171話 数的有利
「先生〜」
「ん? どうした?」
「暇〜」
暇って…授業中なんだけどねぇ。
「ほらこれでも飲みな」
ただの水だけど。
「ありがと〜」
戦い自体は拮抗している……でも有利なのはチグリジアチームの方だ。
「またせた」
「遅い!」
レオがヴィオレッタの助けに入った。これでナツとキャネルは厳しい戦いを強いられるな。
「ッ! キャネル!」
「わかってる!」
ナツがキャネルに何かを指示した時だった。
ボンッ!
「きゃ!?」
「なんだこれ!」
煙幕か……しかも上手い位置に投げたな。風と相手の位置を完全に把握して最も視界が見えにくくなる場所を計算してある。
「よし! ファイヤー・カスケード!」
煙幕の中に滝のごとく落ちる矢の雨、あれは厳しいな。
「ヴィオレッタ!」
「サンド・カバー!」
ふむ……視覚強化して見てるけどあれは砂の蓋か? しかし強度はいまいちみたいだな。
「時間稼ぎにしかならない!」
「わかってる!」
砂の守りも着々と削られている。中にいる2人はいずれ出ていくか壊されるかして矢が当たってしまう。しかも火の矢だから周りの温度はどんどん上昇していく。
「はぁ……はぁ」
「……」
これは勝負あったかな。
「よし……こんなものかしら」
煙幕もそろそろ晴れる。ナツは弓を下ろして2人の確認をするためにゆっくり近寄っている。
「やったわ」
中にあったのは倒れた2人。
「先生〜、回収お願い出来ます〜?」
ナツが手を振りながら声を掛けてきた。しかし俺はその場から動かない。
「? 先生?」
不審に思ったナツが俺に近寄ろうとした時だった。
ボコッ!
「ッ!? ナツ!!」
後ろにいたキャネルが反応した。それもそのはず、ナツの完全な死角からレオが現れたのだから。
「っあぁぁぁぁ!!」
よく見ればレオもボロボロだ、途中で地面に潜ったのは見ていたけれど地面があんなに暑い中地中は想像を絶する程だろう。
「……ったく、ここまでやったんだから……勝ちなさい……よ」
ヴィオレッタは地面を掘って力尽きたか。まぁ体が小さいしあんな暑い中魔法を使い続ければ体力的にも限界が来るよな。
「ファイヤー……―ッ!?」
矢を取ろうとナツはここで初めて自分が矢を使い果たしていたことに気がついた。
「貰ったぁぁぁぁ!」
キャネルもナツを守るべく魔法を発動させているが慌てているせいか残っている魔力が少ないせいか魔法が安定していない。
「――ッ!!」
どうしようも出来ないナツは……その場でただ立ち尽くすしかなかった。
バコンッ!!
「……て、てめぇ」
レオに向かって投石? ガッシュか。
完全に忘れていたガッシュの方に目を向ける。アゼルは……倒れてない。戦いの途中自分の仲間が危険なことに気付きカバーに入ったのか。しかし……。
「よそ見」
ドンッ!!
鈍い音が響く、ガッシュは頭に重たい蹴りを喰らってしまいそのまま倒れ込んだ。
「ナイスよ、そしてありがとうガッシュ!」
これで脱落者はヴィオレッタ、レオ、ガッシュか。3対3……まだまだどうなるかはわかんないな。
「でもどうする? 私は魔力がほとんど残ってないし……ナツは矢が」
「わかってる……ここはウィグの助けに」
ナツとキャネルが話しているとその場に土煙が発生した。
「何!?」
「トイレ掃除は嫌だ」
「アゼル!?」
やっぱり人間とは思えないような身体能力だ。バールが居ればどんな人物なのか調べてもらうんだけどなぁ。
「やるよキャネル!」
「わかった!」
弓を背中に掛けて手袋を付けるナツ。どうやら素手での戦闘も可能らしい。キャネルも腕を回しながらナツの隣に立った。
「回収終わったよ〜」
「お〜ありがとう、とりあえずここに寝かしてくれ」
リタイアした生徒達の回収を頼んでいたシュクラが帰ってきた。しかし力持ちだなぁ全員抱えてるよ。
「先生はこれどっちが勝つと思う〜?」
一人一人丁寧にベッドに起きながらシュクラが聞いてきた。
「そうだなぁ……チグリジアチームの方が有利だと思うけど」
「なんで〜?」
「いくら近距離戦ができるとは言え得意な弓と魔法を使えないナツとキャネルは不利と言わざるおえない。しかもアゼルは獣人並の体術を持ってるからな」
「なるほど〜」
とは言ってもこれはあくまで予測だ。もしかしたらナツとキャネルの体術も相当のものかもしれない。
「あぅ」
と思っていた時期が俺にもありました。
「よっわ!? ナツ! あんた何してるの!?」
「だってぇ、エルフは元々不意打ちでの遠距離攻撃しかしないの〜近接戦闘とか絶対ダメなんだってぇ。」
じゃあそのはめた手袋はなんだったんだよ……妙に気合い入ってるからめちゃくちゃ強いのかと思ったじゃん。
「――ッ!」
パシッ!
「よく掴んだな」
「私は弱くないからね」
アゼルの攻撃をキャネルが止めた……まぁ兎人も獣人とほぼ一緒の部類だからな。
「今のうちに逃げて!」
「わかってる!」
「さて……あんたの相手はこの私よ!」
「……どうせ勝負は決まってる」
アゼルの一言に怒ったキャネルがパンチを繰り出した。
「遅い」
しかしその攻撃を華麗に避けたアゼルは腹部目掛けて蹴りを入れる。
ドコッ!
「……」
「そう簡単に負けてたまるか」
足を掴んだキャネルはそのままアゼルを遠くにぶん投げた。
「はぁ……はぁ」
割と強いなキャネル。そしてアゼルはガッシュとの戦いで少し疲労が出てるな。これは粘った方が勝つかなぁ。……あとは。
パシュッ! パシュパシュパシュパシュ!!
「降りてこいお前!」
「降りたら当てるだろお前!」
あいつらは何をしてんだ。飛んだまま矢を避け続けるカガリ、そのカガリに矢を放ちまくるウィグ。ウィラーが負けたあたりからずっとあれなんですけど……変わり映えしないから見ることもしてなかったんですけど。
「ッ!? 矢が!」
「それを……待ってたんだよ!」
弾切れ……いや矢切れ? まぁそれを狙ってたのか、まぁ単純な手だけど子供同士の戦いならそれも。
「なんてな」
腕の部分に隠していた矢を取り出し弓を引く。勝ちを確信していたカガリは防御をしておらず全くの無防備状態でウィグに突進していた。
「お前!!」
「ウィンド・アロー!」
風斬魔法により加速した矢はカガリの羽を撃ち抜いた。
「ぐっ……くそっ!」
人の姿に戻っている。羽の部分の怪我は腕に変わっていた。
スッ
「……」
「お前の負けだ」
頭のすぐ近くに矢を向けるウィグ、カガリも少しため息を着いてから両手をあげた。
「カガリはこっちに来い! 治してやる」
俺の声に反応したカガリが腕を抑えながらゆっくりとこちらに向かってくる。ウィグの方はナツと合流していた。
「アゼルはキャネルと戦ってる、今のうちにチグリジアを」
「わかった」
これでチグリジアの戦い方が見れるかな? そんな期待をしているとカガリがいつの間にか俺のすぐ近くまで来ていた。
「おっ、お疲れ様。ほら治してやるから」
カガリの腕を掴み回復魔法を掛けてやる。
「いい負けだったな」
俺の一言に少しだけ機嫌が悪くなったカガリが反応した。
「どういう意味ですか?」
「そのままだよ。あそこで矢を隠し持ってるなんて考えなかったろ? でもカガリは次戦う時もしかしたらまだ何か隠しているかもしれないって警戒できるようになる。そう考えると今回はいい負けだろ?」
治った腕をパシッと叩き頭を撫でる。
「痛!? てか頭撫でんな!」
「はいはい。ほらあっちで休んでな」
納得していない様子だが俺の言うことを拒否するでもなくシュクラの隣にある椅子にゆっくりと座り込んだ。
残りは5人……数的有利はナツチームだ。しかもチグリジアは戦っている所を見たことがない。実質的に1体3……しかしアゼルはキャネルに手間取ってるな。実力的にはアゼルが上みたいだけど攻撃を食らっても食らっても立ち上がるキャネルに少し恐怖を覚えているようにもみえる。あれは兎人だから打たれ強いのか? それともキャネルの根性か? まぁどちらにせよアゼルがチグリジアの助けに行くのはもう少しかかりそうだ。
「さて……チグリジア。あなたは大人しくていい子だけど負けるとトイレ掃除ってのは嫌なの」
「悪いがここで負けてくれ」
うーん……セリフが悪役。
「待っ……待って」
オドオドとしたチグリジアがゆっくりと後ろに下がる。しかし元々枠のギリギリラインにいたチグリジアはほとんど下がることは出来ない。
「……私も無駄にチグリジアを攻撃したくない。その紐を渡してくれれば何もしないから」
手を出して優しく笑うナツ。
あれは本心だな。チグリジアはクラスの中でも良い子で通ってるのか。
「で、でもここで渡したらみんながトイレ掃除を」
「それはそうだけどこの数的有利で追い詰められてるチグリジア、ここで無駄に抵抗して痛い思いするより大人しく負けを認めた方がいいと思うけどなぁ」
「あっ……あぅ」
困り果てたチグリジアは半泣きになりながら手をアワアワというふうに動かしている。
「……はぁ、あんまり痛いことしたくないんだろ? 俺が抑えとくから紐取ってくれよナツ」
「そうね、わかった」
ウィグがチグリジアの後ろに周り腕を抑える。小さいチグリジアはウィグに掴まれて一切の抵抗ができない状態にされてしまった。
「ごめんねチグリジア」
ナツが謝りながらチグリジアの紐に手をつける。ギュッと目をつぶり謝るチグリジアは次に目を開けた時驚くことになる。
「……またせた」
「アゼル……君」
キャネルと戦っていたアゼルがチグリジアをお姫様抱っこして助け出したのだ。
「キャネル!?」
驚いたナツは先程まで2人が戦っていた方向を見る。そこには気絶して倒れているキャネルが居た。
「きゅう〜」
「仕方ないだろナツ、何とか切り抜けるぞ」
「わかってる」
「大丈夫か? チグリジア」
「うん……ありがとう」
相対する4人。これが最後の戦いだな。