172話 良い傾向
チグリジアを下ろし戦闘態勢に入るアゼル。ウィグはナツに矢を渡している。
「全部渡していいの?」
「俺はある程度近距離でも戦える。問題は無い」
かっこいいねぇ、いいとこあるじゃないウィグさん。
「……そう、お礼はここでの勝ちにするわ」
弓を取り出し矢をセットしながら言うナツ。その目には静かな闘志が宿っていた。
「うぅ」
アゼルの後ろで震えているチグリジア、その頭を優しく撫でてアゼルが言った。
「大丈夫、この勝負勝つさ」
なんだろう……こう2人ともかっこいいなぁおい! 青春してるなぁ……俺の青春は灰色だったなぁ。はぁ思い出したら悲しくなってきたかも。
「先生?」
「どうしたのシュクラ」
「いや、なんだか悲しそうだったから」
顔に出てたか。
「大丈夫だよ。それよりも最後の戦いだからしっかり見ようじゃないか」
「うん!」
元気な返事だ。俺はその返事が聞けるだけで嬉しくなるよ。
「ファイヤー・アロー!」
最初に攻撃したのはナツだった。まぁ想定内と言えば想定内ではあるがこう迷いなく攻撃している所を見るとさっきまでの話はなんだったんだとツッコミを入れたくなってしまう。
パシッ!
「マジかよあのバカ」
火の矢を素手で掴みパキッといい音を立てながら矢を折るアゼル。それを見たウィグは驚きと何故か呆れたような顔をしながら口から愚痴をこぼしていた。
「まだ1本目だから! これは開戦の合図だから!!」
自分の矢が止められたのがショックなのか誰も聞いていないことを一生懸命に喚き散らかしている。しかしそんなことお構い無しでアゼルが突撃してきた。
「ウィグ!」
「はいよ」
ナツの前にウィグが立ち塞がると制服の懐部分から何か小さな石を取り出した。
「こいつは回数制限があるからあんまり使いたくなかったんだけど」
よく見ると黄色い石だ。それも結構綺麗な。
「ライトニング!」
稲妻魔法!? ウィグはそんなものまで使えたのか?
驚いていると先程まで全体が黄色かった石が少し黒くなった事に気がついた。
なるほど……回数制限ってのはそういう事か。あの石を通して魔力を使うと稲妻魔法を使うことができるのか。しかし結構消費してるなあれは。通常の稲妻魔法よりも2倍……いや1.5倍程度消費魔力が多くなってる。
「……ってぇな」
避けたように見えたアゼルだったが地面に残った稲妻魔法が少しだけだがアゼルに確実なダメージを与えていた。
「よし! 今だ!」
ウィグの声が聞こえるが早いかナツはアゼルに矢を放った。
狙いは足か、いいは判断だな。
アゼルは痺れが取れずにその場から動けない。避けることは困難だと思われたその時。
「くっ! うぅ」
チグリジアがアゼルに飛び付いたおかげでギリギリ矢を回避出来たか。
「……すまん」
「私の方こそ、何も出来ないから」
ナイスカバーだチグリジア。結構足速いんだな。
「攻撃は止めないからね! ファイヤー・レイン!」
「ウィンド・アクセラレーション!」
加速した矢の雨、しかも火が風のせいで強くなっている。
「ちっ!」
アゼルはチグリジアを抱えながら矢の間を器用に通っていく。
「嘘でしょ!」
ナツもその動きを見て驚きを隠せないようだ。
「……」
ん? ウィグか動きを止めた。
「何してるんだウィグは」
シュクラもウィグの行動に疑問を抱いているみたいだ。
……よく見てみると左手に魔力を込めている。なるほど狙い撃ちか。
「ッ!?」
アゼルの動きが変わった?
「エアロ・ショット!」
ウィグが魔法を放つ直前にアゼルがジャンプして躱した。偶然か? それとも……知っていた?
「よく狙いなさいよ!」
「わかってるよ!」
……このクラスを持ってからアゼルにはずっとおかしいと思うことがあった。だけど今確信した。アゼルは攻撃がわかってるんだ。と言うか攻撃をされる前から何処にどんな攻撃が来るかを理解してる。要は未来視って感じかな?
「くっ……仕方ない。ウィグ! 手を貸して!」
ナツがそういうとウィグはナツの側まで向かって行った。
何をするつもりだ?
「やるのか?」
「仕方ないでしょ……でも久しぶりだからできるか微妙だけど」
「……わかった。やろう」
ナツの背中にウィグが手を置いた。魔力を送ってるのか? 送られた魔力は全て弓に……。
「よし。これでいける……ありがとうねウィグ」
魔力を送り終えたウィグは返事をすることなくその場に倒れ込んだ。
あの魔力量……やばいな。
「シュクラ! 急いでウィグを連れてきてくれ!」
「えっ? あっ! うんわかった!」
その間に俺は倒れている子に結界を……。
「ふぅ……悪いわねチグリジア。でもこれで終わりよ」
ナツが空高くジャンプする。弓は地面、アゼル達を的確に狙っている。
「ッ!?」
アゼルはこの先何が起きるのかを理解したのかその場から動かない。
「ファイヤー・コラプス……」
おいおい、これが子供が使う魔法の威力かよ。
戦闘可能と区切った枠の中いっぱい、いや少しはみ出るレベルにまで拡張した火の塊。
「ショット」
それがアゼルに向けて放たれる。これではいくら未来が見えても意味が無い。
「悪いなチグリジア」
「……夫」
「え?」
ドコンッ!!!
地面はえぐれて所々火が残っている。
「はぁ……はぁ」
降りてきたナツは手を膝につけて呼吸を整えている。
それにしてもやばい魔法だったな。死なないようにチグリジアとアゼルにも結界をかけてたけど結構ギリギリ……?
チグリジアの結界が発動していない?
ボコッ
「え?」
「うりゃあああぁぁ!」
ナツと足元からチグリジアがいきなり現れた。魔力の大量放出とこれまでの疲労で指に力が入らないナツは急いで取った矢を地面に落としてしまう。
「あっ」
パシッ!
それは一瞬の出来事だった。
「はぁ、ははは。はは、まさかチグリジアに負けるなんて……ね」
バタッ
チグリジアはナツから取った紐を強く握り空高く腕を上げる。
「取ったぁぁぁぁぁ!!」
その時見せたチグリジアの笑顔は春になって咲く満開の花達のようだった。
「さて、お疲れ様みんな……と言っても意識があるのは3人だけだけど」
「えへへ〜」
「……」
「ぶい!」
しかしよくやったよ。こんなに楽しくハラハラする戦いを見せてくれるとは正直考えてもいなかったし。
「まぁ他の寝てる子達はこのままにしておいて、そうだな……シュクラ、今回の戦いはどうだった?」
「楽しかった!!」
「最初に負けたのにか?」
「あっ! そういう事言うの先生〜」
口を尖らせてブーブーと文句を言うシュクラ。しかし一通り俺をいじったあと落ち着いて話し出した。
「確かにね、最初負けた時はつまんないって思ったけどみんなの戦いを見てたらいつの間にか手に汗握ってたというかいっぱい応援してたというか」
確かにちまちま叫んでたもんな。
「あとは……みんなの戦いをああやって冷静見るのは初めてだったからとっても楽しかった! 今度戦う時はチーム組んでも個人でも勝てる自信があるよ!」
ブイサインを見せながら立ち上がるシュクラ。どうやらシュクラを隣で座らせていたのは正解だったみたいだ。
「じゃあ次にカガリ」
「……俺は今までレオとウィグの近くにいた。だから2人の実力は全て知っていると思っていた」
「うん」
「でも……全く知らなかった。レオがあんなに強いなんてこと、ウィグがあんな騙し討ちが出来るなんてこと」
強く握る拳の上には涙が落ちている。
「悔しい。レオを助けに行けなかったのも、ウィグに負けたのもとても……悔しい!」
一所懸命に泣いているところを隠そうとしているが話す度に嗚咽が漏れて閉まっている。
「俺は……弱かっ――」
「そんなことない!」
俺が慰めようとした時シュクラがカガリの背中を強く叩いてそう叫んだ。
「カガリは頑張った! とってもとっても頑張った! だから弱くない!」
「だが俺は」
「なら私が強くしてやる! カガリが自分を弱くないと思えるように私が強くしてあげる!」
カガリは何も言わない。だがこぼれる涙の量が増えたのは確認できた。
……良かったなカガリ。
「最後にチグリジア、どうだった?」
顎に手を当てて考え込むチグリジア、悩む姿が小動物みたいで少し可愛い。
「……仲間っていいなって思いました」
「そうか」
恐らくこれ以上何を聞いても答えてくれないだろう。でも……こうやって話してくれたこと、仲間の良さを知ってくれたことが何よりも嬉しかった。