186話 闇の深い家庭
ラインザクセン学園創設から数週間、生徒達も順調に集まり学園の軌道も乗り始めた頃……1人の少女による大きな事件が起こった。簡単に言えば魔力の無許可放出、それによる生徒の負傷事故。その生徒は背骨を折る、頭に穴があくなどの大怪我を負っている。暴行を加えた少女は物静かな子でそんなことをするようには見えなかったとの事。厳重注意として停学、しかしそれも既に解かれている。
「そしてその子は学校に来ないままと」
「はい」
引っかかっるのは2つ、ただの魔力放出だけでそこまでの被害が出るものなのか? そしてその怪我をした生徒は暴行を怖えた生徒と仲良しだったこと。
「お話ありがとうございました」
俺は予め用意していた缶コーヒーを置いてその場を去った。
カチカチカチカチ……カチカチカチカチ
ボールペンを手で遊ばせながら窓の外を眺める。どうやらシュクラとレオ、カガリにウィグが戦っているようだ……いやよく見たらガッシュもいるな。審判か?
コンコン
「どうぞ〜」
普段はレオが来るのだか……今回は誰だろうか。
「失礼します」
いきなり開けないしこの声は女子……多分だけどヴィオレッタかな?
「お仕事中すみません」
俺の予想は当たり、何か袋を重たそうに持ったヴィオレッタが扉を開けて……浮いていた。
「これを」
「おっとっと」
持つ手が限界なのかフラフラと俺の所まで飛んでくる、慌てて袋を受け取りヴィオレッタに椅子を差し出す。
「大丈夫だった?」
「すみません、妖精は力があんまりなくて」
「……うん、知ってるよ」
袋を机の上に置き冷たいココアを用意する。
「それがレイバー先生名物のアイスココアですね」
「名物になってたの?」
「はい、レオが自慢げに話してます」
……今度から抜きにしてやろうかな。
「あんまり噂にしないでくれよな〜先生が生徒に物渡してるとか怒られそうだし」
「そうですかねぇ」
コトッ
「これ、空けてもいいかな?」
「はい」
貰った時に気付いたけど多分お菓子、というか匂い的にカステラな気がするんだよね。
「それは王都で最近人気なお菓子なんです」
「……じゃあ一緒に食べようか」
風斬魔法でカステラを切り分けお皿に乗せる。
「でもそれは」
「文句は聞きません〜」
無理やりお皿をヴィオレッタに差し出す。
「……先生は意地悪ですね」
「よく言われる」
結局カステラとココアを頂きながら雑談をしてその日は終わってしまった。しかし話の中で不登校の生徒について聞いてみたところその子の家を知っているとヴィオレッタは言っていた。
自宅
「今度聞いてみるかぁ」
ボソッとそう呟いた俺はそのまま眠気に襲われて寝てしまっていた。
久しぶりの休日……いやそうでも無いわ昨日働いただけで生徒達が入院していた間は結構休みだった気が。ってそんなことは重要じゃない。
「俺は今日、不登校生徒の家に向かう!」
「落ち着いてミルちゃん」
「あっごめん」
怒られちゃった。
「今日の帰りは遅くなりそう?」
「うーん不登校生徒のところに向かうだけだから平気だと思うけどな」
「わかったわ〜」
その声を確認して俺はごちそうさまを言ってから家を出た。太陽が俺を照らしてくれている。……今日はきっといい日になるだろうなと俺は思っていた。
そう、思っていたんです。さっきまでは。
「貴方が何とかしてよ!」
「お前の躾がなってないからだろ!」
……もうノーチェちゃんおうち帰りたい。
何故こんなことになっているのか……それは数分前に遡る。
ここがリリュクさんのお家……場所的に貴族かなとは思ってたけど大きなもんだわ。
家の大きさに感心しつつ扉をノックする。使用人とかが出てくるのかと思えばおっぱいのでかい綺麗な女性が現れた。
「あら〜、可愛いお客様。どうしたの?」
なんだろうこの天然ボケしてそうな方は……しかし胸の大きさから明らかに年上……いや違う! 雰囲気から明らかに年上!
「私はラインザクセン学園で特殊クラスの実技を担当させて頂いておりますレイバーです。リリュクさんのことでお話をと思いまして」
「そうなんですかぁ〜、少々お待ちください〜」
とまぁその時は雲を数えながら待っていたんです。しかしそんな穏やかな時間は家の中からの怒声でぶち壊されました。
最初は放っておいて立っていたのですが……まぁヒートアップするばかりこのままではあれだと思い勝手に家に入ったのですが、話しかけても全く気づいて貰えない始末。
「先生が来てくださってるんだぞ!」
「だから早く連れてきてってお願いしているでしょ!」
今にも殴り合いが始まるんじゃないかと軽い恐怖を覚えながらどうにも出来ない自分の不甲斐なさを感じてしまう。
「あの〜、えっと」
生徒じゃなくて保護者だから強気に出れねぇ。
困り果てた俺は近くにあったソファに座り込んだ。
「お前が連れてこいよ!」
「声掛けても出てこなかったでしょ!」
自室に篭ってるのか隙見て探し行っちゃおうかな。
「……母様、父様」
俺の声には全く反応しなかった2人が子供の声を聞いて怒鳴るのを辞めた。
「リリュクか」
「……」
あれ? なんか反応がよろしくない。
「お客様ですか?」
「お前の先生だ」
「わざわざ来てくださったのよ」
自分の子供にしては冷たいというか雑というかとにかく言葉に愛情を感じない。
「ありがとう……ございます」
扉を開き頭を下げるリリュクさん……あれ? あの紫色の髪、どこかで見たような。
静かに頭をあげる生徒のことをよく観察する。そして俺は少し前に見たある少女のことを思い出した。
「君は……絵を描いていた」
「え? 貴女はあの時の」
どうやら覚えてくれていたらしい。
「あらあら、お知り合いだったんですか?」
「なら私たちはお邪魔ですかね」
両親はそう言って部屋から出ていってしまった。色々話は聞きたかったけどあんなに怒鳴っていて冷静とも思えないので生徒と2人きりになれたのは良かったのかもしれない。
「えっと」
「先生だったんですね」
気まずそうにしているとリリュクの方が先に話してくれた。
「騙してた訳じゃないんだ……ごめん」
「はい、わかっています。前にあった時は本当に偶然だったと」
良かった……先生嫌いって訳じゃ無さそうだ。
「そして学校の件ですが……行くつもりはありません」
「理由を聞いてもいいかな?」
「既にお話は聞いてると思いますけど」
例の件か……でもそれがどうして不登校に繋がるのかを俺は聞いてない。
「あの事件が理由なのは知っている。しかし事件を起こしたら理由も不登校になる要因も聞けていない」
それを聞いたリリュクは俺の前に座りゆっくりと話し出した。
「確かに……あれをやったのは私です。でもわざとじゃないんです」
「というと?」
膝の上に置いてある手を強く握りリリュクが続ける。
「あれは魔力暴走なんです」
魔力暴走、多すぎる魔力や体に合わない魔力を無理やり入れることで起こる暴走状態のことか。
「でも私の魔力は生まれた時から全然なくて……そのせいで両親も私のことを」
なるほど、自分の娘に冷たかったのはそれが原因か。
「魔力暴走のことを学校側にも言ったんですけど少ない魔力の私であれだけの暴走を起こすことはできないし私に魔力を入れた犯人も居ない……嘘をついて反省していないと判断された私は停学処分になりました」
そんなことが起きてたのか……やっぱり直接聞かないと分からないことってのはあるもんだな。
「それじゃあ今学校に来れない理由は?」
「また、暴走しそうで怖いんです。あれは間違いなく魔力暴走です。でも調べて貰えなかったから次はいつ起こるか」
声を震わせながらリリュクが話す、手の甲には涙が伝っていた。
「もう友人を傷付けたくないんです……もう私は大切な人をあんな目に」
……恐らく魔力暴走の原因はあの入り組んだ魔力の流れだ。一定方向に向いていない魔力のせいで放出が上手くできていない。魔法を使う上で魔力を溜める工程があるがあの体では溜めた魔力は少し使えない。では残った魔力は何処に行くのか……体に残り続ける。溜まりに溜まった魔力は容量を超えた時、体の外へと勢いよく放出される。魔力が少ないと言われたのも放出できる量が限られてるからだろう。生まれ持った体質なのか誰かにいじられたのかは分からないけど、あれを治すってなるとさすがの俺でも骨が折れる。
「そっか、それじゃあ毎日休日に学校でやった授業をしに来るからよろしく」
「はい……え?」
驚いたのか涙を拭いたリリュクが俺を見る。
「暴走して友達を傷付けたくないなら友達がいない状態で勉強すればいい。それにその手を見ればわかるよついさっきまで勉強してたんでしょ?」
「あっ」
恥ずかしそうに手を擦るリリュク。
どうやら悪い子じゃないみたいだ。
「……これからよろしくねリリュク」
「あんまり、期待はしないでください」
と言いつつもリリュクは俺の手を強く握ってくれた。