181話 残酷な自然
貪慾王は魔力消費が激しいだけでなく世界の法則を分解、融合することが出来る力だ。これは結構強力で距離を分解すれば一瞬とは行かないけれど数秒で何kmもの距離を移動できる。だが法則を分解するってことはそれだけ負担も掛かる。例えばフィデース信栄帝国から銀月帝国までの距離を分解すれば距離という法則がなくなりその間にあるものは世界から切り離されたということになる。それではそこにいた人間はどうなるか? 世界の理から外れた者は世界に戻った時少しズレてしまうんだ。元の人格から何かが欠落したり何かが追加されたり。まぁ最悪の場合理から外れて死んでしまうケースもある。それだけ恐ろしい能力……普段なら使わずに封印しているのだが、ここはダンジョン。そしているのは魔獣、救助に来た先生の存在は氷狼を通して確認している。そしてボス部屋までの間にある距離に生徒、教師は誰もいない!
「はぁ……はぁ」
「まぁまぁだな」
残ったのはチグリジアとヴィオレッタだけか。
「くっ」
右腕のダメージが酷いな。一瞬枝に刺されただけで力がほとんど取られちまった。
「2人ともどうだ?」
「精一杯……補助します」
「防御は任せて……って言いたいけど次が最後かな」
2人とも限界は近いな。恐らくだけど次の攻撃が最後だ。
「人数は減ったがもう一度聞こう。今なら逃がしてやる」
「断る!」
「お断りだ!」
「お断りします!」
「そうか……ならば悔やんで死んでゆけ!!」
大技が来る。……なら隙はそこにある!
「ヴィオレッタ!」
「最大ね!」
「チグリジアも頼む!」
「はい!」
チグリジアが魔法威力を極限まで上げてくれている。あとはこの攻撃を避けつつあいつに全力の一撃を与えるだけだ。
「……泣きながら死ね、未来達」
ドコン!!
「ッ!?」
避けれた! いける! これなら行ける!
「俺の攻撃を避けたか、お前だけは最初から危険だと思っていたがその通りだったな」
大量の枝が分かれながら俺に襲いかかる。だかこんなものは先生のパンチと比べりゃ遅いし弱い!!
「レオ!」
「レオくん!」
「うるさい!」
男が叫び2人に魔法を放つ。
「きゃ!」
「うっ」
「お前!!」
ヴィオレッタは腹部に、チグリジアは足と手を刺され動けないでいる。ここで俺が勝たなければ……仲間は助けられない!!
「何故だ! なぜ当たらない!!」
枝の量を増やしているがそんなもんは無駄だ!!
「やめろ! 来るな! 来るなぁぁぁぁぁ!!」
当てる! ここで決める!
「なんてな」
隠していた左手から剣を取り出し俺を突き刺そうとする。
「そんなもん! わかってんだよ!!」
「……ったく、本当に人使い……荒いんだから」
ヴィオレッタが最後の力を使い砂の壁を作り出す。剣はそれに弾かれ後ろにある巨大な木に刺さった。
「今だぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は手の1点、人差し指に風の魔力を集め……それを一気に放出した。
「ハリケーン・ショット!!」
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
乱回転する風の攻撃は男の胴体に大きな穴を開け後ろにある木をなぎ倒した。
「はぁ……はぁはぁ、はぁ」
倒した……俺が。……いや俺達が倒した。乱れる息を治してヴィオレッタ達の元へと歩く。ゆっくりと、しかし確実に。
魔力を使いすぎた。意識が途切れそうだ……だけどその前にみんなを。
足の力が抜けつつあるが勝った喜びとみんなを救えた達成感が俺を動かしてくれている。先生……見てたかよ。俺は仲間を助けられたよ。
少し空を仰いで前を見ると何か慌てた様子で叫ぶヴィオレッタが目に映った。
「レオ!! 後ろ!!!」
その声に反応して俺は後ろを見ようと振り返る。しかしそれより先に体に大きな振動が走り抜けた。
グチャリ
「……あ、あぁ」
「ふぅ、これを使ったのは久しぶりだ。いや……油断していたよ」
さっき倒したはずの男が立っている。それどころか立ち上がり普通に話し……手で俺の体を抉っている。
「どう……して」
「ここは俺のダンジョンだ。この木は俺の物だ。木にある養分は俺の命そのものだ。それを少し拝借したのさ」
それじゃあここにある木、全てがこいつの命ってことかよ。
「しかしお前はよくやったよ。1000個ある命うち1つを倒したのだから。あっ……でもそうか11人分の命があるから実際は無駄だった訳だな」
薄れゆく意識の中、男の声だけが頭の中で響く。
あぁ……やっぱりダメだった。……そうだよな、今まで散々悪いことしてきたんだ。先生に出会えて変われたなんて甘かったんだ。本当に俺って甘い……奴だな。
「片付いたな。それじゃあこいつも枝に」
「待て! そいつはやめろ!」
私は全力で男に向かって叫んだ。
「……なんだと?」
「私達はいい! だけどそいつはやめてくれ! 今日のダンジョン……そいつがいなかったら死んでた場面はいくつもあった! ダメなんだ! 今ここで死んだらダメな奴なんだよそいつは!」
男はゆっくりと私に近づき薄気味悪い笑みを浮かべた。
「嫌だね。チャンスはやっただろ? これが自然だ。これが世界だ。仲間なんてくだらないものを助けようとすれば世界はそれをことごとく破壊していく!」
何か男の発言には後悔や悲しさを感じた。
「仲間なんて? それにしては随分と悲しそう顔じゃないか……あんたもしかして自然に仲間でも奪われたのか?」
男の顔が一瞬だが引きつった。
「それでこうやって仲間を大切にしている奴らを陥れている訳だ……私達が選ばれたのも仲間、仲間とうるさかったからだろ? あははははは! こんな所で閉じこもって人の死で傷を癒し、悲しい人生だなぁ!!」
怒りに任せて我を忘れてくれるなら万々歳だ。私は動けないけどチグリジアはまだ動けそうだし、私が気を引いてる間にみんなを。
「うっ!!」
「黙れ黙れ黙れ!!」
殴ってくるのは予測してたけどここまで。
「うぐっ! ぎゃ! あっ……う!」
男は容赦なく私を殴ってくる。小さな体ではこんな猛攻は受けきれない。覚悟はしてやったけれどここまできついと少し……。
「はぁ……はぁ。お前俺を怒らせて逃げる作戦だろうがそれは無駄だ。というか気付かなかったか? この枝には養分を吸い取る力だけじゃなく体を痺れさせる効果もあるんだ」
「ッ!?」
驚いた私はチグリジアを見る。チグリジアは一生懸命に体を動かそうとしていたがピクリとも動いていない。
「……それはそれとして、お前は俺の一番触れてはいけない過去に触れた! 養分とするのではなくこのままサンドバッグとして生かし続けてやる!」
「あっ! ぐっ! やめ! あう!」
作戦がバレてた、それに一生サンドバッグなんて無理……死んじゃう、死んじゃうよ。
「やめて……やめて」
心が折れてしまった私は泣きながら男に許しを乞いていた。
「あははは! 楽しくなってきたぞ。安心しろ! その枝は養分を吸い取るだけではなく与えることも出来る。このまま痛みは与えつつ傷は治し続けてやる。俺の怒りが収まるまでは死ねると思うなよ!」
嫌だ嫌だ嫌だ。
「助けて……やめてください! 私が悪かったですが……ぐふ!」
容赦のないパンチ、腹部に空いた穴はゆっくりと治っている。男に殴られた傷もすぐに治る。でも痛みだけは残り続けている。
「やだ……やだやだやだやだやだぁぁぁ!!」
私が泣いても叫んでも男は殴るのをやめてくれない。もうやだよ……誰か助けてよ。誰か……誰か。
「うっうぅ。先生……助けて」
消え入りそうな声で……私は最後の力を振り絞り唯一私たちを助けてくれる人のことを呼んだ。
パシッ!!
「ッ!?」
「……遅れてすみません、ヴィオレッタさん。ですがもう安心してください……先生が来たからにはもう誰1人傷付けさせません」
先生……。
安心した私の意識はそこで途切れてしまった。
「お前は?」
「……ただの教師だよ」
俺はそう言って掴んでいた男の腕を力任せに引きちぎった。
「ぐぁぁぁ!!」
「俺の生徒に手を出した罪はお前の命で償ってもらう」
引きちぎった手を放り投げ俺は強く拳を握りこんだ。