180話 仲間への執着
ダンジョンに入り結構経ったがなんだこの狼は……氷でできている? 最初は魔物かと思ったがこちらを攻撃する気配はないし、それどころか背中に生徒を乗せて外まで運んでいる。可能性として有り得るのはノーチェ先生が作り出した魔獣というところか。
「理事長!」
「わかっている」
敵の数が増えてきた。流石の私も先生全てをかばいながら進み続けるのは無理がある。
「これより先は精鋭だけで行く! エルド先生とパシュト先生、あとは3人ほど着いてくるんだ!」
「「「「「はい!」」」」」
さっきまでは中級レベル……これからは上級の魔物が出てくる可能性が高い。
生徒達の亡骸を見ながら前に進む。許してくれ子供たち……本当にすまなかった。私は後悔と謝罪を繰り返しながらダンジョンの奥へと走り続けた。
「はぁ……はぁはぁ、ここまで……来れば、大丈夫か?」
「そうね、それにしてもよく持ちこたえたわ」
「ちょっと……はぁはぁ。疲れたぞ」
魔物の猛攻を凌ぎどうにか逃げきれた。今はダンジョンにあった小さな空洞で休んでいるところだ。
「アゼルはどうだ?」
「呼吸は落ち着いてきたけどまた危ない……早く治してあげないと」
よく見るとアゼルの腕をつたい血が流れている。今は平気でもこのままじゃ血を失いすぎて死んじまう。
「後3分休んだら移動しよう……今はアゼルの止血を」
バコンッ!!
「え!?」
「きゃあ!」
「なっ!」
地面に空洞!? 落とし穴か!
一瞬の出来事……俺たちはさっき居た空間から跡形もなく消えてしまった。
「痛たた」
「ここは?」
暗くて辺りが見えない……落ちていた時間的にそこまで深くはないと思うんだけど。
「ヴィオレッタ、頼める?」
「はいはい〜」
ヴィオレッタが返事をすると魔法を使って周囲を明るくしてくれた。
「一本道、後ろはないね」
「進めって事じゃないか〜?」
カガリとシュクラの言う通り、恐らくここに脱出する場所は無い。前以外には……。
「警戒して行くぞ」
「お〜」
緊張感のない返事だなぁ。
しかしライトを使っても数歩先が見えるだけ、どんだけ暗いんだここは。
「くそ!」
魔力探知が妨害される……こうなると氷狼以外の索敵手段がなくなってしまう。だからって数を増やせば魔力消費を上げちまう。だけど生徒は大半が救出されてる。あと残りは……11人。特殊クラスの生徒達だ、ここまで探して見つからないってことは隠し部屋か? それとも。
俺は立ち止まり最悪の考えを巡らせる。
「ボス部屋か……」
歩き続けて数分、目の前に一筋の光が見えた。
「お! 明かりだぞ〜」
シュクラが走りながら出口へと向かっていく。ダンジョン内であれだけの光が差し込んでいるなら外に繋がった以外は考えられないからな。俺達も安堵してる。
「シュクラ、落ち着け〜」
疲れも溜まっていた俺は少し気の抜けた声でシュクラを注意した……しかし光の先に言ったはずのシュクラが返事をすることはなかった。
「? どうした?」
少し大きな声で問いかけるがやはり返事は無い。聞こえない距離ではないはずなんだか……。
「走って遠くに言ってるんじゃない?」
ナツが弓をしまいながら言う。後ろのみんなも少し笑っている。まぁシュクラはあの程度じゃ疲れないか。俺もそう胸に言い聞かせ光の中へと向かって言った。
「なんだ……今日は団体か」
光に入った瞬間聞こえたのはシュクラの元気いっぱい、明るい声ではなく。酷く低くて気味の悪い男の声だった。
「誰だあんた」
外じゃない? ここはどこだ? 森? いや川も流れている。しかし空は全面岩だ。
「ん? 俺の事を知っているからここまで来たんじゃないのか?」
真っ黒な服を着た男は木で作られているような岩で作られているような椅子から立ち上がり不思議そうな顔をした。
「……ここに女の子が来たはずだ。知らないか?」
詰まりそうになる声を我慢して質問する。正直顔を合わせるのも怖い。こんな感覚は先生と特訓した時以来だ。
「あ〜……あの青い髪の少女だろ? それならほら」
男の指さす方向は俺たちの隣にある木だった。
「は?」
俺たちは訳の分からないままその木を見つめる。よく見てみると木の根元に大量の赤い液体が流れている。
「……あ」
後ろにいたキャネルが声を上げる。だがそれだけ……全員が全員ショックで声が出てこない。
「なんで……」
血を辿り木を見上げていくと大量の枝に身体中を貫かれたシュクラがそこには眠っていた。
「お前!!」
「安心しろ……まだ死んではいない。あれはあの少女の養分を吸い取っているんだ。吸い取り終わるまでは死なん」
「それのどこが生きてるんだ!!」
俺よりも先に反応したのはカガリだった。翼を勢いよく羽ばたかせ空高く飛び立つ。
「最大出力!!」
そういうとカガリの超音波攻撃が始まった。俺たちはギリギリの時点で耳栓を使い事なきを得る。普段調整して使っている為ここまでのことは無いが本気であれを出すカガリは久しぶりに見た。
「ちと騒がしいな」
男が口を動かしている。いやそれよりも平然とその場に立つている。そんなこと……本来はありえないはずなのに。
「囚われよ」
また何か言った!
しかし俺がそれを確認するよりも早く大量の枝がカガリを貫いていた。
「カガリ!!」
ウィグが叫ぶ。しかし突っ込んでいくことはしない。この数秒間であの男と俺たちの実力差が嫌でもわかってしまったからだ。
「さて、森の養分は2人で十分だな。俺は無駄な殺生は好まなくてな……出口を教えてやるからとっとと居なくなれ」
「なっ!」
「……戦おうとするな、今なら見逃してやる。いいだろう命2つで9人が助かるんだ」
確かに、悪い提案では無い。きっと昔の俺なら迷うことなく逃げていただろう。でも……でもな。
「仲間は見捨てないんだよ!」
俺の叫び声に全員が武器を構える。アゼルは少し奥の陰に置いてきたこれで心置き無く戦える。
「愚かな」
悪いな先生、だけど……仲間を見捨てて逃げるのは出来ねぇわ。恨むなら俺達の考え方を変えちまった先生を恨んでくれ。
「行くぞ!」
「うん!」
「おう!」
「任せて!」
シュクラとカガリを必ず……助ける!!
……ダンジョン内の魔力循環が変わった。ここまで大きく流れが変わることは滅多にない。恐らくはボスが動き出したな。
「ちっ」
嫌な予感は的中したか……こうなると一刻を争う。
「すぅ……はぁ」
俺は自分の魔力の流れを少し変えて地面に手を付けた。
気分が悪くなるんで少し嫌なんだけど……。
手の魔力をダンジョンに流し込む。自分の魔力の流れを変えたのはダンジョンの流れと合わせるためだ。これでボスに悟られることなく位置を特定出来る。
「今まではボスが動かないんで出来なかったけど、今なら直ぐに見つけられるぜ」
とはいえこのダンジョン……最初の説明よりだいぶ大きくなってやがる。何があったかを考えるのは後回しだけどこのサイズ感で人を探すのはさすがに集中力が。
「ガルルルル!!」
「マジかよ」
魔獣三体……普段なら一瞬で倒せるのに! こんな状況で!? ついて無さすぎだろ俺。てか本当に少し待ってくれ……後ちょっとで見つかるんだ。後10秒あればダンジョン内の探知が終了するんだ! 今手を話したら急な乱れでボスにバレちまうしどの道探知は終わらせねぇとまずいんだよ!
俺の願いは獣に届くはずもなく容赦ない攻撃が俺を襲う。
あと3秒!
獣の爪が俺の顔数cmの所まで迫っている。
2秒!
ほかの二匹も牙を使い噛み付こうとしている。
1秒!!
当たる……! 探知が終わってもこのままじゃ!
0!
魔法を使い魔獣に攻撃をしようとする。しかし完全に先手を取られていた俺が魔法発動で間に合うはずもなく……。
グシャッ!!
「ッ!! ……?」
攻撃が来ない……何が起きて。
閉じた目を開けるとそこには体を半分に引き裂かれた魔獣が居た。
「はぁ……はぁ。間に合った」
奥の闇からはロキスクとエルド先生、それにパシュト先生が立っていた。
「皆さん」
「遅れてすまない。それよりも生徒は」
「大丈夫です。ほとんど救助しました」
その言葉に安堵したのか大きなため息をつく理事長。しかしまだ……全員では無い。
「今は話してる時間がありません。特殊クラスの生徒が危ないので俺は直ぐに向かいます!」
3人を置いて移動しようとするとエルド先生がそれを止めた。
「待ってください! 場所がわかっているなら我々も」
「ダメです」
「なぜです!」
普段冷静なエルドが声を荒らげている。相当な死体を見たんだろう。
「……ボス部屋か」
ロキスクが何かを察したように呟いた。
「その通りです」
それを聞いたエルドがさらに声を大きくして言った。
「なら尚更です! 我々は教師だ! そんな危ない場所に生徒を置いておけない! 俺達も!」
「落ち着いてください。普段の一人称が違いますよ」
「今はそんなこと!」
エルドが続けるとロキスクがそれを止めた。
「エルドの言うことも一理ある……それでも我々を連れて行ってくれないのか?」
……先生として生徒を心配するのは当然だろう。行く場所が危険で絶対に死ぬと理解していてもこの3人は行くと覚悟を決めている。……だからこそ俺はこの3人を絶対に連れて行けない。
「足でまといです」
「な! なんですかその言い方!」
ずっと黙っていたパシュトまでも騒ぎ出す。まぁこんな言い方をされれば仕方がないだろう。
「そのままの意味です。あなた方がいては邪魔になります」
「ふざけないでください! いくらあなたがシャネル王に推薦されているからと言ってもその強さを私たちは知りません!」
……こんな所で時間を使う訳にはいかないんだ。仕方ない。
「実力差が分かればいいんですね」
俺はそう言って威圧スキルを解放する。レベルはそうだな……4くらいか。
「ッ!?」
「ぐっ!」
「……」
威圧を解いた瞬間にエルドとパシュトが倒れ込む。ロキスクは動かないが少しだけ足が震えていた。
「分かったら邪魔しないでください。……そして安心してください」
3人が俺をゆっくりと見上げる。
「生徒は誰1人欠かさずに助け出します」
先生達を安心させるため満面の笑みを浮かべながら3人にそう伝え俺は貪慾王を発動して生徒達のいるボス部屋まで向かった。