみたいだ。
「じゃあ行くよ」
玄関で靴を履くリリュクに手を差し出す。一瞬だけ手を引っ込めたがゆっくりと俺の手を取った。
「はい……行きます」
俺達は眩しい朝日に向けて歩みを進めて行った。
「学校」
校門の前、いや正確には少し離れた草むらで校門を見つめている。久しぶりの学校で緊張しているのだろうか……ここでも20分も使うとは思っていなかった。
「なぁ〜そろそろ行こうぜ〜」
さすがのレオも疲れてきたのか文句が出始めている。
「無理しなくてもいいよ、嫌なら1度家に」
「……いえ、自分で決めたことですから」
リリュクが勢いよく立ち上がる。そして振り返ることなく門へと歩いていった。俺は目線で後ろをついて行くようレオに頼み俺は裏から学校へと向かった。
「大丈夫だったかなリリュク」
俺の授業は3時間目、それまでは会いたくてもリリュクには会えない。まぁレオがサポートしてくれてるとは思うけど……それに、みんないい子たちだから問題にはならないか。
生徒たちが俺を信じてくれているみたいに俺もみんなのことを信じよう。
そう思い手をつけていなかった書類を確認することにした。
「てかイベント多くね?」
冬に行われる生徒対抗の大規模イベント……名前は氷魔祭。いやぁ名前の由来とか聞きたくないね、あははは。
痛くなる胃を抑えながら俺は授業の準備を始めるのだった。