185話 不登校の女の子
「ふぁぁ」
「どうしたんだ先生」
冷やしたココアを片手にレオが聞いてくる。
「ちょっと寝不足でね」
「なんかあったのか?」
……特段悩んだりしたって訳じゃないんだけど絵を書いていた女の子が妙に頭から離れなくてな。
「いや、なんでもないよ」
「……そうかよ」
なんだか不満そう? 気のせいかな?
「というかレオはいいの〜? せっかくの昼休みなのに俺のところなんかに来て〜」
「いいんだよ」
迷いがないな……いやまぁ生徒との交流は大切だけどさ。
「というか怪我は大丈夫なの?」
俺が聞くとレオは腕や足を動かしてニコリと笑い元気よく。
「大丈夫だ!」
と言ってきた。
「それならいいんだ」
封王祭の件から1週間、怪我をした生徒も回復して大半が学校に通っている。まぁ特殊クラスは流石というかなんというかあれだけの怪我をしていて3日で全員走り回れるくらい元気になってたけど。いや? 俺の回復魔法の効果もあったのかな? それにしても早いか。あとは……救えなかった子供達も居た。親御さんにはご遺体と謝罪を兼ねて家を回りまくったと言っていたが……辛かっただろうな。
「そろそろ授業じゃないか?」
「あ〜確かにそうだね」
……いやそろそろ授業だからレオは先に戻ろうね。
「……先生は後から行くよ、レオは先に」
「嫌だ」
お、おぉ食い気味だな。
「じゃあ待ってて早めに行くから」
「それはいい」
ダメだレオが何を考えてるのか分からねぇ。
その後も先に行くよう頼んだんだが結局最後まで動きませんでした。
「結局ここまで来たな」
「不満かよ」
どうしたんだろうかこの子、なんというかケルロスとかクイックを思い出させる。
「不満じゃありませんよ〜」
納得していない様子のレオを無視して扉を開ける。久しぶりに生徒達の顔を見たけど元気そうだな。
「あ〜! 居ないと思ってたら先生と居たんだ!」
シュクラが俺たちを見て立ち上がりながら騒ぐ。後ろにいるレオは若干ニヤリとしたが気のせいだろう多分。
「はいはい、もう鐘鳴ってるから。レオも早く座って」
「うぃー」
反抗期のガキか。
とつまらないツッコミは胸にしまいこみ教壇に立つ。
「とりあえずみんなお疲れ様。無茶して戦ったみたいだけど1人も欠けることなく授業が出来て嬉しいよ」
照れてる照れてる。でもまぁ……良かったよ本当に。
「……助けてくれてありがとな」
レオがそっぽを向きながら言った。
「うん、ありがとう先生」
「感謝してもしきれないよ」
素直に感謝するもの、ボソッと聞こえるか聞こえないかで感謝するもの。外を見て耳を赤くしながら何も言わない者。反応はそれぞれだけど……認められたってことでいいのかな。
「……さて、感謝されるのは嬉しいけど。やっぱりあれくらいの敵には勝って欲しいなって思う訳よ」
アゼルとチグリジア以外の生徒がみんな揃って間抜けな「え?」という反応を見せた。
「いや、だからね。あれくらいの敵は倒して欲しいなって」
「……いやいや先生、あれは周りの木が全部あいつの命なんだよ? 何回殺せばいいのよ」
ヴィオレッタが引きつった顔をしながら答える。
「? 燃やせば良くない?」
「燃やすって……木を倒してもあいつ倒すのにどれだけ力を」
「うーん、あいつの強さかぁ」
俺は自分の手を握っては戻しを繰り返す。
「せ、先生? ちょ! 何を確認するみたいに!」
ふむふむ……こんなもんか。
「よし! それじゃあやろうか」
「そんな爽やかな笑顔されてもやらないから! 私達あれと戦って生死の境をさまよったんだよ! 次は死ぬから! 見てこの怪我!まだ完全に治った訳じゃないから!!」
ナツが自分の腕を見せながらツッコミを入れる。
確かにナツの腕には包帯が巻かれていてる。一応見えないが体の動き的に左肩も怪我してるんだろう。
「うーん、まぁ今度でいいか」
何か納得していない様子だけどこれでも我慢したんだ……許してもらおう。
「じゃあ……今日は何しようかな」
「休みで良くね〜? 他の先生も今日は優しかったぞ〜」
カガリが机に突っ伏しながらつぶやく。
「休みねぇ……けどそれじゃあ俺が来た意味無くなっちゃうから」
「……先生のお話聞かせてよ〜」
「えぇ」
前も言われたけど過去の話はしたくないんだよなぁ。
「というかさ少し思ったけど先生ってフィデース信栄帝国から来たんだよな?」
「そうだよ」
そこに突っ込んでくるかウィラー。
「フィデース信栄帝国の主、魔王ノーチェ・ミルキーウェイと言えば前魔王の導く者クロンを倒して魔王の座に付きその後も理の王バージェス、愛す者リーベを立て続けに殺してる。これだけ聞くとものすごく恐ろしい奴だけど、先生みたいな人がいるってことはただのやばい国って訳じゃないんだろ?」
……。
「そうだね、多分そうなんだろうね」
世間の評価はそうだよな……別にリーベさんだって殺したかった訳じゃないのに。
「まぁ良ければみんなも来るといいよ」
その頃には俺の正体もバレてるかもな。
「先生って魔王に姿似てるよね」
「え? そうかな」
チグリジアの発言に一生懸命焦りと驚きを隠す。
「確かに聞いてた特徴と似てるかも」
「あれだけ強けりゃ俺は先生が魔王でも疑わないけどなぁ」
生徒達がその発言に納得をしている……。まずい、これでバレたらやばい。どうにかして違う方向に持っていかないと。
「あっでもさ財政部門の解体を手伝ったのは魔王なんだろ? なら先生はこの国で教師してたんだし無理じゃない?」
ナイスだキャネル! 今度アイスあげる!
「あ〜確かに」
「残念だなぁ」
シュクラの残念発言は何が問題なのか分からないけどここでそれ拾うのは危険なので黙ってよう。
結局生徒達の雑談に付き合っていたら5時間目は終了していた。後半の方は恋愛相談とかになってたけどうまく返せてたのか不安は残るところだ。
「あと気になるのは」
一瞬だけ話にでてきた不登校の女の子。過去に生徒を攻撃したとか……それのせいで特殊クラスに移動したとか、いやまぁ噂程度だし本当のところはわかんないけどね。
「他の先生に聞いてみるか」
ってロキスクはまだ忙しいままだし、パシュト先生もそれの補佐してるし。エルド先生が……あの人って普段何処にいるんだ?
正直教師に興味がなかった俺は理事長であるロキスク以外の教師用の部屋を確認していないのだ。
「……歩き回ったら会えるかなぁ」
そんな薄い期待に掛けることにして俺は部屋の扉を開けた。
探し回って2時間、諦めて適当なベンチに座り込むとその隣で眠気と戦いながらコーヒーを持つ男がいた……エルド先生である。
見つけたはいいけど話しかけずらい!!
「……、はっ!」
目が覚めたみたいだ。でも直ぐに顔が下に向いてうとうととしてしまっている。
ここで寝たら風邪引いちゃいそうだし声はかけた方がいいよな……多分。
エルド先生をもう一度見て俺は決心した。
「……よし」
ベンチから立ち上がりエルド先生の隣に坐る。
「エルド先生?」
最初は優しく丁寧に……まぁこれで起きる奴はほぼいないけど。
案の定起きるはずもなく次のフェーズに移行した。
「エルド先生……エルド先生」
先程よりも少し大きな声で話しかける、「うぅ」と反応はあるけど目は開けてくれない。一体どれだけ無茶をすればこんなに疲れた状態になるのか。
これでも起きなかったエルド先生を本格的に起こすため肩を掴み軽く体を揺らす。さすがに振動があり目が覚めたのか俺の顔を見てちょっと驚いていた。
「レイバー……先生」
「起きましたか」
何が起きているのかわかっていないのかエルド先生は俺を見たまま数秒間動かなかった。
「レイバー先生!? な、どうしてここに!」
やっと覚醒したみたい。
「おはようございます。疲れでも溜まってるんですかね、今日は早めに帰ることをおすすめしますよ」
「あっ、これはだらしない所を」
崩れた服をピシッと直してメガネを掛け直す、いつも通りのエルド先生に戻ったね。
「さて、エルド先生に声を掛けたのは理由がありまして」
「なんでしょう」
「ずっと学校に来ない生徒……名前は」
「リリュクさんですね」
さすが特殊クラス担当、って生徒の名前くらい普通覚えてるよね。
「はい、その子が学校に来ない理由などを教えてくれないかなっと思いまして」
それを聞いたエルド先生は悩んだ様子を見せたあとレイバー先生ならと話を聞かせてくれることになった。
「リリュクさんが学校に来なくなったのはある事件のせいなんです」
「ある事件?」
「はい、あれはこの学校が出来て生徒数も少なかった頃」
広場に少し冷たい風が吹く。揺れる木々かなんだか少しだけ不気味だった。