177話 命の天秤
ふむ、レオの相手はオーバー・サラマンダーか……てかあいつ懐かしいなこんな所にも居たのか。
俺が過去の記憶を思い返しているとエルド先生の顔が青くなっているのに気がついた。
「何故あんなモンスターが」
あれってそんなに強いのか?
「そんなに強いですかあれ?」
「基本的には中級ダンジョンにしかいませんからね」
……あっそうか。
「あんなものがいるなんて想定外です、とにかくレオくん達を」
エルド先生が席から立ち上がり後ろにいる救出担当の教師に向かっていく。俺はそれを止めるために肩を掴んだ。
「レイバー先生?」
「……ここは信じてみましょう」
「何を言って!」
肩を掴んでいる手に力を入れる。
「生徒を信じるのも先生の役目ですよ」
その言葉を聞いたエルド先生は何かを言おうとしたが口を閉じて元の席に戻って行った。
安心しろレオ、お前の邪魔は絶対にしないからな。
「おいレオ……あいつは」
「やるぞ」
「馬鹿なの!? 今までの敵とは明らかに!」
「わかってるさ……でもあれくらいはなんでもない」
レオが笑ってる、でもなんだろうか……少し怖さも感じる。
「ナツは陽動でいい、アゼルはヴィオレッタを守ってくれ」
「あんた1人で!」
ヴィオレッタがレオの耳元で叫ぶがそれを無視して話し続ける。
「ヴィオレッタは俺が合図した瞬間に地面の土を持ち上げてくれ」
「話を!」
「行くぞ」
ったく……人使いが荒いんだから。
「ファイヤー・アロー!」
威力は控えめ、あくまで注意を引くだけ。
「よし」
嘘、あんな勢いで走ってるのにあの化け物全く気付いてない。
「今!」
「サンド・ウォール」
ヴィオレッタの作った砂の壁に乗って空高くから……。
「すぅ……はぁ。エアロ・スナイプ!!」
「馬鹿! 風は火に!」
私がそこまで言おうとした時もう既に化け物の息は途絶えていた。
「嘘」
「初めて自分を疑ったよ」
「無茶するわ」
一瞬、一瞬だけどレオが炎の化け物を倒す時先生の背中が見えた気がした。
「な、なんと!! 特殊クラスのレオがオーバー・サラマンダーを倒してしまった!! 相手は中級ダンジョンに生息している魔物だぁ!!」
観客席にいる人たちも声を上げて驚き喜び楽しんでいる。
「まさか……」
どうやら俺の隣にいるエルド先生は驚きが勝っているみたいだ。
……よくやったぞレオ。猛特訓に耐えたかいがあったな。俺はレオの背中を見つめながら熱くなる目尻を一生懸命に冷ましていた。
30分後
教師達の動きが忙しくなって来たな。さすがにここまで時間が掛かるとは想定外だったんだろう。先程までゆっくりと観戦していた理事長も忙しそうにしている。
「何かが起きてるのは間違いないな」
この30分間でリタイア数は394人。さっきのリタイア者を含めれば400を超える。さすがに勢いがいいと言うか一気にリタイアし過ぎだ。
「レイバー先生……これは何が起きているのでしょう」
「そればかりは俺にも分かりかねます」
しかし特殊クラスの生徒達は問題なく進んでいる。まぁ敵自体が中級程度ばかりだから平気なだけだろうけど。……いくら俺の猛特訓を受けたからと言っても1週間。これじゃあ上級ダンジョンにいるような化け物には勝てない。
「……1度ダンジョン内を調べた方が良いかもしれません」
「私もそう思います」
俺とエルド先生は意見が一致したという事でロキスクの元へ向かった。
「理事長」
「ん? どうした2人して」
他の先生の対応もしているのに俺たちを優先してくれるとは……俺の事を知っているからかエルド先生が相当優秀なのか。
「今回の封王祭は危険な気がします。1度中止してダンジョン内を調べるべきかと」
「あぁ、私もそう思ってな……さっきから話をしているのだが」
ロキスクは中央にあるいかにも金を使ってそうな観客席に目を向ける。
「あれが許可を出さないんだ」
豚……あっ人だわ。
「ですがこのままでは生徒達の安全性が」
「わかっている……しかしあいつの言うことを聞かなければこの学園ごと消されることも有り得る」
「それは無いと思います」
エルドの前に立ち話し出す。
「この学園はシャネル王とお……ノーチェ様が協力して作った学園ですから。もし無くなることがあれば2人とも黙っていないでしょう」
俺の正体を知っているロキスクは胃が痛いだろうなぁ。
「ダメだ、この国の全ての財はあいつが握っている。シャネルが操れない組織がこの国には2つあってな……。」
「なんだそりゃ」
あっつい素の反応を。
「1つは特殊警備部隊、もう1つは財政部門だ」
やばぁ。
「それにノーチェ様が魔王でも国の腐った機関2つをなんのいざこざもなく解決させるのは難しいだろ?」
うっ……それはまぁ。対国ならまだしも友好的な国の腐った組織が相手となれば俺も大きくは動けない。
「だから無理なんだ。シャネルは財政部門を操れない。ノーチェ様は操れるとしても時間が掛かる。その間にこの学園は潰れてしまう」
本当に腐ってるよなぁ、この世界は必ずクズが生まれないと崩壊するのか?
「理由はわかりました。ですが命とは変えられな――」
バコンッ!!!
「なんだ!」
集まっていた先生は全員がダンジョンの入口に目をやった。
「理事長!」
傷だらけの教師が走ってこちらに向かってくる。
「はぁ……はぁ。モニター複数が破損! 内部の教師とは連絡が取れません! そして入口付近から大量の魔物反応が出ています!」
「なんだと!」
周りの教師を押しのけてロキスクが観客席の手すりに乗りだす。
……確かにこの量は結構だな。しかも魔力的に中級はもちろん、上級ダンジョンにしか居ないモンスターも出てきてやがる。
「封王祭は中止! 教員はダンジョン内に入り生徒達の救助を急げ! 入口は用意していた警備隊を使って防衛線を貼るんだ!」
「観客は!」
「教頭を中心に観客を逃がせ!」
「はい!」
指示を出された先生がそれぞれの持ち場に移動しようとした時それは起こった。
「警備隊が動かない!?」
「はい……」
「馬鹿な! 依頼料はしっかり出したはずだろ!」
ロキスクが聞いたこともないような苛立った声を出している。
「それが……」
気まずそうに報告に来た先生が見ている先には豚がいた。
よく見てみると警備隊はダンジョンの入口ではなく観客席の方へ走っている。
「なるほど」
「恐らくですがこちらが払っているよりも高い額で取引を」
「くそ! どこまで腐ってるんだ!」
ゴンッ!
ロキスクが手すりを殴り付ける。これ以上状況が悪くならないことを祈りたかったが……現実はそう上手くいかないもので。
「……まだ暴走は起こっていない。情報もあいつにしか渡っていないはずだ。今なら落ち着いた状況で観客を避難できる。少し厳しいが門から出てくる魔獣は我々でやるぞ」
「わかりました」
……返事こそしているけど嫌だなぁって顔だな。ったく生徒の命が掛かってるってのに一体何を――。
「ダンジョンの入口を封鎖せよ!」
どこからかそんな叫び声が聞こえる。それとほぼ同時にダンジョンの入口には土石魔法で大きな壁が作られた。
「なっ!」
「おいおい」
流石にこれは……。
「あの豚!」
怒りを抑えるのも限界だったのかロキスクがすごい速度で豚の元まで飛んで行った。
「何を考えている! 中にはまだ生徒がいるんだぞ!」
「ははは……何を言うかと思えば。生徒は救出できているだろ」
「な、何を言って!」
豚がニヤリと笑う。その笑みは気持ち悪くて汚くて視界に入れるのも無理なほどだ。
「リタイアした生徒が生き残っている。あれだけ入れば学園は続けられるだろ?」
な、何を言っているんだこいつは。1000年生きていた私でも理解できない言葉を発する豚に驚きと困惑を覚えるのだか、
「ふざけるな! 今すぐあの壁は撤去する! 中にいる生徒達のことを見捨てることなんてできるか!」
豚を無視して教師に指示をしようとする。しかしそれよりも早く豚が叫んだ、
「お前達! 今すぐに観客を避難させろ! その壁を壊したり傷付けることは許さん……もしそんなことをすればどうなるかはわかるだろ?」
「調子に乗るのもいい加減にしろ! いいから早く壁を壊して生徒を助け出すんだ!」
「「「「「「「……」」」」」」」
うそ……。
ロキスクの叫びに答える教師は誰もいなかった。