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転生先は蛇さんでした。  作者: 時雨並木
邁進編
176/261

175話 届かない夜の空

当たらねぇ……全部だ、全部避けられる。

「はぁ……はぁ」

「大丈夫?」

俺はこれだけ息切らして全力で戦ってるのに先生は汗ひとつかいてねぇ。

「まだだ!」

動きも最低限、てか1歩も動かずに俺の攻撃を避けやがる。

「っあぁ……はぁ、あぁ」

「ちょっと休憩する?」

休憩? まだ5分も経ってねぇぞ。

「休まねぇ!」

真正面から行っても無駄だ、ここは小細工で勝負するしか。

「いい叫びだ……おいで」

「ッ!!」

右ストレート……でもこれは陽動だ、本命は足!

左足で蹴りを入れる。しかし先生はその場でジャンプしてその攻撃を避けてしまう。

「クソっ!」

だけどまだだ!

「おっ」

地面に手をつけて体を捻る。両足を先生の顎に向けて全力で!!

「危ない」

体を逸らして避けた!? どんだけ柔けぇんだよ!

「はぁ……くそ、こんなに」

「まぁ、あの身のこなしなら問題は」

「ある! こんなんじゃダメなんだ!」

俺は……俺は。

「うーん」

……。

「先生」

「ん?」

「一瞬でいいから本気を見せてくれないか?」

「本気?」

距離感を知りたいんだ……先生と俺の。それに本物の強さを知れたら俺はもっと、もっと。

「本気かぁ……うーん。どうしよう」

「なんでもいいんだ」

「じゃあわかった、一撃だけ全力のパンチするから」

「よし……こい!!」

先生が構える。この時点で圧がすげぇ、中級ダンジョンを3人で攻略したってのも納得できるぜ。

「ふぅ……行くよ」

明らかに雰囲気が変わった。いつものおっとりした優しい感じからは想像もできないほど恐ろしく真剣な目つきをしている。

攻撃が来る……そう思った時、そうだ……そう思った時にはもう。

「……は?」

「こんなもんかな」

後ろの壁が壊れてやがる……ってどんだけ離れてると思ってるんだ。嘘だろ、これだけ……これだけ。

「……下は向かない」

俺の頬を両手で支える先生。自然と目が合ってしまう……いつもなら照れて目を離そうとするが今はその真剣で……吸い込まれそうな瞳を離せずにいた。

「心が折れても、絶望しても、もうダメだと諦めても、下だけは向かない。前を見続ける。意思も心も折れたからって体が折れた訳じゃない。逆に体まで下を向いたらもうどうにもできない。絶対に前を見続けるんだ」

「……はい」

前を見る……ただずっと前を。

「少しいじわるしちゃったね、ごめん」

「え?」

「俺は真剣じゃなかったみたいだ」

先生の目付きが変わる。俺は背筋に氷を詰め込まれたような感覚に陥った。

「本気……は無理だけどレオが死なないギリギリで戦う。絶対に強くするよ」

心臓が勝手に加速する。足がガクガクと震える。

「……ふふっ」

「なっ、なんだよ!!」

「ううん、いじわるしてごめんね死なない程度って言いつつレオを試しちゃった。これで気絶するとか逃げるようならさっきの訓練から変えるつもり無かったんだけど。意思は本物みたいだからね……強くなりたい理由はとりあえず置いといて、全力で鍛えてあげるよ」

空気が重たい、こんな俺でもわかるくらいに先生は本気だ……。

「ふふっ……はは」

「? レオ?」

「お願いします! 先生」

「いい返事だ!」

笑みを浮かべた先生が俺のみぞおちに重い打撃を加えてくる。攻撃を受けきれなかった俺はそのまま奥の壁まで吹き飛んでしまった。

「がっ……おぇ! ぐぅぅ」

なんでもう壁が治ってるんだとかそんなツッコミして余裕――!?

バコンッ!!

「良く避けた!!」

おいおい! 後ろの壁にヒビできてんぞ! あんなの食らったら死んじまうだろ!

「俺が出した勝手な結論だけど、人は死に直面すると強くなる! だから今からレオのことを何度も死のギリギリまで追い込むから!」

爽やかな顔してなんてこと言ってるんだこの教師!! でもガチだ……あの力加減に動き、このままじゃ。

「戦闘中に無駄な考え方しない!」

「ぐっ! うっ……おぇぇぇぇ」

吐いちまった、このままじゃ本当に。

ボコッ!

「あっ……が」



「3発か、まぁよく頑張ったかな」

最初の2発はともかく最後の一撃はエリーナと戦う時くらいの力加減だったしな。少しでも立ってたのはすごいよ。

「回復」

「……」

思ったよりダメージ入ってたみたい、起きないわ。

ペチペチ。

「うーん」

ペチン!!

「はっ!?」

「起きた?」

腕に寄りかかっていたレオが慌てて起き上がり俺から離れる。

「続ける?」

「……あぁ! もちろん!」

まだ心は折れてないみたいだな。

嬉しさと期待を込めて俺はもう一度レオに攻撃をした。



「回復」

「……」

「ふふっ」

よく頑張ったなレオ。

「喰らった攻撃は56回、避けた攻撃は34回、気絶が27回」

寝息を立てながら俺の膝の上で寝ているレオの頭を撫でる。少しだけ笑った気がする。

「でも……」

訓練場にある時計を見て少しだけやってしまったと公開する。

生徒の下校時刻は18時、今は20時半。レオの親とかは大丈夫なのかな?

「んっ……んぅ」

起きたな。

「大丈夫?」

「……あぁ、ん? えっ!? ちょ!! おい何して!」

無理やり体を動かそうとするレオの頭を手で押して太ももに戻す。

「ほら、もう少し寝ときな」

「……なんの罰ゲームだよこれ」

「ご褒美の間違いだろ?」

俺が笑いながら言うとレオは少しだけ笑みを零して顔を逸らしてしまった。恥ずかしがってるのかな?

「……先生ってさ」

「うん?」

「女だったんだな」

……ん?

「はい?」

「いやさ……最初あった時から女っぽくないなぁというかこんだけ強いのに女ってほんとかなぁって」

「ねぇ君だいぶ失礼なこと言ってるのわかってる」

「さっき抱きとめられた時に色々と」

ベチッ!!

「ごめんなさいは?」

「はい……すみませんでした」

ったくこういうところは年相応というかエロいガキというか。

「そろそろ起きるから」

「あっうん」

さすがにもう恥ずかしくなってきたのかな?

「というかレオ、こんなに遅くて大丈夫? 親とかに怒られない?」

その言葉を聞いたレオは一瞬だけ固まってしまった。

「レオ?」

「いや、大丈夫だ」

親……いや家族に対してなにか思うところが歩んだろう。まぁその辺はもっと仲良くなってから聞いていけるかな。

「もう遅いから気を付けて帰るんだよ」

「わかってるよ」

ちょっと機嫌悪くなったかな?

「じゃあまた明日」

「じゃあな先生」

いなくなるレオの背中を見届けて俺も訓練場を後にする。壊したところはしっかり治したから問題は無いはずだ。

「それにしても生徒を殴るってのはちょっと心に来るな」

自分の拳を見てレオのことを思い出す。正直あれだけ食いついてくるとは思っていなかった。何がレオをあそこまで立たせるのか。後は……。



「強く、強くなるんだ」

俺はもっと強くなる。もうあんな思いはしたくないんだ。



「はぁ……せっかくいい気分だったのに」

転がる死体の上に座りながら綺麗な夜空を見上げる。俺の周りは血にまみれてこんなにも汚いのに少し上にある真っ黒な空はあそこまで美しい。手に届きそうで届かない。手に入れたいのに手に入らない。こんなにもどかしいことが人生では何度も起きる。ウィラーの改心も出来た頃だと思ったんだけど……ここまで来ると俺が嫌いとかそういうのではなく先生という存在自体が嫌いな可能性すらある。

「特殊クラスっていうのはただ自分勝手で面倒な生徒を集めたクラスではなく過去に大きな何かを持っている子達ばかりなのかもな」

死体から降りて家に向かう。グチャりグチャりと嫌な音を立てる死体たちは生きていても死んでいても俺を不快な思いにさせるだけだった。

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