189話 手の込んだ虐待
季節は秋、だんだん寒くなってきたこの頃。さすがに楽な格好が好きな俺も寒さには勝てず長めのコートを来て学校に向かっている。あとは……。
首に巻いてあるマフラーを触る。
「……首になにか付けるのは苦手なんだけどな」
これは数日前にバールが持ってきたマフラーだ、寒くなるからってエレナに教わりながらケルロスが作ってくれたらしい……あいつ料理も裁縫もできるとか凄すぎるだろ。
「まぁせっかく作ってくれたんだからつけないのは申し訳ないし」
という訳でつけております。マフラーの色は全体に白っぽい……汚しそうで怖い。
「先生〜」
後ろの方から元気な声が聞こえる。この声は恐らくだけどキャネルだ。
「今日は妙に早いな」
「うん! ちょっとやりたいことがあって」
最近よく図書室に通っているらしいが何を調べているんだろう……今度図書担当の先生に聞いてみるか。
「先生もあんまりゆっくり歩いてたらダメだよ! じゃあね〜」
生徒なのに先生のような事を言ってキャネルは走り去っていった。
「……ふふっ」
生徒との距離が近くなってきた、頑張った甲斐があったな。
温かい出来事があったと嬉しく思いながら今日も授業をする為に学校へ向かうのであった。
放課後
「先生〜、最近終わるの早くね〜」
レオが片付けをしながら愚痴り始めた。いや……正直な話1ヶ月文句言わなかったのは奇跡かもしれない。
「そうか?」
でも生徒のことを簡単に言う訳にもいかないので適当に誤魔化す。
「絶対早いぜ、前までは日が暮れる位までやってただろ?」
「いやいや、今だって日は暮れ初めて」
「季節のせいだろ」
鋭い……ってさすがに今の言い訳で通るわけないか。
「……先生が朝付けてたマフラー、あれって手作りだよな」
「え? いやまぁそうだけど、よくわかったね」
感心しながら落ちている木刀を回収する。
「まぁな、まずこの辺じゃ取れない素材で作られてるしそのクオリティで売られてる店はそうそうない」
「へぇ〜」
売り物よりも凄いって……やべぇな。
「それで? 誰に貰ったの?」
「……うーん内緒」
「はぁ、そうかよ」
「俺が自分で作ったって選択肢は出てこないの?」
「先生そういうの作るタイプじゃないだろ」
……はい、その通りでございます。
「良くわかってますね〜」
俺の機嫌が悪くなったのを確認したのかレオが少し慌てた様子をみせる。
「いや別に責めてるわけじゃねぇけどさ」
「……はは、ちょっとからかっただけだよ気にしないで」
片付けも終わり訓練所の鍵を閉める。振り返ると普段は走って居なくなるレオが今日は立ったまま動かなかった。
「レオ?」
返事は無い……うーん今日は少し時間押してるし早めに行ってあげないとなんだけどなぁ。
「この後なんか用事あるのか?」
「……まぁそうだね」
「それは俺も行っていいやつか?」
うーんリリュクに友達作ってあげたいしなぁいつかは学校にも来てもらおうって考えてたからその時知ってる顔が入れば安心……できるかぁ。生徒の情報は……いやレオなら言いふらしたりはしないかな。
「まぁ〜うーん……わかった。一緒に行こうか」
それを聞いたレオは嬉しそうな顔をして俺の後ろに付いた。
俺は荷物をまとめ、学校を出た。ただ普段と違うのは……。
「いやぁ学校の外で先生と一緒に居られるなんてなぁ」
「あんまり先生と生徒が親密な関係になるのは良くないからね」
「……」
納得いってないねその顔はでもほら俺そういうので通報とか怖いし。教師人生生徒に手を出して終わりとかまじで笑えん。
「そ、それにしても最近は冷え込むなぁ」
「そうだな」
ムスッとした顔のまま俺の隣を歩くレオ。
「えっとぉ……そうだなぁ」
俺が頭を搔いたり指をいじったりしていると呆れた様子でレオが俺の前へと歩き出した。
「レオ?」
「いや、無駄に意地張ってもなって思って」
そう言って手を差し出す。俺は何をされたのか分からず固まってしまった。
「あぁ! ったく!」
痺れを切らしたレオは俺の手を掴み何も言わず歩き出した。
「ちよ! レオ!?」
振り払おうと思えば振り払えないことは無い……でもなんだか懐かしいし、しばらくはこのままでいいか。
「ここが?」
「あぁ、目的地だ」
門の前でリリュクが出てくるのを待っていると奥から話し声が聞こえた。
「あの子、いつまでも成長してないみたいね」
「まぁ最初から期待はしていなかっただろ?」
あれは、両親?
「そろそろ嫁にでも出すか」
「そうね、無駄な学費を払い続ける必要は無いでしょう」
「……お父様、お母様」
さらに奥から弱々しい声が聞こえる。何度も聞いたことのある声、リリュクだ。
「……どうした」
「私」
「話を聞いていたのね〜」
俺はこう、何故こんなにもタイミングが悪いのだろうか……もう少し早く行けば良かったかな。
「ちょうどいい、これから来る先生に今のことを話そう」
「そうね、そうしましょう」
少し前は怒鳴るほどいい争っていたのに子供を学校から話して無理やり嫁に行かせる話はすんなりと進むじゃないか……やっぱり頭のネジ飛んでんのかな?
「嫌……です」
少し離れたここでも分かる……空気が凍った。
「今なんて言った?」
「嫌です……私はこれからも先生と」
パチン!!
肌を思いっきり叩く音が冷たい空に響き渡る。
「わがままを言うな、落ちこぼれのお前をこれまで育ててやったんだ。これからは俺たちにその恩を返す番だろ?」
怒るでもなく呆れるでもない……娘の発言に疑問を抱き自分の意見は当たり前であると確信を持った声。冷静で残酷でなんの感情も読み取れない冷めた言葉。
「それでも私は……先生と、ううん……学校でみんなと!」
「黙りなさい!!」
リリュク母が空気を割くような高音で叫ぶ。リリュクはそれにビクリと体を震わせた。
「今こうやって生きているのは私達のおかげでしょ! 今まで散々迷惑かけてきたんだからもう解放してよ!!」
門の前にいる俺達でもはっきりと聞こえるような恐ろしい声、なぜこんなことが娘に言えるのか理解に苦しむ。そして何より。
「あんたみたいな子……産まれてこなければ良かったのよ! 魔力も対してない癖に! せめて学園でいい成績を収めて優秀に働いてお金を稼げればって思っていたのに!!」
怒りに任せたリリュク母はどんどんヒートアップしていく。言葉だけでは物足りないのか今度は手を挙げてリリュクに振り下ろす。しかもその手はしっかりと拳を作っていて。
バコンッ!!
リリュクが殴られると思った瞬間前に出た、しかしその拳は俺に当たることはなかった。
「レオ!?」
リリュクを庇った俺をさらに庇うようにレオが前に立っていた。
「先生のことだ……それにさっきの話聞いてたらわかったよ。まぁあれだ、先生が生徒を見捨てるわけが無い。こうなればそうするってのはわかってたからな」
振り向くことはなくレオが言う。殴られているからかところどころ聞き取りずらかったが今それを言うのは失礼だ。
「貴方は、それに先生も」
驚いたリリュク母は慌てて手を引っ込める。レオは殴られた頬を確認して口元を拭った。
「……お話は聞いていたみたいですね、そういうことなので娘は今日から生徒ではなくただの――」
「生徒です」
リリュク父が最後まで言う前に俺は伝える。
「いえ、ですから」
「リリュクは俺の……生徒です」
2度目の発言に苛立ったのか嫌な顔をするリリュク父、後ろではリリュクが俺の服を掴んでいた。
「……お言葉ですがこれは家族の問題、教師が足を踏み入れるのはやめて頂きたい」
「確かに、ですが辞めるのにも手順が必要です。正式な書類を渡して学園側の許可が降りれば……辞めることもできますよ」
ニコリと微笑み掛ける。あくまで冷静に、教師として話をつける。
「……わかりました、ですが今日はもう遅い。これからの授業は」
「いえ、授業は行います」
「しかし娘も疲れているようですし」
「……確かにそうかもしれませんけど、今日からしばらく課外授業をする予定でしてね。3日、あっいえ5日ほどお家には帰れないんです」
苛立ちを隠すことを諦めたのかレオを退けて俺の前にリリュク父が立った。
「そんなことは聞いていません。娘の為を思って言っているのです。今すぐにそこをどいてください」
「お断りします」
それを聞いたリリュク父は俺の腕を掴み無理やり退けようとしてきた。しかしただの人間と魔王、力関係で負けることはない。
「なっ!」
「生徒の授業内容に関しては学園側に任されています。そして授業の内容によっては生徒が数日間家に帰れない場合もあります。本来それは生徒が報告するものですが……今回はリリュクさんがそれを忘れていただけ、それだけで授業の進行を遅らせる訳にはいきません!」
俺の圧に押されてリリュク父が後退る。
「……ご理解いただけたようで何よりです」
営業スマイルをしてリリュクの手を掴み門の外へと向かう。
後ろの方でリリュクの両親がブツブツと何かを言っていたが……俺はそれよりもショッキングな出来事を知ってしまいそれどころではなかった。