169話 チーム戦
翌朝
昨日は殺し屋を始末した後そのまま帰宅。帰ってから特段カーティオにもペスラにも何も言われなかったので大丈夫だったのだろう……知らんけど。
「はぁ、みんなと顔合わせるのが辛い」
言い過ぎたかもしれないという後悔が俺の頭の中で回り続けている。いや正しいことを言ったはずだ……多分言ったはずだけど。
つい考えてしまう。歪んでいるのは俺なんじゃないかと。
「ミルちゃーん?」
普段よりも降りるのが遅かったからか下からペスラが声をかけてきた。
「大丈夫、今降りるよ」
降りたあとはいつもと同じ、朝食を取って家を出る。
今日の授業は5、6時間目。それまでは部屋で待機だ。あの部屋暇だと本当にすることないんだよなぁ……ベッドでも作っちゃおうか。いやさすがに仕事場でベッド作るのはヤバいやつか。って現実逃避も程々に生徒達の対応を慎重に考えないと。
色々考えているうちに着いてしまった。まぁいつかは着くんだからいいけどさ。
暇だ……こうすることがないと死にそうだな。前は毎日書類が届いてたしケルロス、クイックと話してたからな。てか国はしっかり回ってるだろうか? いやまぁ連絡が無いから大丈夫なんだろうけど。
コンコン
? 誰だ
「どうぞ〜」
「やぁやぁ久しぶりだなノーチェ」
「扉閉めてからにしてくださいよ理事長」
目の近くでピースを作りながらキャピっとした笑顔で俺の名を呼ぶロリ娘……理事長のロキスクである。実年齢を聞いてしまうと痛い人、そしてロリババアだ。
「今失礼なこと考えたろ」
「いえ」
そして勘が鋭いのもめんどくさい。
「いやな今日は聞きたいことがあってな」
そう言ってロキスクは応接用の椅子に座る。
「昨日エルド先生が驚いていたんだ、いつも暴力を振るうレオが静かだったと」
……。
「4時間目の前はノーチェ先生だから何かしたのかなと思ってな」
話を聞いた俺は顔を上げてロキスクを真っ直ぐ見つめる。そして小さな声で
「何も」
とだけ言った。
「そうか、まぁ教師というのは難しい仕事よな。何せ生徒の命、希望、成長を全て背負っている」
ロキスクの妙に優しい目に違和感と気味の悪さを感じつつ話を聞く。
「さらにノーチェ先生の担当しているクラスは癖の強い特殊クラス……考え込んでしまうのも無理は無い」
「……」
「だからこそ、諦めないで欲しい。あの子達は大人によって歪められた被害者だ。子供に罪は無い……。」
……その通りだ。確かにその通りではある。
「子供は無邪気で純粋で真っ白で、残虐で冷酷で複雑だ。だから理解できないような残酷な事をする。しかしそれは今までの環境と大人の責任なんだ。だから……だから」
俺はロキスクの手を握る。驚いた顔をしている彼女に一言だけ声を掛ける。
「あの子達を諦めるなんてことはしません……だって俺は導く者だから」
それを聞いて安心したのかロキスクは頭を下げてそのまま部屋からいなくなった。
「導く者……か」
5時間目開始時刻
「すぅ……はぁ、よし!」
ガラッ
「今日は奇襲なしなんだな」
扉を開ける前から気付いていたがあえて聞こうか。
「気分が……乗らなかっただけだ」
昨日の話、無駄じゃなかったようだな。
「今日の授業を始める……がそうだな今日は近いうちに行われるイベントの対策でもしようか」
ダンジョンを使って行われるイベント……名は封王祭。封印されたダンジョンマスターを最初に倒したクラスの勝ちってルールだ。まぁダンジョンマスターと言ってもその辺で捕まえた少し強い魔獣を鎖に縛って置いておくだけらしいけど。
「対策って……第1回、俺たちのクラスは優勝してんだぜ?」
確かに、このクラスは誰1人欠けることなくダンジョンをクリアしている。しかし……しかしだ俺は第1回のデータを見て気になることがあった。
「確かに、優勝しているが……これは本当の優勝か?」
クラス全体がピリッとした空気に包まれる
「どういう意味だよ」
「そのままさ死者354名、負傷者452名」
学校のイベントにしては死にすぎたし怪我しすぎだ。可能性があるなら……。
「俺達がやったって言いたいのか?」
「その通りだウィラー」
教室全体の空気がより1層悪くなる。まぁ当たっているってことだろう。
「それを本当にやったかどうかは言及しない。しかしそんなことばかりをしているといつか同じことが起きるぞ」
「はっ! 仮に誰かが俺達のことを狙ったとしても全員捻ってやるよ!」
自信満々なレオが机に足を乗せて喚く。
「そうか……まぁいいさ。言いたいことは言ったし授業を始めようか」
グラウンド
「今日はグラウンドで団体戦だ。5人と6人に別れて戦ってもらう」
「またチーム戦かよ」
文句を言うレオを無視して話を続ける。
「チーム分けはレオ、カガリ、アゼル、シュクラ、チグリジア、ヴィオレッタあとは呼ばれなかった者でチームを組んでくれ」
めんどくさいだのだるいだのちまちま文句が聞こえるけど直接抗議してくる生徒はいないので問題はなしと捉え授業を続ける。
「それじゃあ」
俺は赤と白の紐をチグリジアとナツに付けた。
「これは?」
「なにこれ?」
不思議そうな顔をして紐を見る2人。その2人の頭を撫でてクラス全体を見渡して言った。
「チグリジアがいるチームは赤の紐が取られたら負け。ナツがいるチームは白の紐が取られたら負けだ。またこの紐をチームの他のメンバーに渡すのは禁止。もしした場合は失格としてチームの負けとする」
「なっ!? なんだよそれ!」
「また、この勝負で負けたチームは学園のトイレ掃除をしてもらう」
これは嫌なのか普段静かな生徒も文句を言い出した。
「さすがに横暴では?」
「トイレ掃除なんて嫌だよ〜!」
「トイレ……掃除」
「負けなければいいだろ?」
正論を言われて黙る生徒達、こういう所は子供っぽくていいんだけどなぁ。
「それじゃあ始めるから、少し離れた所に移動してくれ」
嫌々ながらもゆっくりと歩き出す生徒。人を守って戦う難しさを知ってもらいからこの授業を考えたけど……それが上手くみんなに伝わるかどうか。
準備は整ったみたいだな。
「……開始!」
合図と同時にシュクラが走り出す。まぁ予想通りだけど。
しかしまぁそれを知っているのは俺だけじゃない。
「二章一番十四列」
シュクラの足元の地面がボコっと動く。バランスを崩したシュクラは転ぶギリギリのところで手を地面に付けて回転する。
「あっぶない」
「ファイヤー・アロー!」
シュクラに集中攻撃か、まぁ最後まで居られると面倒なのは分かる。
「サンド・ウォール!」
「ヴィオレッタ!」
「ここで力自慢に抜けられると困るんでね」
打算でも仲間意識でもどっちでもいい……助け合うってのが見れて俺は結構満足してる。
「エアロ・ボム!」
「壁が!」
「お前だけに活躍させるか!」
崩れた砂の壁からレオが突撃する。自分の放った魔法で崩した砂の中からレオが出てくるのは想定外だったのかキャネルがバランスを崩して倒れそうになる。
「二章二番四列」
「ただでさえ数が少ないんだ! 分かったら早く立て!」
「わかってる!」
昨日今日と授業をしていてわかったがクラス全体の空気は悪くないんだろうか? 協力は出来てるし仲が悪い生徒がいる感じもない。憎まれ口は叩くけど戦闘中に背後から攻撃したり喧嘩したりはしていない。
「カガリ!」
「わかった!」
レオに何かを任されたカガリが空高く飛び大きく息を吸う。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
超音波か!?
「カガリの声に驚いた全員が動きを止める。しかしレオだけはナツに向けて走り続けていた」
「はや……!! に……げ!」
耳をやられているのか生徒達は意思疎通が取れていない様子だ。あの中でレオだけが動けているということは耳栓でもしていたのか。
「これで勝ちは貰いだ!」
ナツの付けている紐に指先が一瞬触れた時横から矢が飛んできた。
「すみません……でもトイレ掃除は嫌なんで!」
ウィグか弓の精度も威力もそこそこ。それにナツに当たるかもしれないといった恐怖も感じている様子は無い。圧倒的自信からくる慢心か、肝が据わっているからか。
しかしまぁチグリジアは全く動かないな。あと気になるのはガッシュだ……どうして動かない? シュクラと戦えるってワクワクしてそうなんだが、うーむ。
難しいことを考えていても仕方ない……今は生徒たちの戦いを存分に見てあげようじゃないか。
俺は椅子を作り出しその場に座る。生徒達のことをじっくりと観察する用意はできた。さぁ青春を謳歌するといいさ子供たち。