187話 個別指導
「ちっ」
ズボンのポケットに手を入れながらイライラをどうにか抑えつつ家へ向かう。つい先程言われた言葉が頭に来て仕方がない。
「そういえば封王祭大変でしたね」
「沢山死んでしまったとか」
「そうですね、その件は本当に――」
「あの子も出てくれれば良かったのに」
「……え?」
「あれで死んでくれたら面倒なこともなかったのにな」
「そ、それは」
「はぁ……なんであんな子が」
「産まれたんだろうな」
自分の子供に対してなぜあんな言葉を吐けるのか不思議で仕方がない。俺に子供はいないが生徒と触れ合う中いやその前から子供は嫌いじゃない。子供が自分たちの期待に添えないからと言って死んでしまえばいいなんて……俺には分からないしありえない。と言うか分かりたくもない。
「はぁ」
大きめのため息をつきながら歩いているとボフッとなにか柔らかいものにぶつかった。
「あっすみません」
「いえいえ、それにしてもなにか悩んでいる様子ですね」
「え? いやまぁ」
聞いた事のある声だなと思いつつ顔を上げるとニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる黒い鳥が立っていた。
「すみません人違いです」
「何も言ってないわよ」
逃げようとするが大きな胸に包まれて抵抗できないまま家へと連れていかれてしまった。
「ただいま〜」
「誰かと思ったらエレナか」
「お久〜」
2人はなんだか仲良さげだ……ちょっと似てるからかな?
「そろそろ離してください」
「ごめんごめん」
胸元から解放された俺は新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んだ。
「で? わざわざ何しに来たんだよ」
「様子を見に来たのよ〜」
俺の頬をつつきながら面白そうに言うエレナ。まぁ……久しぶりに会えてちょっと嬉しい。
「……本当にわかりやすいわね〜」
「何がだよ」
「少し嬉しそうよ」
「うっ! うっさい!」
図星をつかれた俺は恥ずかしそうにそれを否定した。
「はぁ……まぁいいや。本当の所は何しに来たんだ?」
先程までふざけていたエレナも2回目ともなればしっかりとしてくる。
「まぁ、そこまで大きな話じゃないんだけどね。シャンデリアが落ちてきた事件があったのは覚えてる?」
「あ〜、俺が止めたやつね」
「そうそう、あれにハッピー連盟が関わってるじゃないかって話が出てきてね」
ハッピー連盟……そういえばそんな名前のやついたな。
「そのハッピー連盟ってのはなんなんだ?」
「ハッピー連盟は新魔王、魔妖精のハレン・バーバットが治める国よ」
ペスラからワインを受け取ったエレナはそれを軽く口に含み続けた。
「でも情報はそれまで、国の周りはめちゃくちゃ強い結界で守られてて入る前にお陀仏よ」
苦労したんだなエレナも。
「話は戻すけどそのハッピー連盟は誰かを利用してその事件を引き起こした。それをシャンデラ国の責任にして戦争を仕掛けようとしていた……ってのが筋書きね」
「ん? おかしくないか? 事故とはいえシャンデラ国のせいってことになったんだから目的は果たせてたろ」
俺はぶどうジュースなのねペスラ……いやまぁいいけどさ。
「実際に死者は出てないしあくまで事故って形だから戦争に持ち込むのは難しかったんでしょうね」
なるほど、言われてみればそれもそうか。
「シャンデラ国と戦争して何かメリットあるのかな?」
「さぁね、その辺も含めて調べてるけど……中々出てこないのよ」
頭を抱えるエレナ。国の方はハッピー連盟のことで持ち切りなんだろうな、今度ケルロスとクイックの頭でも撫でてやるか。
「エレナもお疲れ様だな」
「全くよ〜」
残ったワインを飲み干してソファにドカッと座るエレナ。やってる事おっさんやな。
「それはそうと最近サクがケルロスに猛アタックしてるけどほっといていいの?」
話題性がとんでもない速度と角度で変わったけど。
「別にいいんじゃない?」
エレナがソファに腕を置いて振り返る。
「取られちゃうわよ〜」
「だから」
「ノーチェちゃんが国にいない間に2人ともいい女の子見つけて結婚とかしちゃうのかな〜。最近私もクイックのこと気になって〜」
「……2人は俺のだから」
「……え? ごめん今なんて?」
……何言ってんだ俺!?
「あっ! 違う! 今のは違う!」
恥ずかしさで死にそうになった俺は顔を隠すようにしながら走って部屋の中に向かって行った。
「痛!!」
小指ぶつけた!
「……は、ははは」
ノーチェの可愛らしい所を久しぶりに見れたからまぁいっかと納得しているとペスラが私の隣に立って一言呟いた。
「本当に狂うほど愛し依存しているのはどっちなんだろうね」
「どっちなのかしらね」
……。
ガバッ!!
「はぁ……はぁ……はぁ。あの鳥いつか燃やしてやる!!」
この夜俺は2人にちょっと……あれなことされる夢を見て目が覚め、そのまま眠れなくなってしまうのであった。
ラインザクセン学園
「あれ? 先生寝不足か?」
もはや当たり前のようにいるレオにツッコミを入れることなく普通に返事をする。
「ちょっとね」
「何してたんだ?」
「いやぁ……ちょっと怖い夢見ちゃってさ」
レオの目が変わり俺に近付いてくる。
「俺が寝かしつけてやろうか!」
「いやいや、先生が生徒に寝かしつけられる絵面はさすがに」
「そう言わずにさ!」
グイグイ来るなこれまた。
「まぁ落ち着けレオ、だいたいここに布団はないから眠れないし、家にも人いるから」
それを聞いたレオが驚いた顔をして真剣に聞いてきた。
「誰!?」
「え? えっとぉ」
……従魔って言うわけにいかないしなぁ、どうしようこれ。
「と、友達?」
「なんで疑問形なんだよ」
こんなん曖昧な答えで納得してくれるはずもなく問い詰められそうになった時。
「あっ」
チャイムの音がなった。
「ほら、1時間目始まるぞ」
「ちっ……後で聞きに来るからな〜」
そう叫び部屋から出ていくレオを見てから机の上にある書類に目を移した。
授業も終わりレオの訓練もいつもより早めに切り上げさせて貰った。これからリリュクの元に行けば7時には家に帰れる。
小走りでリリュクの家へ向かう。着いた時間は予定よりも少し早かった。
「先生」
「おっ! 居た居た、約束通り庭で待っててくれたんだね」
真っ白なキャンバスを椅子に置きゆっくりと立ち上がる。リリュク紫の髪が風に揺られて綺麗に輝いている。
「本当に来てくれるとは……思っていませんでした」
嬉しそうに、だけど悲しそうに答える。過去の出来事が自分の価値に疑問を抱かせているのか。あとはあの親たちの……。
「これから授業がある日は毎日来るから安心して、もし来れなかった日は連絡するからね」
何も言わないが少しだけ頷いてくれた。今はそれだけで十分だ。
「最初の授業はみんなについてだよ」
「みんな?」
ガッツリ戦うと思っていたのだろうか? ジャージのような服を着ている。しかし申し訳ない、最初の授業は戦いじゃないんだ。
「そうさ、リリュクのクラスメイトについて教えていくよ」
「……それはなんでですか?」
「学校に来た時誰の名前も分からないってのは大変だろ?」
リリュクの方がピクリと跳ねる。そして絞り出すように言葉を発した。
「私は……学校には行きません。またあんなことになったら」
学校で起きたことがトラウマになっている、ってそんなことはわかってるんだ。でもやっぱり真っ白なキャンバスを眺めつつけるくらいならそのキャンバスに色んな色を書き加えて行ってもらいたい。
「俺はリリュクの事故原因は魔力暴走であっていると心から思っている」
俯いていたリリュクが顔を上げる。
「本当ですか?」
「あぁ、俺は人の中の魔力が見れるんだ。だからリリュクの言っていることは嘘じゃないと信じられる」
初めての理解者を得たからか、安心感を覚えたのか……リリュクは一筋の涙をこのこぼした。